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主題なき春のラプソディ  作者: 青山 樹
第三章 『未知の力』
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~数値化された自分~

 気がついた時、おれはどこか見覚えのあるハンバーガーショップにいた。

 壁際にある二人用の小ぢんまりとした席に座っている。

 テーブルの上には何もなく、向かいの席には誰も座っていない。

 窓のほうに目をやると、これまた見覚えのある街並みが見えた。

 夕方頃らしく、夕陽の落ち着いた光が街を優しく照らしている。


 店内には夕暮れ時にふさわしい賑わいが広がっていた。

 学ランやブレザーといった制服姿の中学生や高校生の姿がよく目立つ。

 カウンターのほうからは注文を読み上げる店員さんの声やハンバーガーの肉を焼く音、揚げ物を調理する油の音や、忙し気にポテトを詰め込むガサゴソとした音が聞こえてきた。


 客席からは楽しげな談笑の声やイスを引きずる音、人々が行き交う足音が聞こえてくる。

 ジャンクフード特有の食欲をかきたてる匂いが、どこからともなく漂ってきた。


 ここは最初からこういう場所だったのだろうか。

 それとも、窓の外に広がる街並みを眺めた時から、世界は少しずつその姿を現し始めたのだろうか。


 今となっては判断できない。


 それでも、ここが現実の世界ではなく夢の世界だということはわかった。

 近くにある窓際の席に、向かい合って座っているおれと『親友』の姿を見つけたからだ。


 二人はまだ真新しい中学校の制服を着ていて、足元にはキズ一つない通学鞄を置いていた。


 なるほど。

 あの時のことか……。


 それとなく二人の様子をうかがう。彼らのテーブルにはストローの刺さった紙コップが二つと、紙ナプキンの上に盛られたフライドポテトがあった。そのそばには折りたたまれたポテトの容器が見える。

 この頃は小遣いを節約するため、よく二人で一つのフライドポテトを分け合っていたんだ。

 まあ、今でもそうなんだけど。


 中学生のおれと『親友』は、フライドポテトにも紙コップにも手をつけず、二人とも細長い紙を両手でつまんでいた。その紙が何なのかはすぐにわかった。定期考査の成績表だ。


 中学一年の、五月の下旬。

 一学期中間考査の成績表を受け取ったおれ達は、中学校から少し離れた場所にあるこのハンバーガーショップに来て反省会をやったのだ。

 中間考査が終わった日も、たしかこの店で打ち上げをしていた。

 おれと『親友』と、その他諸々の友人達と共に、初めて経験した定期考査という怪物との戦いを乗り切った喜びと感動をわかちあったんだ。

 その後まもなく訪れるテスト返却と成績表の存在など、その時は完全に頭になかった。

 本当の戦いはまさにそこから始まり、おれ達は真の絶望と恐怖を味わったのだ。


 そして、成績表が配られたこの日。

 おれと『親友』は二人だけの反省会を開いたのだ。


 もっとも、この時のおれはそこまで事態を深刻に考えてはいなかった。

 というか、考えられなかった。成績表にのっている各科目の得点や平均点、最高得点や最低得点、偏差値とかいう意味不明な数値、そして順位。たしかこの時の順位は下から数えたほうが早かったような気がする。

 とにかく、自分の実力を示す数字、あるいは数値が、ぺらぺらの紙に無機質に並んでいるだけで、こんなものに対しどんな感想を抱けばいいのかわからなかった。


 どれだけそれを眺めても、それが自分を示すものだという実感が持てなかったんだ。

 まあ、小学生の時から勉強は苦手だったし、中学校での勉強は拒絶反応を起こすほど好きになれなかった。なので、この成績は妥当なものだと思っていた。むしろ予想より少し良かったといってもいいくらいだった。


 ただこの時は、成績表というものがやけに不気味なもののように感じられた。

 そんなわけで、おれはあまり深刻に悩んではいなかったはずだ。

 ここから見えるおれの表情も、どこかのんびりしているように見える。次はもう少し真ん中に近づければいいかな、とでも考えているのだろう。


 しかし、向かい側に座っている『親友』の顔は、誰が見ても明らかなほどに暗く沈んでいた。

 たしかこの時の彼の成績はおれよりも良かったはずだ。

 それでも、彼が目標とするところや彼の両親が求める水準には届かなかったのだろう。


 『親友』はこの時から、志望校に進学できないのではと不安を感じていたのかもしれない。

 あいつは根が真面目すぎるというか、とことんまで思い詰めてしまうところがある。なので、どんなにがんばっても無駄なのではというマイナス思考や、望まざる未来の姿が頭に浮かんでいたのかもしれない。


 そんな『親友』に、おれはどんな言葉をかけたんだろうか。

 たぶん、ありきたりで中身のない励ましの言葉をかけたんだと思う。

 未来のことを真剣に考えている『親友』の苦しみを、漠然とした気持ちで何となく生きているだけのおれが、どうにかできるわけがないのだ。


 まったく、人生ってのは、難しいな。

 やりたいことや目標があっても自分の力がそれに届かなければ、ただ苦しくて、悲しいだけだ。

 だからといって、そういうものがなければ、人生はただ空しいだけでしかない。


 そうか。

 そういえば、この時だったな。

 なんとなくではあるけれど、生きることの難しさを感じるようになったのは。


 もしもこの時、おれもあいつと同じように目標をもって生きていたら、あいつの心を少しでも変えられることができたんだろうか。

 あいつの頭に浮かんでいるかもしれない暗い未来の姿を、変えることができたのだろうか。

 もうすでに、今となってしまった未来を、変えることができたのだろうか。


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