~世界を変革する力~
おれの空腹に同意するように『少女』は席を立ち、カウンターのほうを見る。
「私達も何か食べましょうか」
「でも、お金なんて持ってないよ」
「何をつまらないこと言ってるの。ここはあなたの夢の世界なんでしょう? お金がないなら強盗でも脅迫でもすればいいじゃない。ここで何をしたところで、現実の正義に裁かれたりはしないんだから」
「いや、その理屈はおかしいんじゃないかな……」
例え夢の中でも犯罪行為はしたくないし、そんな度胸もない。
ところが『少女』はそうではないようで、身の丈ほどもある重火器をどこからか取り出し、肩に担いだ。それは、『親友』を吹き飛ばし、地下施設から脱出するときにもぶっ放した危険なやつだ。
『少女』はそのままカウンターへ向かう。
それに対して周囲はまったくの無反応なのだから、夢の世界といえど不気味だった。
おれは急いで席を立ち、『少女』のほうへ駆け寄った。
「頼むからさ、いくら夢の世界だからって乱暴なことはしないでよ」
「大丈夫よ。これを店員に突きつけて『お代はこいつで頼む』って言うだけだから」
それのどこが大丈夫なんだ。ていうか、そんなヤバい兵器を出せるのなら普通にお金を出せばいいのに。
まあ夢の世界だからって、なんでも思い通りにはならないのかもしれないけど。
カウンターにいる店員のお姉さんは、非現実的な兵器をかついだ『少女』の姿を見ても営業スマイルを崩さなかった。
見たところ女子大生のバイトさんっぽいが、たいした精神力だ。これも夢の世界のなせるわざだろうか。
とりあえずおれ達は期間限定のハンバーガーのセットメニューを注文する。『少女』は重火器の発射口を店員さんに突きつけ「お代はこいつでお願いするわ」と決め台詞っぽく言った。
やっぱりやりやがったとおれは冷や汗をかいたが、店員さんはまったく動じることなくマニュアル通りの対応をした。
「ご注文、承りました。こちらの番号でお呼びしますので、しばらくお待ちください」
店員さんはレシートを差し出す。
『少女』は重火器をおさめレシートを受け取り、どこか満足げな表情を浮かべながらおれに言う。
「成し遂げたわ」
「そう。うん……。よかったね」
おれは相づちを打ちながら、現実でこんなことをしたら即通報ものだろうなと思った。
それからほどなくして、さっきの店員さんが注文番号を読み上げた。
「どうやらできたようね。受け取ってくるわ」
「いや、おれが取りに行くよ。君はここで待ってて」
またおかしなことをされては心臓に悪い。おれは足早にカウンターへ向かう。
「お待たせいたしました。こちら、ご注文の商品でございます」
店員さんが差し出したものを見て、おれは「ん?」と目を丸くする。
それは紙コップ一杯に詰め込まれたピクルスだった。匂いもさることながら、ぎゅうぎゅう詰めになった薄切りのキュウリはなかなか見た目がえげつない。
もちろん、こんなものを頼んだ覚えはないし、そもそもメニューにあるはずがない。
「あの、頼んだものと全然ちがうんですけど」
すると店員さんは営業スマイルを浮かべたまま「少々お待ちください」と言って、カウンターの奥にある調理場へ入っていった。
それと入れ替わるように、彼女がおれのそばへ来る。
「あら、もう注文はできたんじゃなかったの?」
『少女』の言葉にこたえるように、さっきの店員さんがカウンターへ戻ってくる。
「お待たせいたしました。ご注文の商品でございます」
お手本のような接客スマイルを浮かべながら店員さんが持ってきたのは、ハンバーガーの包み紙の上に盛られた塩とコショウだった。
うーん、なんだろう。
お清めにでも使うのかな?
「いや、だから……」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店員さんは再び調理場へ入る。
そのうしろ姿に、おれは嫌な予感しか感じなかった。
「お店側もいろいろと大変なようね」
隣で『少女』が言う。大変という問題ではないような気がするけど。
「お待たせいたしました。ご注文の商品でございます」
そう言って店員さんが差し出したトレーには、紙ナプキンで折られた鶴が二つ乗っていた。
もはや食品ですらない。
さすがにもうキレていいかなと思い、重火器を借りようと『少女』のほうへ振り向く。
そして驚いた。
いつの間に現れたのか、『少女』の両隣には中学生時代のおれと『親友』が立っていたのだ。
二人の中学生は、無表情のまま淡々とした口調で言う。
「代価を支払ったからといって、必ずしもそれに見合うものが得られるとは限らない」
「何をもたらし何を与えるのか。それは世界が決めることであり、自分自身に決定権はないのだから」
何言ってんだ、こいつら。中一のくせに飛び級して中二病でも発症してんのか。
そもそも代価なんて支払ってないし。
ていうか、夢の世界の住人が勝手に話しかけてくるなっての。
「お客様。ご注文の商品をお受け取り下さい。それが当店の秩序でございます」
店員さんはカウンターから出てくると、折り鶴を乗せたトレーをもって近づいてくる。
言い知れぬ恐怖を感じ、おれはとっさに逃げようとした。
しかし、退路を断つように『少女』がおれの前に立ちはだかった。
「それが秩序であるのなら、あなたは従わなければならないわ」
「君まで何言ってんだよ。ややこしくなるから、こっちに帰ってきて!」
「それでも秩序を拒むというのなら、あなたは今ある秩序を打ち破り、新しい秩序を、あなたが求める理想の秩序をつくらなければならない」
どうやらおれの叫びは届かなかったらしく、『少女』は語り続ける。
いつの間にか、おれは周囲を『少女』と店員さん、二人の中学生に囲まれていた。
なんだこの状況は。悪夢にしたってたちが悪いぞ。
「今ある秩序に従うか、新たな秩序をつくるために立ち上がるか、どちらかを選ばなければならないのよ。秩序を拒むのなら、あなたは戦わなければならないわ」
「そんなこと言われてもさ、おれにはそんな大層な力なんてないよ」
「たとえ戦う力がなくても、戦うという意志を持つことはできるはずよ。そして意志は、力を生む源になるの」
そうでしょう、と言って『少女』は微笑む。
その微笑みの下に狂気のようなものが見え隠れした時、目の前の世界は暗転した。
薄れゆく意識の中で、意志は力を生む源になるという言葉が、重く響き続けていた。




