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主題なき春のラプソディ  作者: 青山 樹
第二章 『世界を救わんとする者たち』
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第十四話 『飛んで飛んでトンでもうた』

 委員長の立体映像に導かれ、通路を歩く。

 やはり窓は一つもなく、ドアもめったに見られなかった。

 さすがに気になったので、なぜ窓がないのか委員長に尋ねる。


「単純な理由だよ。この施設が地下にあるからさ。こんな具合にね」


 委員長の映像が消え、この施設の見取り図らしい映像が表示される。

 巨大な球形の建物が地中に埋まっている、というかんじのつくりになっていた。建物の高さと幅は三百メートルと表示されている。建物の上部から地上に向けては通路らしきものが何本か伸びていた。


「地中にこんなものつくって大丈夫なんですか? ただでさえ地震の多い国なのに」


「耐震性については地上よりも地下のほうが安全なのだよ。それに地下なら出入り口も極端に限られるし、何より衛星などでは位置を特定できない。ちなみに、地上はこんなかんじだ」


 建物の見取り図はのどかな風景の牧場に変化した。


「カモフラージュのため、地上は牧場となっている。中央にある畜舎がこの施設への入り口になっているのさ」


 映像はリアルタイムで中継されているらしく、朝日に照らされたさわやかな牧場と、そこで穏やかに暮らす牛たちの姿が見えた。


「どうだね。地下にこんな施設があるとは想像できないだろう」


「たしかに……。ところで、窓と同じく気になるんだけど、人の姿も全然見えないのはどうして?」


 部屋を出てから十分くらいは歩いているのに、まだ人の姿を一度も見ていない。

 ここで見た動くものといえば、時折現れる掃除用の小型ロボットくらいだった。


「それはそうだろう。この施設にいる生身の人間は、君と彼女の二人だけだからな」


「え? ここってたしか、新兵器の開発施設なんですよね。研究員とかいるでしょうに」


「言ったと思うが、この施設の主な役割は試作品の実験だ。開発は各地にある専門の研究施設で行われている。そこでつくられた試作品のデータはここに送られ、それにもとづき開発装置が試作品を作成する。なので人間のスタッフは必要最小限でかまわないのだ。たいていのことはロボットや人工知能が処理してくれる。施設の維持も、ロボットに任せておけばいい」


 この巨大な地下施設の中に二人だけしか人間がいないと知り、おれはかすかに寒気を感じた。

 たしかにすごい施設だし、技術がここまで進歩していたことには驚いたけど、正直言ってあまりいい気分にはなれない。


「ところで、ここではどのような兵器が開発されているのか、知りたくはないかね?」


「あー、いや、なんかヤバそうなんで遠慮」


「そうかそうか。そこまで聞きたいのなら教えてやろう」


 やはり委員長は映像通りに頭がおかしいらしい

 そんなわけで試験場に着くまでの間、おれは委員会が開発している兵器についての話を延々と聞かされるはめになった。

 非公開とか極秘事項とかいう言葉を委員長は連発していたので、たぶん重要な情報なのだろう。ここのセキュリティはたしかにすごいのかもしれないけど、それを使う人間がこの有様では無意味なのではないだろうか。


 人類の半分くらいを滅ぼせるらしい巨大衛星兵器とかいう怪しさ最大級の話が始まったところで、おれ達はようやく試験場に到着した。

 そこは屋内ドームといったかんじのつくりになっている場所だった。中央には野球のグラウンドくらいの広さがありそうなスペースが設けられていて、その周囲はガラスの壁で囲まれていた。ガラスの向こう側には、データ収集のために使うと思われる機器類が所狭しと並んでいる。

 中央スペースには、昨日と同じパワードスーツ、もとい機動装甲を装備した『少女』の姿が見えた。

 データ採取のためだろうか。『少女』は、異なるタイプの機動装甲を装備した人型ロボットと実戦さながらの戦いを繰り広げていた。


「彼女と戦っているロボットが装備しているものが、最新鋭の機動装甲だ。その出力は従来のものの三倍以上で、これは科学の勝利とでもいうべき技術革新によって実現された……」


 委員長が得意げに説明を始めた、その瞬間。

 ロボットが装備していた機動装甲が不吉な音を立て、次の瞬間に大爆発を起こした。

 煙が巻き起こり、地鳴りのような音と振動が試験場を揺さぶり、おれのすぐ目の前にロボットの頭部らしきものが一直線に飛んできてガラスに激突し粉々に砕け散る。

 もし、ガラスの壁がなかったら、おれの命はなかっただろう。


「ふむ。どうやら出力を高く設定しすぎていたようだな。まったく、なんでも出力を上げればいいというものではないだろうに、実に安直な設計思考だけしからん」


「出力の高さを得意げに語ろうとしていたのはあんたでしょうが……、って、彼女は?」


「彼女なら大丈夫だ。どういうわけか、彼女の戦いのセンスは天才的だからな。この程度の爆発はなんともないだろう。ほら、見たまえ。ぴんぴんしているではないか」


 委員長の言う通り、煙が晴れた先に見えた『少女』の姿はまったくの無傷だった。

 おれ達に気づいたのか、彼女はこちらへ振り向き、大丈夫というふうに親指を立てる。


 と、その時。


 さっきの爆発をはるかにしのぐ地鳴りと衝撃が建物全体に襲いかかった。

 それも連続的に。

 まるで攻撃を受けているかのようだ。


 ほどなくして、不安感を駆り立てるような警報音が鳴り響く。


「なんだなんだ? 一体今度は、なんだってんだ!」


 混乱するおれのそばで、委員長は愕然とした声を出した。


「バカな……。まさか、もう、彼らが動いたのか?」


「え? 彼ら? 彼らって誰?」


「いや、だとしてもなぜここが。セキュリティは万全だったはずだ!」


「だからそういう縁起でもないこと言うからだろ!」


 おれは助けを求めるように『少女』のほうを見る。

 『少女』は、昨日『親友』を吹っ飛ばすのに使った大型の銃火器を天井に向けていた。

 まさか、と思いとっさに身をかがめて目を閉じる。


 次の瞬間、ひときわ大きな爆音が轟いた。

 その後、近くでガラスが割れる音が聞こえる。


 おれは目を開けて立ち上がり、こちらに近づいてくる『少女』を見た。


「あと少しでこの施設は彼らに占領されてしまうわ。早く脱出しましょう」


「だから彼らって誰だよ! なんでこう、次から次へと意味不明な騒動が」


 おれの叫びを遮るように、アナウンスの音声が流れる。


「施設ノ自爆システムガ起動シマシタ。一分以内ニ施設ノ外ヘ退避シテクダサイ……」


「は? なんて? 今、自爆って言った?」


「どうやら委員長がこの施設の自爆システムを起動させたようね」


「な……、あ、あ、あのクソ野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 なんかもう、叫ばずにはいられなかった。

 『少女』はおれの腕をつかみ、中央のスペースに入って上を指さす。

 そこには地上へ向かって一直線に貫通している大きな穴が見えた。さっきの砲撃は、地上への脱出ルートを確保するためだったのか。


「時間がないわ。急ぎましょう」


 『少女』はおれを強く抱きしめると、そのまま地上目指して一気に飛んだ。

 同時に施設のいたる所から爆発音が聞こえてくる。

 猛烈な熱と光があらゆるところから襲いかかってきた。足元からは火山の噴火のごとく爆炎がこちらめがけて迫って来る。


 熱と、光と、爆風がおれの感覚を全て吹き飛ばし、もう、何もかもが理解不能のまっ白になった。


 あ、これ……。

 やばいわ。



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