第九話 『約束』
また『親友』に会えたとしても、その時の『親友』はおれの記憶にある『親友』だろうか。
そんな哀しさを抱えるおれにかまわず、『少女』はやや興奮気味に声を弾ませる。
「いい感じに盛り上がってきたわね」
「そうだね、うん……。あとはもう、やるしかないってかんじだね」
「ところでシロにはどうやって乗ればいいのかしら」
「こういうのって、だいたいは頭部や胴体に操縦席みたいなのがあると思うけど」
なるほど、と『少女』はうなずき、ソレラシキー粒子を発生させて宙に浮かぶ。するとその瞬間、『少女』の体は白い光に包まれ、光と共にどこかへと消えてしまった。
「なんだ、何が起こったんだ?」
『少女』の姿を求めて周囲を見渡す。すると頭上から『少女』の声が聞えてきた。
「大丈夫。私はここにいるわ」
シロのほうを見ると、そこに『少女』がいるのを示すように、シロの片目には青い輝きが宿っていた。
「ソレラシキー粒子を発生させればそれに反応して、シロの中に転送されるみたいね」
そういう仕組みだったのか。しかし、なんだ。瞬間移動みたいで、ちょっと怖いな。
「あなたも早く来なさい。早くシロを動かしてみたいわ」
わかったとうなずき、ソレラシキー粒子を発生させるべく精神を集中させる。
しかしいっこうに発生する気配がない。
おかしいな。さっきはあんなに出てたのに。
どうしたものかと考えていると、お孫さんがおれのもとへ近づいてきた。
「ア、アノ……」
人見知りなのか、視線はせわしなく動いている。
それでも二つの青い瞳は、おれの姿を正面から映しだした。
「ガンバッテ、クダサイ」
その声はかすかに震えていた。
おれは、その震えが人見知りのためではないことに気づいた。
こんな小さな子どもでも、今この世界がとんでもない危機に直面していることはわかるのだろう。
おれが元の世界に戻ってしまえば、この世界は全然関係のない世界になってしまうかもしれない。
でもこの子や、この世界で生きている人達にとっては失ってはならない唯一の世界なんだ。
どうしておれなんかが救世の子になったのかはわからない。
だけど、やるべきことはやらなければならないのだろう。
救世の子として。
いや、一人の人間として。
「大丈夫。おれ達がうまいことこの世界を救ってみせる。約束するよ」
「ヤクソク?」
「ああ、約束だ」
そう約束を交わした時、黄金色に輝くソレラシキー粒子がおれの体から発生した。
ふわりと体が宙に浮かび、フラッシュをたかれたように目の前が真っ白になる。
光が消え、視界が回復した時には、おれは『少女』の隣に立っていた。
「やっと来たのね。待ちくたびれたわ」
「ごめんごめん。ところで、ここは本当にシロの中なのかな」
「そうらしいわね。予想していたものとはかなりちがうけど」
普通、操縦席というとディスプレイやキーボードといった機材がたくさんあるものだが、そういうものは一切なかった。というか、何もなかった。
透明な球体に入れられてシロの頭部か胸部辺りに浮かんでいるといった感じだろうか。
高度な技術でつくられているらしいから、機体の内部にいても外の様子は全て見えるようになっているのかもしれない。
すぐ足元には舞台の上に立っているお孫さんと長老の姿が見えた。まわりを見渡してもシロの姿が見えないことから、やはりここはシロの内部なのだろう。
「しかしこれじゃあ、動かそうにもどうすればいいかわからないな」
「ソレラシキー粒子を使えばいいんじゃないかしら。乗り込むときもそうだったし」
『少女』はソレラシキー粒子を発生させる。すると『少女』の目の前に両手で持てそうなほどの大きさの光の玉が現れた。『少女』が触れた瞬間、光の玉から青い光の線が無数に放たれ、何かを形づくっていくように広がった。
しばらくして、その光の線がシロの体をなぞるように広がっていることに気づく。
それはたとえるなら、人体の筋肉や血管のように見えた。
「どうやら正解のようね。あなたもやってみて」
おれも『少女』と同じようにソレラシキ粒子を発生させる。やはり目の前に光の玉が現れた。それに触れると、さっきと同じように黄金色の光の線が広がっていく。それは青い光の線とからみあいながら、すみずみまで広がっていった。黄金色の線のほうが細くて本数も多いように見える。
青い光の線が筋肉や血管のようなものだとしたら、黄金色の光の線は神経になるのだろうか。
光の線の広がりが一段落したところで二つの光の玉は消え、両手の甲に光り輝く紋様のようなものが浮かび上がった。同時に、おれ達の前にシロの立体映像が表示される。
それは今まで見てきた立体映像よりもはるかに鮮明で質感があった。映像のシロは、おれの動きを反映するように手の甲を見るような姿勢をとっている。ためしに両手をおろすと、シロも同じように両手をおろした。おれの動きとシロの動きは同調しているらしい。ということは、どうやらおれがシロの操縦をすることになったようだ。




