第十話 『世界に挑まなあかんのや』
おれが人知れず罪悪感に苛まれていると、『少女』は口元を手で隠し小さくあくびをした。
「今日はもう寝ましょうか。ナントカのアレがどんなものであれ、そのうち出てくるでしょうし。私達がなすべきことは、その時まで生きることなのだから」
「そうだね。今日はなんだかんだといろいろあったけど、おかげでよく眠れそうだ」
「寝室は浴室の向かいにあるわ。私はお風呂に入ってくるから、先に休んでて」
『少女』は浴室へ向かった。おれはキッチンで歯を磨き、リビングを出て寝室に入る。
これまた一人で使うには広すぎる寝室だった。用意されているベッドは四人家族がゆったりと眠りにつけるくらいに大きい。こんなに大きいとかえって寝付けないのではと思いつつも寝床に入る。布団もクッションもふかふかで、ほのかに太陽のにおいがした。
しかし、本当にお金はかからないのだろうか。あとで請求書がきたらどうしよう。
この期に及んでそんな心配をする自分を情けなく思いながら、おれは目を閉じた。
暗闇の中で、かすかな音が聞こえてくる。
水の流れる音、シャワーの音だ。
寝室の向かいにある浴室で、『少女』が体を洗っているのだろう。
シャワーのお湯が『少女』のみずみずしい肌にあたり、はじけ、身体の線をなぞるように滴りながら流れ落ちていく。
そんな光景が、頭の中にありありと浮かび上がった。
思えば同年代の女の子と一つ屋根の下で夜を過ごすなんて、おれの人生史上初めてのことではないだろうか。
やがてシャワーの音が消え、かわって湯船に身をしずませていく音が聞えてくる。
おれはこのまま眠っていていいのか?
人として、いや男として、やらなければならないことがあるんじゃないのか?
世界を救う力はなくても、今ある世界を変える力はあるんじゃないのか?
湯船のお湯が揺らめく音に耳を澄ませながら、おれは暗闇の中で自問自答を重ねる。
まあ、結局は何もしないし、何もできないんだけどさ。
そもそも浴室の音がここまで聞こえてくるわけがない。おれの妄想だろう。
あるいはすでに夢の世界へ入り込もうとしているのかもしれない。
夢と現実の境界線上に立っているから、妙に現実的な感覚があるのかもしれないし。
どうせなら、もう少しあれこれと妄想をふくらませてみるか。
というわけで、湯船につかって心身の疲れを癒す彼女の姿を思い描く。
体の芯まで温まった頃、『少女』は湯船から上がり脱衣所に入って濡れた体をバスタオルでぬぐう。
色白でなめらかな彼女の肌には玉のような水滴がいくつもついていた。『少女』は可愛らしいデザインの白い下着をはき、明るい水色の寝間着を身に着け、淡い栗色のショートヘアをドライヤーで丁寧に乾かす。髪が風に吹かれ、耳やおでこが無防備なまでにあらわになる。
うん、これはじつにいい。
それから『少女』は歯を磨き口をすすぎ、脱衣所の明かりを消しておれが眠っている寝室に入ってくる。
そして、おれの隣にもぐりこみ、横になって少し体を丸め寝息をたてる。
おれは戯れに『少女』の身体に触れ、『少女』は反射的におれのほほに平手打ちをくらわし……。
「って、痛い!」
おれは飛び起きるように布団をはねのけ、部屋の明かりをつけた。
すぐそばには、頭の中で思い描いていた通りの姿で体を丸め横になっている『少女』の姿があった。ほほに感じるわずかな痛みが、これが現実であることを示している。
しかしおれの頭はすっかり混乱していて、どこまでが妄想でどこからが現実なのか判断できなくなっていた。




