第四話 『男の性やで』
ほどよい明るさに照らされた通路を並んで歩く。委員会の支部ということで場所を特定されないようにするためだろうか、通路には窓が一つもなかった。
通路の先に現れたエレベーターに乗ったが、そこにはボタンも階数表示もなかった。全自動になっているらしく、エレベーターはそのままゆっくりと上へあがる。
エレベーターが止まり、ドアが開く。その先には、さっきと同じような通路が続いていた。
『少女』は迷うことなく前へ進み、おれはそのあとに続く。
「ずいぶん遠いんだね」
「古今東西を問わず権力者という生き物は大きな建物をつくりたがるものなのでしょう。でも安心して。もうそこまで来ているから」
『少女』の言う通り、通路の奥に一枚のドアが見えた。そのそばには認証機械らしき装置がある。『少女』はポケットからカードらしきものを取り出して装置に通し、手のひらを装置の上に乗せ、続けて身をかがめ装置をのぞき込んだ。指紋や虹彩を照合しているらしい。生体認証というやつだろうか。
チェックは無事に済んだらしく、ドアのカギが外れる音が聞えた。
「すごく厳重なセキュリティなんだね」
「たんに手間をかけているだけよ。この施設に侵入できるような連中なら、この程度のセキュリティくらい難なく突破できるはずだから。はっきり言って無駄なことよ」
「じゃあどうしてわざわざこんなものを?」
「権力者というのは形を取り繕っておきたい生き物なのよ」
『少女』はドアを開け、部屋の中へ入った。おれも続いて中に入る。
そこは高級マンションの一室とでもいうような、やたらと広々とした部屋だった。
リビングはちょっとしたパーティーができそうなくらいに広く、そばにあるシステムキッチンは本格的なつくりで、置いてある家具はどれも真新しく高級そうだった。生活感はないが、清潔感は漂っている。
ただ、しかしというかやはりというか、窓は一つもなかった。テレビやパソコンも見当たらない。
まるで外界から隔絶されているかのようだった。
部屋にある時計は午後九時少し過ぎを示しているけど、今が本当に夜の九時なのかは確かめようがなかった。
「委員会の保護下にいる間は、ここがあなたの住居になるわ」
『少女』はスーツを脱ぎ、シャツの上にエプロンをかける。
「お風呂の準備はできているから先に入ってて。その間に夕食の用意をしておくから」
「わかった。ありがとう……」
平静さを装いつつも、おれの心はかなり乱れていた。
もしおれに料理を作れる力があったなら、おれ達の行動は逆になっていたかもしれない。
ということは、おれは食事の後に『少女』が入った風呂に入るという可能性もあったわけだ。
いわゆる間接風呂というやつだ。
そのチャンスを、おれは逃してしまった。
知らなかったな。
無力であるということが、こんなにも悲しいことだなんて。
そんなことを考えていると『少女』はこちらに近づいてきて、おれの顔面に平手打ちをくらわせた。
「い、痛い! え、なんで……?」
「あら。理由がわからない?」
『少女』はおれの目をじっとのぞき込む。
うん。目は口程に物を言う、というやつだろうか。
おれにしろ、彼女にしろ。
「…………すいません」
彼女はやれやれとため息をついた。
「しっかり体を洗って、ゆっくり湯船につかりなさい。少しは頭もすっきりするでしょうから」
わかりましたとうなずき、おれは風呂場へ向かった。




