√真実 -001 始業式の朝
カースブレイカー(第四部)です。
第三部から追ってきていただいた方、ありがとうございます。
はじめましての方、これからよろしくお願いします。
遅筆でゆったり進行ですが、今後ともよろしくお願いします。
「おい、真実。気になって一昨日の夜に電話したんだけど、お前何処かに泊まって来たって? 一昨日と言えば、黒生と二人でデートに行った日だよな!」
始業式の日の朝。
真っ黒に日焼けした者と真っ白なままの者とに二分した教室内に真実が入ると、一瞬教室内が静まった。何だか居心地が悪くなりつつも自分の席に着くと、先に登校していた智樹が体を捻って真実の首にヘッドロックを掛けて挨拶そっちのけで声を潜めて聞いてきた。
「まさかお前ら、二人で泊まってきたんじゃないだろうな」
「え? いやまあ、二人って言えば二人だったけど……」
「何ぃ! まさかお前ら、いきなり行くとこまで行ったんか!?」
ヘッドロックを決めた智樹の腕に力が入り、殺した声にも怒気が籠るのを感じた真実だったが、何故智樹が怒っているのか真実には伝わっていなかった。
「え? 何の事だよ、智樹。行くとこって、智樹は光輝から聞いていたのか?」
「何言ってんだよ、付き合っている男女が一晩を共にするって事は、ヤる事ヤッたって事だろ?」
「ヤる事? な、何の事だよ」
「惚けんなよ! 泊まったって事は二人で肌と肌を合わせて……これ以上言わせんなよ、分かってんだろ!?」
流石に周囲の目を気にして直接的な言葉を避けたつもりの智樹だったが、その努力は全く意味を成しておらず、かなり直接的な表現となってしまっていた。エロい男子ならモロバレである。
ところがその表現は、今回の真実には真実と光輝の行動を直接見ていたんじゃないかと思わせるのに充分な言葉だった。
一気に脂汗を流してしどろもどろ答える真実。
「土曜日はバイキングに行った帰りにゲリラ豪雨に遭って、立ち寄った光輝のお祖母さんの家に泊めさせて貰ったんだよ」
「あぁ何だ、そう言う事か。そう言やぁ一昨日の夕方に田鍋市で結構降ったってな。あれに当たったのか」
一応智樹が納得する答えを言えてホッとする真実。光輝の祖母の家に泊まったという事は全くの二人きりではなかった事を意味するのだから、聞いた智樹もヘッドロックを外した。
「おはよ、飛弾、秦石君」
そこに元気よく登校して鞄を机に置いた智下綾乃が挨拶しながら近寄ってきたので、おはようと二人も返す。すると、その後ろから光輝も同じように二人の席へと近寄ってきた。
その髪は久し振りに見る校則通りのふたつ結びだ。夏休み中は当初そのまま下ろしていたが、途中から綾乃が道場の稽古が終わった後の着替えの際に姉弟子のお姉さん方と一緒に色々な髪型に纏めて仕上げていた。綾乃たちに玩具にされていた光輝だったが、その手腕は馬鹿には出来ず下手な美容院の仕上がりを越えるものだった。
光輝は夏休み中にその手腕をレクチャーされていて自分でも出来るようになっていた。本人は勿論、真実もそれを密かな楽しみにしていたが、学校には校則で決められた結び方で貫こうとしているようだ。
「おはよ、真実くん。秦石くん」
それにおはようと同じく返す二人だったが、智樹はうん? と少し首を捻った。
「何だか黒生って少し変わったんじゃないか?」
ぼそりと口にしたその言葉は近くにいた真実と綾乃の耳には届いたようだが、光輝には届いていなかったようだ。
「変わったって、何が?」
首を傾げる真実の目にはいつもと変わらない光輝の姿が。だが、智樹の言葉に首を傾げながらもその微細な変化を感じ取ったのは綾乃だ。
「そう言われれば、少しハッキリと声を出すようになったような?」
昨日は今日の登校の為に午前中の内にそれぞれ自宅に帰ったので、一昨日と合わせて一日ちょっとを共にした真実はそれが当たり前になっていたのだが、丸二日会っていなかった智樹と綾乃にはその小さな変化に気が付いたのだ。
「声、か。それだけじゃない気もするが……」
光輝はそれまで口に出す前に一呼吸置くように考えてから喋っていたのだが、真実の指摘でその必要はないと言われてその癖を治していた。そしてその副作用で、抑えられていた声も今までよりも少しだけ大きく出せるようになっていたのだ。
だが、それだけではなく何か心境の変化を起こすような出来事があったのではと深読みする智樹。なかなか鋭い男だ。
三人の視線が集まり居心地の悪さを感じる中、光輝は意を決したように真実に近寄ると小さな手を添えてそっと耳打ちする。
「真実くん、一昨日のあの事はみんなには内緒にしてね」
「あの事?」
「その……お風呂での事っ」
夏休みの終わった初日の教室内はかなり煩くなっていて、光輝の耳打ちの内容は真実以外には聞かれる事は無かった。しかし、二人のその表情は隠しようが無かった。
