第三話 『男のロマンやなぁ』
ひとしきり笑ったあと、委員長は「さて」と話を続ける。
「当面の生活については委員会が手配する。彼女には君の護衛と世話役をまかせているので、何かあれば彼女に言ってくれ。ただし、思春期特有の不健全な要求はしないように。もしもの時は君が死なない程度に反撃してもかまわないと命じているからな」
「いくら思春期真っ盛りでも、この状況でそんなこと考える余裕なんかないですよ」
すると『少女』は極めて冷静な口調で言った。
「それはつまり、私に女としての魅力がないということかしら」
おれは『少女』の姿を、というか身体を、あらためて見つめる。
「……してもいいの? その、不健全な要求を」
「いえ、殺すけど」
ははは、やだなー。冗談ですよー。
そんな殺意のこもった目で見ないで下さいよー。
ていうか、死なない程度って話だったじゃないですか。勘弁してください、マジで。
「えっと……。それで、おれはいつまで保護されていればいいんですか?」
「ナントカのアレが手に入るまで、ということになるな。おそらく、それほど時間はかからないだろう。すでに世界は動き始めている。つまり、ナントカのアレの出現も近いはずだ」
なるほど。早く終わるにこしたことはないので、それはありがたい話だった。
「君のご家族には私から話を通しておく。もちろん、その保護も委員会が行おう」
「はあ、それは……、どうも」
その時、おれは妙にひっかかる何かを感じた。それが何なのかを考える。
しばらくの間、沈黙が生まれた。
『少女』も委員長も黙っていた。
まるで、おれが何を考えているのかを、知っているというように。
きっと彼らはまだ何かを隠しているのだろう。
それを問いただそうとした時、おれの腹は空腹を訴える音をたてた。おれにシリアスな空気は許されないのかもしれない。
軽く咳ばらいをした後、委員長は言う。
「今日はもう休んだほうがいい。腹が減れば食事をとり、眠くなれば寝床に就く。これは生きている者にのみ許された特権であり、果たさなければならない義務でもあるのだ。じつをいうと私も眠くなってきてね。普段は八時には寝るのだが、もう十五分も過ぎている。なので私はこれで失礼するよ。ではまた明日」
委員長の立体映像が消える。
八時に寝るとは、老人の生活リズムだな。というか、そんなに時間は経っていなかったのか。
もっとも、今がまだ今日であればの話だけど。
『少女』は端末をスーツのポケットにしまい、こちらに顔を向ける。
「部屋に案内するわ。委員長の言う通り、あなたには休息が必要だろうから」
食事も必要だ、と言わんばかりにおれの腹が再び鳴る。
ほんのわずかだけど、『少女』の表情がやわらいだように見えた。
「安心して。ちゃんと食事も用意するから」
「せっかくだけど、あんまり食欲のほうはないんだ。君が言った通り、そんな気分になれなくてさ」
「だとしても何か食べておいたほうがいいわ。おなかが満たされれば心だって落ち着くもの。大丈夫。それだけおなかが空いてれば、なんだって食べられるわ」
「あのさ、もしよければでいいんだけど、君がつくった料理を食べてみたいんだ」
「べつにかまわないけど……、どうして?」
「女の子の手料理を食べるのは男のロマンだからさ。おなかだけじゃなく、心も満たされる」
『少女』は呆れたようにため息をつく。
「この状況でそんなことを思いつけるのなら、これから先何があっても大丈夫そうね」
『少女』はくるりと背中を向けて出口へ進んだ。
おれはソファから立ち上がり、『少女』を追うように歩き出した。




