~標の真贋~
「今度はまた、シリアスな状況のようね。特にあなたのお友達のほうが」
『少女』の声が聞え、おれは即座に向かいの席を見る。
そこには濃紺のスーツを身に着けた『少女』が、ごく自然な態度で当然のように座っていた。
……一度ならず二度までもというか。いつの間に現れたんだ。
「シリアスって言っちゃった時点で、シリアス性は消滅するんじゃないかな……」
「そうかしら。それにしてもあなた達って本当に仲が良いのね。テスト終わりの反省会も二人でするなんて」
なぜそれを知っているのかは、まあ聞かなくてもいいか。
そもそも目の前にいるのが『少女』本人なのか、それともおれの妄想、もとい想像が生み出したものなのかもわからないし。
『少女』の正体について考えていた時、女子中学生らしき集団がおれ達の席のそばを通っていった。彼女達はおれが通っていた中学のものとはちがう制服を着ている。
明るく楽しげなおしゃべりの声と共に彼女達が通り過ぎていったあと、『少女』は小さくため息をついた。
「たぶんだけど、私が中学生だった時にそんなことのできる友達は、一人もいなかったと思うわ」
「そう、なんだ……。いやでも、こういう時は一人のほうがいいかもしれないよ。たぶんおれは、あいつをうまく励ましたり、慰めたりはできなかったから。おれとあいつじゃ、背負ってるものがちがうから」
「そういえば、彼の家庭は勉強にかなり厳しいと言っていたわね」
『少女』は腕を組み、『親友』のほうを見て小さくため息をつく。
「だけどそれは、本当に正しいことなのかしら」
「え? 勉強を頑張るのは、中学生としては正しいことだと思うけど」
「たしかにね。目標に向かって努力する姿勢は正しいし、素晴らしいと思うわ。でもその努力には周囲の圧力が関わっているでしょう。そこに自分の純粋な意志はないかもしれない。周囲に目標を決められ、到達するために必要となる課題を押しつけられ、それに従っているだけじゃない。まあ、ほとんどの中学生高校生なんてそんなものかもしれないけど。平日は学校に通い、放課後は部活をして、夜遅くまで塾に通う。休日も部活の練習や塾で潰れてしまう。そこに努力が存在していても、その人の自主的で、自発的な意志はないんじゃないかしら」
「言われてみれば、そうかもしれないな」
「結局のところ、私達は生きているのではなくて生かされているのよ。家族や学校、社会、国家……。今ある世界を維持するための秩序に。そう。私達は生かされている……」
自分自身に語りかけるように『少女』は言う。
『少女』は腹の底にたまったいやなものを吐き出すようにゆっくりと息を吐き、頬杖をついて二人の中学生を眺めた。
「極端な話、私達はもう中学校を卒業したから一人で生きていくこともできるのよ。でも、よほどのことが起こらない限り、私達は周囲の意志に従って、それらが用意した環境の中で、それらが求める道を進まなければならない。その過程で彼らは私達の自主的な意志を封じ込め、次々と選択肢を取り除き、彼らが望む道しか進めないように意識をつくっていく。学校での教育はその最たるものだと思うの。用意された課題をうまくこなした者は認められ、逆らう者は排除される。でも、学校を出たら誰であれ自力で生きていかなければならない。なのに、生きていく力を身につけられなかった者に対して、彼らは決まって言うのよ。私達は十分に役割を果たした。なので責任は全て本人にあるってね……。まったく、吐き気がするわ」
そう話す『少女』の声には、触れるのをためらってしまうような熱が感じられた。
忘れてしまった記憶の中に、そうさせてしまう何かがあるのかもしれない。
しかし、ここは本当におれが見ている夢の世界なのだろうか。
目の前にいる『少女』と接すれば接するほどに、妙に現実感が高まっていくような気がしてならない。
「あなたはどう思う? 自分の意志を抑圧されたまま、私達は生かされるべきかしら」
「どうだろう。好き嫌いに関係なく、そうせざるをえないんじゃないかな。いろんな圧力や秩序から解放されて自由になっても、今度は自分が自分のすべてに責任を持たなくちゃいけなくなるし、おれにはできそうにないよ。それに、何が正しくて間違っているのかも自分で判断しなくちゃいけなくなる。考えてみれば自由ってのは、けっこうおそろしいものなのかもしれないな。困ったことになっても、誰のせいにもできないし」
「でも、私達はいずれ必ず自由の世界へ放り出されることになるわ」
そうだね、とうなずく。
いつまでも親や学校の世話になるわけにはいかないのだ。
「生きていることを実感したいのなら、そういう場所に行かなければならないんでしょうね」
「そういう場所でも生きられるほど、強くならなくちゃいけないんだろうな……」
「月並みな言葉だけど、人は一人では生きられないのよ。でも、私はそれでいいと思うわ。一人でも生きられるのなら誰とも結びつく必要がないわけで、でもそんなのは寂しすぎる。弱いから、一人では生きていけないから、私達は共に生きていける人を求めあうのよ。そしてそこに、人と人を結びつける絆が生まれるんじゃないかしら」
『少女』は姿勢を正し、おれの目をまっすぐに見つめる。
「一人でも生きていける強さより、一人では生きられない弱さのほうが、私は美しいと思う」
その言葉を聞き、その瞳を目にした時、おれの鼓動は大きく音をたてた。
それを打ち消すかのごとく、おれの腹が鳴る。
うん、絶妙に最悪なタイミングだ。
しかしまさか、夢の世界ですら腹が減るとは。




