俺の転生特典のマッサージロイドがチート過ぎる件について
『これから君を異世界に転生するんだけど、何か希望はある』
俺は、目の前のよく分からない人型にそう話しかけられた。
美人のような、精悍な男性のような、子どものような、老人のような。
様々な人と言う概念が集合したような存在――神にそう言われた。
「一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
『なんだい?』
「私が異世界に転生する場所は、どんな場所なんですか?」
『普通に人里離れた家だね。昔は人が住んでいて畑と温泉があるんだ。私の力で新品同様に綺麗になっているよ』
それに家には本などもあり、お金や道具などがあるらしい。
「それじゃあ、私はどのように亡くなったんですか」
『君の死因は、過労死だよ。働き過ぎだね』
そう言われて私の前世での生活を思い出す。
朝から晩までデスクワークと残業の日々。
家に帰れば、干す間もなくぺったんこになった硬いマットレスで寝る日々。
ああ、癒やされたい。休みが欲しい、と何度願ったことか。
パソコンのブルーライトで目がやられ、慢性的な頭痛に苦しみ。
デスクワークでストレートネックと猫背で、更に体に負担が掛かる。
上司からのパワハラで胃が痛み、逆流性食道炎になり、背中に張りを感じる。
かと思えば、倉庫整理をさせられ、重い荷物に足腰が痛み。
長い電車通勤で足の疲労が蓄積し、硬い革靴で足が浮腫む。
温泉に浸かりたい、ゆっくり眠りたい、そしてマッサージを受けたい。
時折、自分で硬くなった肩や足裏を揉み、健康維持するためのストレッチをするが、自分だからなのだろうか、あんまり気持ちよくない。
『どうする? 君は何が欲しいんだい? 最強の剣かい、究極の魔法かい、至高の財宝かい?』
「最高にマッサージが上手な人が欲しい」
『う、ううん!?』
「最高にあらゆるマッサージで俺を癒やして健康的にしてくれる存在が欲しい!」
もうアラサー近いのに異世界転生で冒険なんてやってられるか!
最高に癒やしが欲しいんだよ、と独身だった俺は叫ぶ。
ああ、自分の遺伝子も後世に残せずに死んだ、親不孝な俺を許してくださいとバリバリ元気な親父とお袋に祈る。
『あー、ちょっと待ってくれ。予想外だった、けど、あらゆるマッサージができる……』
俺の突拍子もない要求に神様が困惑する。
『ええっと、至高の財宝でマッサージ技術のある人を雇う、というのはどうだい?』
「町まで行きたくない。過労死で死んだ自分はもう人と過ごしたくない」
『あー、わかった。ホムンクルスとオートマタ技術で作り出した従者を君に付けよう。そこにアカシックレコードから引っ張り出してきたあらゆる【マッサージ】と【健康】に関する技術を入れておこう』
「ありがとうございます!」
『あ、あと、異世界に転生する人間は、他の人より若干、資質が高いから頑張ってくれ』
そう言って、気付いたら森のベッドの中に寝ていた。
「おはようございます。ご主人様」
「うぉわっ! き、君は……」
「はい。転生神様よりご主人様の従者になられるように生み出されたマッサージロイドです」
俺が目覚めた脇には、白黒のメイド服を着た一人の女性が立っていた。
「マッサージロイド?」
「はい、オートマタの人型骨格を有し、ホムンクルスの有機組織を持ち、ご主人様の健康をサポートする存在です。名前はまだありません」
「それじゃあ――」
マッサージ、按摩師、秘孔、整体などとマッサージの関連単語を思い浮かべる。
「それじゃあ、アンコでどうかな?」
按摩の女の子でアンコだ。俺は和菓子の餡子も好きだし、按摩をもじると、流石にヤバイ名前になるのでこれに決まった。
「それでは、今度からアンコと名乗らせて貰います」
「うん。よろしくね」
俺は、当たりを見回せば、転生した場所は家で寝室だ。
ベッドは、彼女がマッサージしやすいように、大きめなベッドになっている。
「それじゃあ、早速マッサージをして貰おうかな? 何と言うか、肩凝りとかが酷かったんだ」
「わかりました。それでは、軽く触診させていただきます」
そう言って、軽く俺の体を触ってくるアンコ。
「確かに筋肉に凝りが見られますね。一度、この家の裏手にある温泉で血行を良くしてからマッサージを開始しましょう」
そう言って、俺は風呂場に案内された。
そして転生した体を見たが、変わらずアラサーの若干代謝の落ちた猫背な姿に落胆する。
