第二話 『いっつ、あ、すもーるわーるど』
センター街とは大型百貨店とショッピングモールを中心にした商業地区のことである。
その近辺には図書館や公民館といった公共施設や、スポーツクラブや病院といった施設もあり、バスターミナルや市営鉄道の駅も隣接している。
なのでセンター街はいつも人通りが多いのだが、今日は特に数が多かった。
おそらく、花見をしに行く人達が多いのだろう。ここから少し離れたところにある中央公園は、桜の名所として有名なのだ。
満開のシーズンは少し過ぎたとはいえ、十分見応えはあるかもしれない。
いくつかの本屋をまわって適当に時間を潰したあとに花見でもしようかな。
などと考えながら百貨店と駅の間にのびるアーケードを歩いていた時、百貨店のほうから大きな鐘の音が聞こえてきた。
立ち止まってそちらに目を向けると、百貨店のエントランスの真上に設置されている大きな仕掛け時計が午後三時ちょうどを示していた。
鐘の音が鳴り終わると、今度はオルゴールのメロディーが聞こえた。
オルゴールは「小さな世界」のメロディーを奏でていた。
メロディーにあわせるように文字盤の数字の部分が隠し扉のように開かれ、動物や小人の人形が次々と姿を現し、これぞ仕掛け時計という具合に動き出す。
仕掛け時計の真下には歓声を上げる子ども達の姿が見えた。
今日はそこそこ運がいいな。
ここの仕掛け時計が動くのを見るのは、ずいぶんと久しぶりだった。
「たまには、こういうのも悪くないよな」
「ああ、まったくだ」
ひとり言をつぶやいた直後に、耳元で相づちを打つ声が聞えた。
驚きつつもどこのどいつだと振り返り、そいつの姿を見てもう一度驚く。
そこにいたのは幼稚園の頃から付き合いのある『親友』だった。
まさか彼が今この場に現れるとは思っていなかったので、おれはかなり動揺した。
けれどそれを知られてはならないと思い、おれは普段通りの態度を装う。
「おいおい、いきなり背後に立つなよ。びっくりするだろ」
「わるいわるい。時計を見上げてるお前を見てたら、ついからかいたくなってさ。本当はお前の目を両手で隠して『だーれだ?』って思いっきり気色悪い女声を出してやろうかとも考えたんだけどさ、ぎりぎりのところで思いとどまったんだ。感謝しろよ」
「そいつはどうも、ありがとよ。でも残念だ。それをやったらお前の鼻が陥没するまでぶん殴ってやれたのに」
はっはっは。と『親友』は楽しそうに笑う。
彼につられておれも笑った。
こんなありふれた、バカバカしいやりとりを、おれ達は昔から飽きることなく繰り返してきたんだ。
だけど今は、どことなくぎこちなさが感じられる。
きっとそれは、彼も同じなのだろう。
一通り笑ったあと「ところでさ」とおれはたずねる。
「なんでここにいるんだ? 用事でもあったのか?」
『親友』はズボンのポケットから定期入れを取り出した。
「家にいてもしょうがないからさ、せっかく通学定期を持ったことだし、有効に活用しようと思ったんだ。知ってるか? こいつがあれば区間内のバスと電車が乗り放題なんだぜ。まさに夢のチケットさ。どうだ、ほしいか?」
「あほか。同じ高校に通ってんだから、おれも同じの持ってるっての」
「もしかして、お前も暇つぶしに定期使ってここまで来たのか?」
さすが我が友。考えることは同じだな。
が、おれの名誉のためにも少し訂正しておこう。
「今後の人生について思案するために、騒がしい家を離れたのさ」
「それはまた、壮大な命題に直面しているんだな……」
電車が到着していたらしく、改札口のほうからたくさんの人が流れ込んできた。
ここにいると邪魔になるので、おれ達はアーケードを通り、ショッピングモールの正面にあるセンター街広場へ歩いた。
「しかし、今後の人生か。とてもじゃないけど、おれには考えられそうにないな。ていうか、今は考えたくもないよ」
そう話す『親友』の口調や表情には、さっきまでのふざけた雰囲気がほとんど感じられなかった。
やはりまだ、彼の中では決着がついていないらしい。
じつを言うと『親友』と会うのは中学校の卒業式以来だった。
春休みに入ってからは一度も顔を合わせていない。連絡もとっていない。
もちろんそれには理由がある。おれはひそかに期待していたのだ。
時の流れがおれと『親友』の間の壁を消し、距離を埋めてくれることに。
しかしどうやら、時の流れは何も変えてくれなかったようだ。