第六話 『えらいことになってもうたなぁ』
暴徒と化した一般人から逃れつつ、おれはどうにかこうにか山林地帯に身を隠すことができた。
このニュータウンでこの意味不明な現象が起こったことは、不幸中の幸いといえるだろう。ここは人と緑が共に生きる街、などといううさんくさいスローガンを掲げており、ニュータウン建設後もかなり多くの山林地帯がそのまま残されているのだ。
もっとも、建設中におこった不況のせいで予算が大幅に削減され、建設が中途半端に終わってしまったというのが本当の理由らしいのだが。
そんな状況を人と緑が共に生きるなどといえるのだから、大人というのは頭が回る。一方的に排除しようとしておいて、共に生きようなどよく言えたものだと思うけど。
とりあえず、日が落ちるまでここで待機することにした。今は動かないほうがいい。
なぜそう思ったのかというと、街で起こっているらしい騒動が身を隠しているおれにも十分伝わっていたからだ。
消防車や救急車、パトカーのサイレンがひっきりなしに響いているし、田舎の花火大会みたいな感じで断続的に爆発音も聞こえてくる。身を隠してからしばらくした頃にはドドドドド! というヘリコプターのエンジン音も聞こえてきたし、ジェット機の飛行音も聞こえてきた。戦車が走るキャタピラの音や砲声が轟くのも時間の問題という雰囲気である。
いったい街がどういう状況になっているのか、考えるだけでも恐ろしかった。
それでも気になるので、ネットで情報を得ようとショルダーバッグからスマホを取り出す。しかしサーバーはどれもダウンしていて、ネットにアクセスできなかった。
もしかすると、この街で起こっている騒動が関係しているのかもしれない。
まさか、と思い親友のスマホに電話をかけてみる。予想通り、電話回線も機能していなかった。
おれはあきらめてスマホの電源を切った。
とにかく、日が沈むまで待とう。
暗くなれば人目につきにくくなるだろうし、ここからなら歩いて家に帰れる。
そうだ。
まずは家に帰ろう。
その後でこのバカげた状況について考えればいい。
そもそもおれは何もうしろめたいことなんてしていない。むしろ被害者だ。
親友には殴られるし、見ず知らずの婆さんには殺されそうになるし。
……あいつ、本当に大丈夫なのかな。
もう一度電話をかけようかと思ったが、やめることにした。
たぶんまだ電話はつながらないだろうし、さっき見た時バッテリーの残量はわずかしかなかった。もう少し待ったほうがいいだろう。
とりあえず、今度あいつに会ったら、思いっきりぶん殴ってやるか。
互いの無事を喜ぶのは、その後だ。
日が沈みはじめたらしく、東の空に夜の暗闇がうっすらと広がり、西の空が夕焼けに染まっていく。
おれは覚悟を決めて、山林地帯を抜け出すことにした。
街での騒動は一段落したらしく、今では不気味なほどに静まり返っていた。
事態が好転していると思いたいが、住民達がこの混乱で全滅したという可能性も否定できない。
あるいは、この街のどこかに潜んでいるであろうこのおれを抹殺するべく、大規模な空爆を行うため避難指示が出されたのかもしれない。
……いやいや、さすがにそれはないよな。
ないと言って下さいよ、神様。
とにかく、いつまでもここにいたって仕方ない。
腹も減ってきたし、前へ進まねば。
細心の注意を払いながら、山とも森ともつかぬ茂みの中を進む。いきなり街へ出るのは危険なので、住宅地を迂回するように進み、ニュータウンの周辺を通っている国道を目指した。国道付近は田畑が多く、人家もまばらなので人の目も少ないだろう。
国道のすぐ近くまで来たところで、茂みの中から様子をうかがう。片側三車線のでかい道路であるにもかかわらず、走っている車の姿はひとつもなかった。
少しおかしいなとは思うけれど、今は都合がいい。
身を隠せる茂みもそろそろ途切れる頃なので、おれはこのまま道路に出ることにした。
長いあいだ潜伏していたためか、広い場所に出ると心地よい開放感を感じる。
沈みゆく夕陽は世界を赤々と照らし、黄昏時の空には小さく輝く一番星の姿が見えた。
人の世界がどんなことになっても、星は関係なくめぐり続けるんだなぁ、と自分の置かれた状況を忘れてついしみじみとしてしまう。
……それがいけなかった。




