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主題なき春のラプソディ  作者: 青山 樹
第四章 『光の先へ』
55/71

~名前~

 あの時に感じた沈黙の重みを感じながら、おれは『親友』の隣を歩く。


 『親友』は本当によくがんばったんだ。

 最初は合格すら難しいと言われていたのに、努力の末に合格ラインにたどり着いた。

 だから、第一志望の学校に進学しても、そこからさらに成長できるだろうし、求められるレベルに達することもできるだろう。


 『親友』の両親は、彼を信じなかったのだろうか。


 あるいは、『親友』の両親はおれの知らない彼の姿を知っているからこそ、無理だと判断したのかもしれない。

 おれが知っているのは学校での姿だけで、それ以外の姿を知っているわけではないのだ。

 それを踏まえ、結論を出したのかもしれない。

 これ以上の努力を強いるのは酷だと思ったのかもしれない。


 本人に直接聞けばいいのだろうけど、おれにはそれができなかった。

 言葉をかけることも、話を聞くこともできない。

 それをしなければならないとわかっていても、できなかった。


 あの日も。

 そして、今も。


 おれ達は無言のまま歩き続ける。帰り道はだんだんと終わりに近づいていく。


 このまま何も言わないのは間違っている。

 どんな言葉であっても、言わなければならない。

 そうしなければ『親友』の心と向きあえない。

 おれは『親友』の心と向きあわなければならないんだ。


 今まで一緒にいた親友として。

 そして、これからも一緒にいる親友として。


 それでもおれは、口を開くことさえできなかった。

 どんなに意識しても、意志を強く持とうとしても、『親友』の隣を歩くだけで、何もできない。


 あの日とまったく同じことが、今も繰り返されていた。


 寒々とした街路樹や、冷ややかな夕暮れ時の空気、車が走っていく空々しい音や妙に明るい街灯の光までもが、あの日と同じに思えた。


 やがて、少し離れた先に公民館と公園が見えてくる。

 小学生の頃におれ達がよく遊んでいた公園で、中学生の頃は帰り道の分岐点になっていた場所だ。

 おれは公民館側の道路を通り、『親友』は公園内の遊歩道を通って帰る。

 人の姿はまったくなく、枝をむきだしにした遊歩道の桜並木が街灯の明かりに照らされているだけだった。


「じゃあ、またな」


 『親友』はわずかに手を上げ、遊歩道の奥へ進んでいった。

 おれは遊歩道の入り口に立ったまま、遠ざかっていく『親友』の姿を見送っていた。


 あの日と同じように。


 たしかあの日は、『親友』の姿が見えなくなるまで立っていて、そのあと家に帰ったんだ。

 その姿が消えてしまう前に、おれは何かを言うべきだった。

 これが最後のチャンスだった。

 せめて『親友』を立ち止まらせるために、『親友』の名前を呼ばなければいけなかった。


 あの日なら、それができたんだ。


 いつの間にか、『親友』の姿は消えていた。

 やはりおれは何もできなかった。

 今ではもう『親友』の名前を呼ぶことすらできない。

 家に帰ることもできなかった。帰り道がわからないし、自分の家がどんな家だったのかもわからない。

 さっきまで覚えていたはずの親父の姿も、どこか遠くへ消えてしまった。


 日が落ちて、すっかり暗くなってしまった空を見上げながら、おれは思う。

 今ここに『少女』がいてくれたら、どんなに心強いだろう、と。

 だけど『少女』の姿はどこにもない。ここにいるのはおれだけだ。


 何をすればいいのかわからず、何をしたいのかもわからず、何ができるのかもわからない。

 どうしようもなく無力なおれがいるだけだった。


 静かな時の流れが、夜の暗闇が、無機的におれの存在を飲み込んでいく。

 おれはそれに抗えなかった。


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