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主題なき春のラプソディ  作者: 青山 樹
第三章 『未知の力』
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第四話 『なんや世界がえらいことになっとんで』

 指導者はその小さな体にソレラシキー粒子をまとい、宙に浮かび上がる。


「事実、君という救世の子が出現してから、世界の各地ではナントカのアレをめぐる戦いが多発している。この数日で過去十年間に流れた血に匹敵するほどの血が流されたと言ってもいいだろう。今まで押さえこまれていた人々の意思が、ナントカのアレの到来が近づいたことによって一気に表面化したのだ。わずかではあるが、その様子を君にも見せてあげよう」


 指導者はおれのすぐ目の前にまで飛んでくると、人差し指をおれの額に当てた。

 するとその瞬間、おれの視界を埋め尽くすように大量の映像が流れ込んできた。


 それは、様々な場所で繰り広げられている、人々の戦いを示したものだった。


 都会の中心で、スラムの片隅で、広大な平原で、灼熱の砂漠で、木々の生い茂るジャングルで、極寒の凍土の上で、荒れ狂う海上で、晴れわたった空で、人々の命がぶつかりあい、消えていく。

 近代的な軍隊が、群衆の中のテロリストが、有志として立ち上がったゲリラが、巨大な威容を誇る軍艦が、縦横無尽に空を舞う戦闘機が、それぞれの信念のもとに戦っていた。

 そうした戦いが、今この瞬間に、さながら世界大戦のごとく世界各地で起こっていることを、おれは直感させられた。


「君は受け入れなければならない。もう後戻りはできないところまで、この世界は動いてしまったという事実を」


 映像は消え、薄暗い部屋の様子と指導者の姿が見えた。


「今のは、いったいなんだ?」


「現在この星の上で繰り広げられている戦いだ。国同士の戦いもあれば、内乱や民族対立、宗教戦争、愉快犯に至るまで規模や種類は様々だ。しかしいずれも、根っこをたどれば委員会と結社の戦いに行きつく。私はテレパシーや千里眼を応用して、結社の戦いの模様を君の意識に送り込んだのだよ」


「……今見たものが全部本当に起こっていることだって、証明はできるのか?」


 苦し紛れに言うと、指導者はうすい笑みを浮かべた。


「君が目にしたものが全て虚構であることを、君は証明できるかな?」


 いやな返し方だ。まあ、こんな悪魔の証明的な命題におちいっている場合じゃないか。

 おれが信じようと信じまいと、事実が事実であることに変わりはないのだから。


 指導者は大きく口を開けてあくびをし、眠そうに目をこする。


「ふむ……。どうやら、この体も限界が近いようだな」


「それっぽいかんじに言うな。たんにおやすみの時間ってだけだろうが。ていうか、なんでそんな小さな子どもの体を使ってるんだよ」


「自我が未発達な幼児のほうが、意識の媒体として使いやすいからさ。それに子どものほうが成人よりもソレラシキー粒子を多く発生させることができる。もっとも、そのぶん疲労も大きくなるが」


「……なんていうか、最低な理由だな」


「さて、忘れないうちに本題を済ませよう。我々はナントカのアレを手に入れたい。そのために救世の子である君を手に入れた。あとはナントカのアレを出現させるだけだ。どのような時にナントカのアレが出現するか、君は知っているか?」


「たしか、世界が革新をむかえ、人の世が存亡の危機に瀕するとき、だったような」


「その通りだ。なので我々はその状況をつくりだす。明朝、委員会の本部が置かれている某国の首都に対し、我々は総攻撃をおこなう。無論、委員会も我々の動きはつかんでいることだろう。委員会と結社の全面戦争になることは間違いない。それはそのまま本格的な世界大戦へと発展するはずだ。まさに、世界が革新をむかえ、人の世が存亡の危機に瀕する状況ができあがる。その時に救世の子を手元に置いている我々は、ナントカのアレを手に入れられるはずだ。もちろん、君にも救世の子としてしっかりと役割を果たしてもらう」


 そう言われても困る。

 途中からおれの頭は、完全に話についていけなくなっていた。

 話がどんどん飛躍しすぎていて、全く現実味がない。

 自分が何をすればいいのかもわからないし、相変わらずナントカのアレについてもさっぱりだった。

 

 いったい何をどうしろっていうんだ。


「明日は忙しくなるぞ。まあ、今夜はゆっくり休むといい。じきに世話役が来るから、ここで待っていたまえ。私は先に失礼するよ」


 指導者はソレラシキー粒子をまといながら飛び、部屋の奥にあるドアを開けて出ていった。

 ドアの閉まる音が聞えた時、おれは大事なことを忘れていたことに気づく。

 

 『少女』は今、どこにいるんだ。


 そのことをはっきりさせなければと思い、おれは指導者を追うようにドアへ向かう。

 同時に、ドアが開いて誰かが部屋に入ってきた。

 その姿を見ておれは足を止め、息をのんだ。


「人の顔を見るなりそんな表情をするのは、ちょっと失礼なんじゃないかしら」


 そこにいたのは『少女』だった。

 おれと同じく救世の子であり、委員会の一員でもある、あの『少女』だ。


 しかし今の『少女』は、指導者の意識が乗り移っていたという子どもと同じような軍服っぽい服を身に着けている。

 まるで『少女』も結社の一員であることを示すかのように。


「なんで、どうして、君が……」


 動揺するおれをなだめるように『少女』はわずかに表情を崩す。


「とりあえずここを出ましょうか。落ち着いたところで、ゆっくりと話しましょう」


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