「……おい、真実。本当~に、何もなかったんだろうな」
「いや、マジで俺は何もしてないって!」
風呂での出来事を思い出して真っ赤になった二人の顔を目にした智樹が、眉間に皺を寄せて詰め寄ってくる。
が、それだけでは済まず、綾乃が座っていた真実の顎を掴んで無理矢理上を向かせた。
「ちょっと、飛弾ぁ。光輝に何をしたの? ああん?」
「あがっ! あがが!」
真実は青筋を浮かせた綾乃の顔に般若を見、真っ赤にしていた顔を一気に青褪めさせるのだった。
光輝の仲介により落ち着きを取り戻したところで、松葉杖姿の布田祐二とそれを支える和多野華子が教室に入ってきた。
教室内はその二人を見て、囃し立てる声と心配する声とに分かれた。
「きゃ~、華子ったら大胆!」
「ヒューヒュー!」
「お二人さん、ラブラブだなぁ!」
「まるで新婚だなぁ、おい」
「夫婦、夫婦、夫婦!」
「ちょっとあんたたち! ガキじゃあるまいし、静かにしなさいよ!」
「布田君、その怪我って夏の大会での怪我なんでしょ?」
「長引き過ぎじゃない? そんなにも怪我が酷かったの?」
三年生になると教室は三階であるが故に松葉杖の者にとっては辛い環境となり、階段を上がるには鞄を持ってもらう等、人の助けが必須となった。
事情を知っている真実たちはその騒ぎには乗らず、鞄を置いてこちらに来た二人にいつも通り挨拶をする。
「おはよう、みんな。ったく、こうなるとは思ってたけど、ホント男子ってバカばっかね~」
クラスの男子に言っているのかと思えば、そうボヤいた華子の視線は祐二に向けられていた。
「このバカ、止めたにもかかわらず階段を松葉杖で上るって言い出してさ、案の定二段目でひっくり返って落ちてやんの」
「痛ってぇな。怪我人をもっと敬えよ」
ドガシっと膝で祐二の尻をどつく華子は、深く溜め息を吐いた。
「な~にが敬えよよ。どさくさに紛れてお尻触ってくるわ、キスしてくるわ、一人じゃ入れないからって一緒にお風呂入ろうって言ってくるわ、胸を触ろうとしてくるわ……このエロ河童め!」
祐二を睨み付ける華子の暴露話に、聞いていた四人がええっ!? と声を上げて驚く。
「キ、キスって……したのか? キス」
「なんだ、マサたちはまだなのか? まさか今どき中三にもなってお手々繋いでラッタッターで満足してるんじゃないだろうな」
「えっ!?」
「まあ、最近の祐二たちを見ていてそのくらいはしてると思ってたけどな」
「えっ!?」
祐二と華子が付き合いだしていたのは仲間内では周知の事実ではあったが、それを吹聴するような事はしないし、する気もない。また、クラスの中にはその事に気付く者もチラホラといたが、大半の者は先程の二人のじゃれ合いを見て夏休み前と変わりないと判断していた。
そんな中でじゃれ合うばかりで付かず離れずの関係だと思っていた二人が知らない内に関係を伸展させていた事に目を見開いて驚く真実。だがまだ中学生なので、付き合うと言ってもそこまで伸展するなんて全く思っていなかったのにと祐二を見れば、勉強会の時とは何となく顔付きが違って見えるような気がする。何だか置いてけぼりにされた気分と、夏休みという大きなチャンスを逃した気分をダブルで受け、自分の子供っぽさを痛感した。
ふと思い返せば、夢の中の自分もラッキースケベは多々あったし、彼女と伸展しそうにもなったが、それ以上の伸展は無かったのを思い出し、やっぱり夢の中の自分も自分なんだなと納得するのだった。
「それよりもお前ら、結局風呂には一緒に入ったのか?」
考え込む真実を置き去りに、声を潜めて祐二に聞くのは智樹だ。女子たちは女子たちで固まって聞き込みをしていたので、こうして突っ込んだ質問もする事が出来る。
「ああ、入ったぞ」
「ええっ!?」
おおっ! と智樹が何かを期待する声を上げるのと同じように真実も身を乗り出した。他の人も一緒に風呂に入るんだと、どんな状況だったのかを聞いてみたかったのだ。
「でもよ~、あいつ、巻いたバスタオル取ろうとしないしよ、指一本触らしてくれなかったんだよ。そんなんねえよな、折角一緒に入ったってのによ~」
「……え?」
「そりゃまあ仕方ないだろうな。家には人もいたんだろうし、まだキスまでしか進んでいないんだろ? そんなん恥ずかしがるに決まってるだろ。中には平気な人間もいるだろうけど、そんなんそれ程多くはいないだろうな」
「……え?」
「ん?」
「何だ、マサ。さっきからの、え? は」
「え?」
一昨日の夜の出来事を光輝に口止めされた以上、口には出来ない真実は智樹と祐二からの追及に言葉を窮するのだった。
次話は明日、次々話は明後日(土曜日)のこの時間に投稿予定です。
以後、暫くの間は火曜日と木曜日の投稿を予定しておりますので、よろしくお願いします。