~そしてまた歩き出す~
春の優しいぬくもりに心が暖められたからだろうか。
ふと、あの世界のことを思い出す。
「結局、あの世界はなんだったんだろうね」
救えたのかどうかを聞くのがこわくて、おれはそんなことを聞いた。
「確かなところはわからないわね。私はパラレルワールドの一種だと思うけど、そうだと断定できる確証はないし」
「考えても仕方ないか。じゃあ、ここはどういう世界なんだろう。おれは自分が見ている夢の世界だって思うけど、君はどう思う?」
「それも答えに確証を持てない疑問ね。私としては、ここにいる私は本物の私だと思っているわ。あなたの夢の住人だとは思っていない。もちろん、あなたについても同じ。あなたはあなた本人で、私が見ている夢の世界の住人ではないわ」
なるほど、とおれはうなずく。
「私はこの世界を、あの世界と元の世界の中間にあるものだと思ってるの。ここではあの世界で失われていた過去の記憶がよみがえっているから、その可能性はあるんじゃないかしら」
「そう言われると、納得できるような気がするよ」
「もちろん、断定できる確証はないのだけれど」
「たしかに」
おれ達は歩く。
頭上に満開の桜が広がり、音もなく花びらが舞い落ちる道を、歩き続ける。
「おれ達は、あの世界を救えたのかな」
気がつけば、ごく自然にそうたずねていた。
「救えたと思うわ」
根拠や確証をもって断定するように、『少女』はそう答えた。
「私はそう信じている」
『少女』は立ち止まる。
おれは一歩先に進んだところで歩みを止め、『少女』のほうに振り向いた。
『少女』はまっすぐにおれを見ていた。
おれが感じている不安や迷いを払いのけるように。
「もちろん、根拠や確証があるわけじゃないわ。でも、救えなかったという根拠と確証もないでしょう。それなら私は、自分が望む結末を信じる」
「おれも信じるよ。きっと、いや、絶対におれ達はあの世界を救えたんだ」
微笑みを浮かべ、『少女』はうなずいた。
「そういえばすっかり忘れてたけど、ナントカのアレって結局なんだったんだろう」
「私はなんとなくわかったような気がするわね」
「本当?」
「ええ。でもそれを言葉にしたくはないわ。だってそれはあまりにもありきたりで、ありふれたものだから」
その言葉を聞いた時、おれはナントカのアレの正体がわかったような気がした。
迫りくる終末の光を前にした時、その答えは出たのかもしれない。
ありきたりで、ありふれたもの、か。
たしかに『少女』の言う通りだ。
だけどそれは、今までおれがしっかりと持つことのできなかったものだ。導き出せなかったものだ。
たしかにそれは、世界の秩序を維持したり、壊したりすることができるものだと、いえなくもないかもしれない。
「あなたはどうなの? ナントカのアレが何なのか、わかったのかしら」
「たぶんきっと、君と同じものを考えてると思うよ」
「なら私達はナントカのアレを導き出せたことになるわね」
「そうだね。きっと、あの世界も救えたんだ。ナントカのアレを導き出せたから」
「せっかくだし、彼の答えも聞きましょうか」
『少女』はおれの後ろへ視線を向ける。
振り向くと、遊歩道の奥に『親友』の姿が見えた。
『親友』は、まるで夢の中に取り残されたような顔をして、桜を眺めている。
「行きましょう」
『少女』は歩き出す。
『親友』の答えは、聞くまでもないだろう。
おれ達はそろってここにいる。
それはつまり、答えを導き出せたということなのだ。
それでもおれは『親友』のもとへ歩いた。
話したいことや聞きたいことはたくさんあるし、何よりもまずは再会を喜びたい。
そして、話が全部終わったら、元の世界へ帰るんだ。
おれ達は果たすべき役割を果たしたのだから。




