第三話 『逃れられへん』
失態に気づいたおれは、なるべく普段通りの口調を意識して言う。
「その、ごめん。今の話は忘れてくれ」
「気にするな。おれも気にしてない。それより、今後の人生について思案するんだろ。悩んでいることがあったら、話してくれ。何か力になれることが、あるかもしれないからさ」
「ありがとう」
おれは目線を少しばかり上げ、空を見つめる。
「まあ、あれだよ。おれも高校生になったわけだし、進路のことについてあれこれ考えなければならんわけよ。進学先は国公立限定だから、早めに準備しないと手遅れになっちまうしな。で、親父にそのことを相談したんだ」
「あいかわらず仲がいいな。そういう話ができるなんてさ。おれはもうかれこれ一か月くらいは親と会話してないぞ」
「マジかよ」
「親父にいたっては最後に顔を見たのがいつなのかも思い出せないほどだ。極端な話、おたがいに生死不明って状態が続いてるのさ」
うんざりした口調で『親友』は言った。
おれは一通りの事情を知っているので親子関係は険悪になっているだろうことは予想できていたが、そこまでだとは思わなかった。
「すまん、話を切ったな。で、親父さんはなんて答えたんだ?」
「ああ……、おれとしてはけっこう真剣に相談したつもり、なんだけどさ。そんな自分が嫌になるようなことを言われたよ」
「なんて言われたんだ?」
「高校生にもなって中二クサいこと言うなって言われた」
ひどいな、と『親友』は若干引き気味に言った。
「お前の人生はメシ食って屁ぇこいて寝て、を延々と繰り返すだけだとも言われた」
「それもう肉親のセリフじゃねえだろ……」
「親父が言うにはさ、そういう生き方はおれの一族が代々受け継いできた由緒正しき生き方なんだと。だからおれも、おれの子どももその子孫も、この生き方からは逃れられないそうだ」
「お前の御先祖様は、何か呪われるようなことでもしたのか?」
「……その可能性はなきにしもあらずだな。だけどまあ、親父もなんだかんだ言いながらそれっぽいアドバイスはしてくれたよ。人生の指針みたいなものがあるといいなとも言ってたし」
「人生の指針、か……」
『親友』の表情が、かすかに暗くなる。
もし、人生の指針や人生の目的地が見つかったとして、それにたどり着けなかったらどうすればいいのだろう。
また別のものを見つけて歩き出すしかないのだろうか。
もう一度、歩き出せるのだろうか。
「親父さんにはあったのかな。人生の指針ってのが」
「あー、うん。あったといえば、あったらしいぞ」
「あやふやだな」
「それが本人にもよくわからんらしい。ナントカのアレってのがそれらしくて、庭の物置にしまってあるっぽいんだけど。おれが家を出る少し前に物置をあさってた」
「…………今、なんて言った」
「まあ、普通は耳を疑うよな。ナントカのアレだよ。親父がおれくらいの時に持ってたっていう、人生の指針的なものなんだと。ほんと意味不明だよな。ナントカのアレってなんなんだっつーの」
他愛もない世間話程度の感覚でおれは話した。
しかしおれは、そういう場にはにつかわしくない緊張した雰囲気を、目の前にいる『親友』から感じた。
『親友』の様子は、明らかにおかしくなっていた。
口元はかすかに震え、顔からはすっかり血の気が失せ、大きく見開かれた目はおれを凝視している。
それはまるで、現実的ではない超常的なものを目の当たりにして驚き、おびえているかのようだった。
まさか、おれの背後に親父の生霊が?
ありえなくはないことなので、後ろへ振り向く。
しかしそこに生霊の姿はなく、それに類するバケモノの姿も見られなかった。
たくさんの人々が行き交う日曜午後のにぎやかなセンター街広場の光景が見えただけだった。