「転生する時、イケメンにしてくれれば……」
そう呟きながら風呂に入り、久しぶりに長湯をする。
体がポカポカしたところで、アンコさんが寝室で待っていた。
「それではご主人様、施術を開始します」
そう言ってアンコさんの手からは、マッサージ用のオイルが自然と染み出していた。
香りは、とてもよく俺好みの匂いですぐにリラックスできた。
頭の先から首、肩、腕など体の不調部位を押してくれる。
「大分、自律神経が乱れていますね。一週間ほど私のマッサージを受けることをオススメします」
「イタタタッ、痛い! けど、気持ちいい! なにこれ、凄い!」
なかなかの圧力で体の筋肉の凝りを解し、代謝を底上げし、スッと意識が失いそうになる。
それから一週間、アンコさんによるマッサージが始まった。
骨の矯正や筋肉の凝りの解し、ストレッチなどをしつつ、家の周りを散歩する。
「近いうちに自給自足の農業も始めないとなぁ」
「そうですね。ご主人様の健康のために食べ物を作らないといけませんね」
そうして、アンコさんと一緒に農業スローライフが始まる。
最初は慣れない農業とデスクワークの少ない筋力でアンコさんのマッサージの助けを得た。
そして――
『ギャギャギャッ――!』
「うわっ!? なんだ、ありゃ!」
「ご主人様、ゴブリンと言う魔物です。少々、お待ちください。はっ!」
アンコさんは、ダンと跳躍してゴブリンの前に降り立ち、手刀を突き立てる。
「電気マッサージ――100万ボルト!」
『ギャギャギャギャギャッ――!』
ゴブリンが突然の強力な電流を流し込まれて、絶命した。
「え、えっと、アンコさん。今のは、なんですか?」
「筋肉に電気を流し込み、筋肉の収縮運動を引き起こし、疲労物質を流す電気マッサージです」
「アンコさんって戦えたの?」
「はい。活殺自在、マッサージが人を活性化させる技だとすれば、逆に痛覚点をつく拷問術や急所をついて倒す秘孔と呼ばれる要素も内包しております」
アンコさん、すげー。
「私は、ご主人様の健康を守るために存在します。健康を害する要因は排除させていただきます」
クール美人な俺好みなメイドさんに、時々ドギマギすることもあるけど、電気放電とか人体理解による破壊とか最強じゃん。
そんなこんなでアンコさんとの生活は、スローライフを極めた。
マッサージによる人体活性で俺の身体能力が一時的に3倍にして、ゴブリン相手に無双してステータスを高めたり――
マッサージを極めたことによるアンチエイジングで俺の寿命が三倍、外見年齢も20代にまで若返ったり――
ちょっと欲しいものがあるために町まで出かけたら、農作物や暇だから山の薬草で作ったポーションを売ってお金を稼ぎ、アンコさんに服をプレゼントしたり――
時に山で繁殖する魔物をしばき倒していたら、冒険者が山に住む凄腕の隠居戦士だと思って弟子入りしに来たり――
まったり、アンコさんに色んなマッサージをして貰い、健康維持のために掃除や洗濯、家事全般をしてくれる。
そして、夜になれば――
「その、アンコさん、よろしくお願いします」
「はい。それでは、緊張せずに、気楽にしてください」
あらゆるマッサージを使える、ということは、そういう技術も高いのだ。
そして、ホムンクルスとオートマタの融合人工生命体なので――
「ご主人様、妊娠しました」
「えっ、それマジ!?」
そりゃ、マッサージにかこつけてやることやりました。
「私は、オートマタの人工骨格などを持ちますが、内臓機能などはホムンクルスの有機組織なので一応妊娠できます」
「お、おおぅ、これで俺も一児のパパかぁ。実感ないなぁ……」
けど、今までのことを思い出すと、凄く献身的な癒やしを与えてくれるアンコさんって従者というより俺の嫁さんっぽい気がしてきた。
最強のマッサージロイド嫁・アンコさん。うん、悪くないかもしれない。
「その、アンコさん。順番がなんかめちゃくちゃだけど、俺と結婚して下さい」
俺がそうプロポーズすると、すごくキョトンとした様な顔になる。
もしかして、断られるのだろうか、神様が作り出して俺の従者にしたから拒否権はないけど、本当はいやなのではないか。
そう不安になっていると、言葉が返ってくる。
「それがご主人様のお望みなら」
そう言って、今まで見たことがないほど、柔らかな笑みを浮かべるアンコさんは、まさに俺の理想の嫁だったと思う。
こうして俺は、異世界で可愛くて献身的な嫁と子どもに囲まれて、勝ち組人生を送るのだった。
マッサージ、最高!