第九話 『おもろければええってもんでもないやろ』
口の中に残るコーヒーの苦味が、だんだんとなじんできた。
それを待っていたかのように『少女』は言う。
「今日、彼に久しぶりに会ってみて、どうだった?」
おれはカップをテーブルに置き、ため息をついた。
「こんなことになるのなら、永遠に会わないほうがよかったって思ったよ。あのSFっぽいパワードスーツといい、救世の子とかいう正体不明なポジションといい……。なんかもう、叫びたい。おれ達のまともな青春を返せって、運命だか神様だかに叫びたい。そんなかんじ」
いやマジで。
今日一日だけでおれとあいつの十年間が全部消し飛んだような気分だ。
「そう思うのも無理ないわね」
「ほんと、なんでこんなことになったんだ……。そもそも、救世の子ってなんなんだ。何が基準でそんなもんに選ばれるんだろう」
「私にもわからないわ。ナントカのアレを導き出すということが世界を救うことにつながるから、そう呼ばれているだけかもしれないし。私自身には世界を救う力なんてないもの。あなたはどうなの? 世界を救える力とか持ってる?」
「持ってないよ。持ってるなんて言ったら、おれはただのアホじゃないか」
「まっとうな意見ね。結局のところ、私達は当事者であるにもかかわらず、自分達が置かれた立場について理解できていない。それでも、わかったこともある」
彼女はカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「救世の子である私やあなたは、その事実を受け入れるように記憶や精神を変質させられているかもしれないということよ。おそらく、ナントカのアレを導き出すために。創世の書を記した何者かが……、言ってしまえば、神様のごとき存在によって」
「なにそれ怖い」
「確証のない推測だけど、私はそう思うわ。まあ、当分は運命に身をまかせるしかないでしょうね」
「そんな軽い感じでいいのかなぁ。ところで君は、今の状況をどう受け止めてるの?」
「そうね、とんでもなくふざけているとは思うけど、これはこれでなかなか楽しいとは思ってるわ。世界的な組織の一員になったり、超科学的な兵器を使って戦ったりするなんて、そうそうできることじゃないもの。楽しまないと損じゃない」
なんとたくましい精神力だ。
とてもじゃないが、おれはその境地にたどり着けそうにない。
「でも、家族のことをまったく思い出せなくなったのはショックだった。自分のことについてはそんなふうに感じなかったのに」
「そっか……。ねえ、君にはいないの? 誰か、思い出せる人が」
「ええ。もうずいぶん長く会ったことのない人達だけど、思い出せる。私にとって、とても大切な友達だったから。でも、不思議なものね。血縁のある家族は一人も思い出せないのに。血とはちがう絆で結ばれているから、思い出せるのかしら」
「そうかもしれないね。でも、いつまでこういう状態が続くんだろう。ナントカのアレを導き出せば、おれ達の記憶も元に戻るのかな」
「そうだといいのだけど。ところで、あなたはナントカのアレってどんなものだと思う?」
「漠然としすぎていて全然わからないな……。でも、どうしてだろう。ナントカのアレについて考えるとさ、なんかこう、気分が悪くなるというか、なぜか腹が立ってくるんだ」
「何か不愉快な記憶と結びついているのかもしれないわね」
「なんだかものすごくそんな気がする。君はどんなものだと思う?」
「あなたと同じで、わからないわ。委員長は世界の秩序を維持するために必要なものだって言っていたけど、それだけではさっぱりね。それでも考えられるとすれば、思想的なものになるんじゃないかしら。世界共通の法原理とか、宗教的な教義とか」
「たしかにそういうものなら、世界の秩序を維持するために必要かもしれないね」
そういう考え方もあるんだ、とおれは素直に感心した。
しかし『少女』は、つまらなさそうに小さく首を振った。
「だけどそんなものじゃ面白くないわ。私としてはもっと派手なものを希望したいの。人類を一掃できるほどの威力を持った超科学兵器とか、それに準じる古代文明の遺産とか、そういう類のもののほうがずっといいじゃない。夢とロマンがあるもの。あなたもそう思わない?」
「そうだね。うん、そういうもののほうが、わくわくするよ」
そんなおっかないもんが現れませんように、と願いながらおれは言う。
『少女』はおれの内心に気づくことなく「そうでしょ。そうよね」と声をはずませた。
やはり『少女』も同年代の女の子というわけか、その顔には無邪気そうな笑みが浮かんでいる。
うそをついたおれには、その笑顔を純粋に愛でることはできなかった。




