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主題なき春のラプソディ  作者: 青山 樹
第二章 『世界を救わんとする者たち』
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~存在と観測の因果~

 この世界に存在して当然というように、『少女』はおれの隣に立っていた。『少女』は委員長と話をしていた時と同じく品格のあるスーツを身に着け、無理に作っているような大人びた表情をしている。


「あら、私がここにいてはいけない理由でもあるのかしら」


「いや、ないけどさ……。でも、たぶんここ、おれの夢の世界だと思うんだけど」


「なるほど。ということは、過去の思い出が再現されているということかしら。あそこで遊んでいる子ども達は、あなたとあなたのお友達なんでしょう?」


「そうだけど。で、どうやって夢の中に入ってきたのさ」


「誤解しないで。気がついたらここにいただけなの。私の意思に関係なくね。それに、ここがあなたの夢の世界だというのなら、ここにいる私はあの子ども達のように、あなたの意識か無意識が創り出した存在ということになるんじゃないかしら」


「うーん……。だとしても、やたら現実感があるというか、存在感があるというか」


「あるいはここは、本当は私の夢の世界で、あなたのほうが幻の類なのかもしれないわ」


 そう言われて、おれは本物の寒気を感じた。


「けれど夢であれなんであれ、子どもがこんな時間になっても外で遊んでいるのは感心しないわね。ちょっと注意してくるわ」


 『少女』は砂場で遊んでいるおれと『親友』のもとへ歩いていった。


「あなた達、もう暗いから、早くおうちに帰りなさい」


 声をかけられ、幼いおれと『親友』は遊びの手を止めて『少女』のほうに顔を向ける。

 その目には、どことなく疑わしげなものが感じられた。


「どうしたの? 私の顔になにか――」


「へんなのー!」


 子ども特有の高くて柔らかい声が公園に響く。


「おとこなのにスカートはいてるー。へんなのー。ヘンタイ、ヘンタイだー!」


 あはははは、と楽し気に声を上げながら二人の子どもは去っていった。


 …………まあ、たしかに、『少女』の容姿は中性的で髪も短めだから少年に見えないことはないだろう。

 性の意識について未発達な子どもの視点からすると少々、そう、少々性別の判断は難しい外見をしていると言えなくもない。

 そもそもあの年で女性かどうかを判断する基準になるのは顔立ちではなく胸のふくらみ具合が第一の規準になるはずなので、『少女』の顔立ちが男っぽいというわけでは断じてない。

 むしろ美少年としても十分通用するくらい魅力的というか可愛らしいから気にすることは全然ないだろう。うん。


 というような言葉をかけようかと思ったが、おれにはできなかった。

 『少女』の背中は、どのような言葉をかけても無駄だということを物語っていたからだ。

 それはもう、尋常ではないほどの殺意が、その小さな背中からはほとばしっていた。


「さっきの子どもは、あなたなの?」


「ちがいます」


 おれは即答した。

 ゆるせ、我が友よ。

 例え夢の中でも、命は惜しいんだ。


「そう……。今度彼にあったら、塵一つ残らないよう消し飛ばしてやるわ」


「待って待って、落ち着いて! 現実のあいつは何もしてないじゃないか。ここはおれの夢の世界なんだから」


「まあ、それもそうね。ここはあなたの……、ん? あなたの、夢、なのよね?」


 ヤバい、とおれの本能が警鐘を鳴らす。

 だがすでに遅かった。


「夢は潜在的な無意識から発生するともいうし、つまりあれは、私に対するあなたの本音、本心ということかしら……」


 ゆらりと体をよろめかせながら『少女』はこちらに振り向く。

 その目を見た瞬間、おれはすべてが終わったことを悟った。

 『少女』はおれを見据えたまま、一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。


「ま、待って! 落ち着いて話し合おう! きっとこれは、その、あれだ。ナントカのアレのせいだ! じゃなくて、ええと、おれは君のことをすごく可愛い女の子だと思ってる。結婚を前提にお付き合いしたいくらいだ。いや、お付き合いをすっ飛ばして今すぐ結婚したいくらいだ。本当だって。おれは君のすべてを愛せる。その小ぶりな胸だって、つつましくてかわいいじゃないか! あっ……」


 しまった、と思った瞬間、彼女の右手が勢いよく振り上げられた。

 空気が張り裂けるような乾いた音が響く。

 その直前に、おれは顔を真っ赤にして目に涙をにじませている『少女』の顔を見た。

 ような気がした。


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