第八話 『ぼーい・みーつ・わーるど』
いつまでも、君の笑顔を、見ていたい。
……べつに意図したわけではないけど、五七五と一句できた。
なんてことを考えていて、頭がぼけていたのだろう。
床から足が完全に離れるまで、おれは自分達を取り囲んでいる青い光の粒子に気づかなかった。
「あれ? ねえ、これって」
「私の手を離さないで。下手をすると、死んでしまうかもしれないから」
そう言って『少女』はおれの手を握る。
「ちょ、まさか――」
言い終わる前におれと『少女』は宙を舞い、非常用の脱出口を通ってブリッジの外へ飛び出し、はるかなる夜空を目指して上昇した。
ついさっき指導者に飛ばされた時の記憶と恐怖がよみがえり、おれは固く目を閉じて力の限り叫び声を上げる。
「目を開けて! 大丈夫、あなたは一人じゃない。私がいるわ!」
おれの絶叫を乗り越えるように『少女』の大きな声が聞こえる。
おれの手を握る『少女』の手にも強く力が込められた。
『少女』の言葉と手のぬくもりを信じるように、おれは心を落ち着かせる。
さっきは一人だったけど、今はちがう。おれのそばには、『少女』がいるんだ。
「目を開けて、前を見て。とてもきれいな世界が、私達の前に広がっているから」
空を飛んでいく感覚は徐々におさまり、青空に浮かぶ綿雲のようなおだやかな浮遊感に包まれる。
肌に感じる寒さも和らぎ、まぶたの裏には淡い光が感じられた。
おれは、おそるおそる目を開ける。
「…………すごい」
そうとしか表現できないほどの圧倒的な光景が、目の前に広がっていた。
まず視界に映ったのは、美しく輝く巨大な満月だった。はるか遠くにあるはずなのに、今にもぶつかりそうなほどに大きく、はっきりと見える。まるで望遠鏡でのぞき見るように、表面の模様や光の濃淡もよく見えた。
満月の次に見えたのは、色とりどりの輝きを放つ無数の星々だった。今までは星の光なんてどれも同じようにしか見えなかったのに、ここから見える星の光は虹を砕いて散りばめたかのように豊かな輝きを放っている。大きさの大小も明確で、大きな星を指でなぞるだけでいくつもの星座を描けそうだった。
ただ頭の上を通り過ぎていくだけだった夜空が、これほど感動的なものだったとは。
「すごいのは空の光だけじゃないわ。地上の光もなかなかのものよ」
『少女』はおれの手を握ったままゆっくりと降下し、雲をかいくぐって地上を目指す。
やがて、地上の様子が見えてきた。彼女が言った通り、地上の光も見事なものだった。
なだらかに広がる大地の上には、人々が莫大な労力と歳月をかけて造り上げた大都市がその繁栄と発展を示すようにまばゆい輝きを灯していた。
ここはどこかの沿岸部にある大都市群の上空らしく、地上の光は海岸線に沿って輝き、ほんのわずかに弧を描いているように見える地平線の果てまで大都市の輝きは点在している。それらを結ぶように交通網の明かりは灯っていて、そこを列車や自動車が間断なく行き交っていた。
そうした光景は、一つの巨大な機械の中枢部分のようにも見えた。
「これが私達が生きている世界の姿よ」
おれと『少女』は青く輝くソレラシキー粒子に包まれながら、地上を見下ろす。
「無限に広がる宇宙からの光に照らされた世界で、人々は自分達の光を生み出し、灯し続けてきた。今もなお、その光のなかではたくさんの人々が生きている。自分達のなすべきことをなすために。私やあなたと同じように、誰のものでもない自分だけの命と、意志をもって生きているのよ」
おれ達は顔を見合わせ、笑いあった。
「だから心配することはないわ。あなたにできることは、必ず見つかるから」
そうだね、とおれはうなずく。
やっぱりまだ具体的な根拠はないし、確信が持てたわけでもない。
それでも『少女』の言葉を信じたいと思った。
おれを励ましてくれた彼女の心に、こたえたいと思ったんだ。
「まだはっきりとはわからないけど、何かをしなくちゃいけないって思えるし、何かができるような気がしてきたよ」
「そう。それはよかったわ」
「なんだろう。今ならおれにも、ソレラシキー粒子が出せそうな気がする」
「なら善は急げね。出せるにこしたことはないものだから」
そう言うと『少女』はおれを連れて雲の上まで急上昇する。
『少女』の言葉と行動の意味を理解しようとした時、『少女』はおれの手を離した。
同時に、『少女』が発生させていたソレラシキー粒子の影響を受けなくなったらしく、おれの体は引力だか重力だかの影響を受けて地面に引き寄せられ、その瞬間に「手を離さないで」「死んでしまう」という『少女』の言葉がよみがえり――。
「ああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」




