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主題なき春のラプソディ  作者: 青山 樹
第三章 『未知の力』
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第十二話 『終わり良ければ総て良しや』

 おれは目を開けて、満足げな表情を浮かべている指導者を見る。


「あんなのでよかったのか? 今から命がけの戦いに挑もうって人達にあんなこと言っても士気が高まるんじゃなくて、おれへの殺意が高まりそうなんだけど」


「心配するな。ちゃんと効果は出ている。私にはわかるぞ。同志諸君から無尽蔵にわき上がってくる士気と、ソレラシキー粒子が」


「某国の首都に対する総攻撃は、もう間もなく始まるわ」


 隣にいた『少女』が言う。

 テレパシーか千里眼を使っているのだろうか、『少女』は目を閉じてソレラシキー粒子を体のまわりに漂わせていた。


「あなたも見る?」


「じゃあ、せっかくだし」


 にわかには信じがたいことだけど、おれの宣言が開戦に関わっているとするのなら、それを見届ける責任も少しはあるだろう。


「なら、私の手を握って」


 『少女』は両手を差し出す。おれは少し緊張しつつ手を重ね、握った。『少女』は目を閉じたままつま先をわずかに浮かせ、顔をこちらに近づける。

 それはまるで、口づけを求めるような仕草だった。

 『少女』の小さくて潤いのある唇やほっそりとしたまつ毛がすぐ目の前にまで迫った時、『少女』は言った。


「あなたも目を閉じて。でないと私が見ているものを共有できないから」


「え? あ、ああ。わかった」


 もっと『少女』の顔を見ていたかったのだけど仕方ない。

 惜しいなと思いつつ目を閉じると、『少女』が言った。


「全部終わったら、もっとゆっくり見せてあげる」

 

 え? とおれは声を出す。

 なぜおれの考えていることがわかったんだろう。

 まさか、テレパシーはすでに始まっていて、おれの考えが伝わってしまったのだろうか。


 などと考えていると、まぶたの裏にどこかの景色が浮かび上がってきた。

 それは沿岸部に建設された大都市の姿だった。

 おれは空を飛ぶ鳥のように海と平原にはさまれた大都市と、天高くそびえ立つ超高層ビルの群れ、血管のごとく張りめぐらされた幹線道路や鉄道網を見下ろしていた。

 その中をうごめく無数の砂粒のごとき車や人々の姿も見える。ここが某国の首都、委員会の本部がある場所なのだろう。時刻は早朝らしく、さわやかな朝日の光が大都市と、その周辺に広がる緑豊かな田園地帯を照らしていた。

 まさに、秩序の上に成り立つ平穏な世界といったかんじの光景だ。

 そう思った時、密集しているビル群のほうから腹に響くような爆発音が轟き、早朝の青空に向かって何本もの黒煙が立ち上った。


「はじまったわ」


 『少女』の声が頭の中に直接響く。続いて、指導者の声も聞こえた。


「事前に潜伏していた同志達による攻撃だ。まずは首都の内部で破壊活動を行い、混乱を拡大させつつ委員会の注意を引きつける。外部への警戒に手が回らなくなったところで、周辺に待機させていた主力部隊を一気に進撃させるのだ」


 そううまくいくのだろうかと思いながら、おれは戦場と化していく大都市の様子を見る。

 非常事態を告げるようにサイレンが鳴り響く中、爆発音は散発的に続き、建ち並んでいたビルは次々と倒壊した。巻き起こる黒煙や砂ぼこり、広がりゆく火災の炎にまじってソレラシキー粒子と思われる光がところどころに見える。


 まるで、命ある人間がそこで戦っていることを証明するかのように。


 しかしというか、やはりこれが現実に起こっている出来事だとは実感できなかった。

 攻撃はさらに激しさを増していく。上空には小型の飛行戦艦と思われるものが艦隊をなして出現し、都市への爆撃を開始した。海上には巨大な空母や戦艦が続々と現れ、戦闘機の発艦や砲撃をおこなっていた。ものの五分とたたないうちに首都は壊滅し、戦車を中心とした大規模な陸上部隊が、首都を制圧するべく田園地帯を踏みつぶしながら進軍していく。


「ふむ。委員会の本部といえどこの程度か。口程にもない。あとはこのまま現地に到着するのを待つとしよう」


 勝利を確信したらしく、指導者は余裕のある口調で言う。

 おれはどこか引っかかるものを感じ、指導者に尋ねた。


「たしか、委員会も結社が総攻撃をしかけてくることは知っているんだよな?」


「無論だ。彼らもそこまでバカではない」


「じゃあ、どうして反撃してこないんだ?」


「ふむ?」


「そもそもこの戦いの目的って、ナントカのアレが出現する状況をつくり出すことだよな? そのためにおれはここにいるはずなんだけど……」


「ああそういえば、そうだったな」


「そういえばって、いいのかよ。戦いはもう終わっちゃってるぞ」


「まあいいじゃないか。終わり良ければ総て良しだ」


「えぇー……」


 どこか釈然としない気持ちをもらす。

 その時だ。

 頭の中にではなく耳のほうに、高笑いが聞えてきた。


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