第十二話 『変態で何があかんねん』
目を覚ました時、おれはリビングにあるソファの上で寝そべっていた。
頭はまだぼんやりとしていたが、自分が置かれている状況は理解できる。
ここは、委員会という世界を裏で操っているらしい巨大組織の支部にある部屋だ。
おれはナントカのアレとやらを導き出す救世の子であるらしく、委員会に保護されている。
今に至るまでの一連の出来事も、ちゃんと思い出せた。
そしてやはり、それ以前のことはほとんど何も思い出せなかった。
目覚めたら元の日常の世界に戻っていればいいのに、という願いは叶わなかったわけだ。
世の中、それほど都合よく動くわけではないのだろうさ。
リビングにある時計は午前六時過ぎを示している。窓もテレビもないので今が本当に朝なのかはわからないが、とりあず信じることにした。
まだ『少女』は寝室で眠っているらしく、リビングにもキッチンにも人の気配はない。
おれはリビングを出て寝室へ向かい、ドアをノックする。しかし返事はなかった。
もう一度ノックしてみるか。
いや、眠っているとしたら起こすのは悪い。
昨日は彼女もいろいろあったし、疲れているのだろう。
いや、でも……。
どうしたものかと考えていた時、聞き覚えのある合成音声が聞こえてきた。
「いやはや、若さというのはじつに恐るべきものだな。朝早くから異性の寝込みを襲おうと企てるとは。まったく、少しは自重してはどうかね」
それは委員長の声だった。どうやらこの部屋は監視されているらしい。
おれは監視カメラを探す素振りを見せながら言う。
「そっちこそ、ずいぶんなご趣味をお持ちのようで」
「はっはっは。勘違いをしてもらっては困るな。これは君を保護するための措置だ。盗撮や盗聴などと一緒にしないでもらおうか」
「やってることは同じでしょうに」
しかし保護されている身である以上、文句は言えないか。
「ところで、いつまでドアの前につっ立っているつもりなんだ。早くドアを開けて中へ入りたまえ。そして彼女が一晩過ごした部屋の空気を、思う存分堪能するがいい」
「……おれもたいがいなところはあるかもしれないけど、委員長も相当アレですよね」
「ふむ。ならばその領域において、我々は同志ということになるだろうな」
「丁重にお断りします」
もう一度ドアをノックする。やはり返事はない。
もしかしたら体調を崩して寝込んでいるのかも。だとすれば大変だ。
というふうに自己弁護しつつ、おれはゆっくりとドアを開けた。
そして、見た。
ベッドのそばに立って着替えをしている『少女』の姿を。
見えたのはうしろ姿だったが、彼女であることは間違いない。
黒のストッキングに包まれた両脚はゆるやかな脚線美を描き、おしりにはストッキングの生地越しに下着のラインがうっすらと浮かんでいる。腰まわりは儚げなほどにほっそりとしていて、背中は色白でなめらかな肌を美しく主張していた。彼女はその背中に両手を回し、下着のホックを引っかけようとしている。
その奇跡的な瞬間におれは立ち会ったのだ。
あまりのことに言葉を失っていると、彼女は手を止めて、無言のままゆっくりとこちらに振り向き始める。
おそらくおれは、ここで死ぬのだろう。
ああ、我が友よ。
どうか故郷の家族に伝えてくれ。
いつまでも、愛していると。
一切の迷いを捨て、悔いを断ち切り、幸福の中でおれは運命を受け入れる覚悟を決めた。
『少女』の横顔が見え、その目がおれに向けられようとした時、目の前の世界は姿を変えた。
「ばかめ、立体映像だ」
合成音声が聞えると同時に、『少女』の姿は背広を着た顔のない委員長に変化した。
「…………は?」
「はっはっは。驚いたかね。立体映像だよ。監視カメラと同じく、この施設のいたる所には映像出力装置が設置されていてね、私は好きな場所に好きな映像を自由に映し出せるのだ。たとえばほら、こんなふうにな」
ダンスのステップを踏むように、委員長の映像は軽やかに身をひるがえす。
すると委員長の姿は消え、別の映像が表示された。
おれだった。
なんとも間の抜けたアホ面をさらしてつっ立っている。
まるで鏡のように、今のおれの姿を映しているのだろう。
まばたきをすると映像のおれも同じタイミングでまばたきをした。
しかもよく見ると、鏡のように左右対称になっていない。
かなり驚異的な映像技術なのだろうが、今のおれにはそれに感心できるほどの心の余裕はなかった。
「ちなみにこれが、下着姿の彼女を目撃した瞬間の君の顔だ」
おれの映像は消え、ベッドの上に拡大されたおれの顔が映し出される。
その顔は、正視に堪えない、おぞましいものだった。
「はっはっは。どうだね。なかなかの傑作だろう」
委員長が言う。
おれは獣のごとき咆哮を上げながらベッドの上に映し出されている映像に向かって突っ込んだ。
無駄なことだとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
ほんと、もう、勘弁してくれ……。




