第二話 『ナントカのアレや』
親父の言葉は、死刑宣告に等しい圧倒的な絶望感を感じさせた。
「あってたまるかそんな人生! ていうか、息子の人生がそんなのでいいのかよ」
「ええやないか。わしらの一族はな、代々そういうかんじで生きてきたんや。お前のじいさんも、そのまたじいさんもそうやった。せやから当然、お前もそういう運命を歩むんや。それがお前の背負う一族の宿命や」
「もっとましな宿命用意しろよ。それでいいのか、うちの一族は」
「ついでに言うとな、お前で終わりやないで。お前の子どもも、孫も、そのまた孫も、この宿命を背負い続けるんや。宿命はわしらの血肉と一つになっとるからのう、誰一人として逃れられへん。お前の血筋が果てるその時まで、未来永劫にわたり、連綿と受け継がれていくんや」
「おそろしいことを言うな。だいたい、おれの血筋はあんたの血筋でもあるんだぞ。いいのかよそんな未来で」
「せやなあ……。そういう遠い未来に思いをはせて目を閉じると、ほれ、ご先祖様達の笑顔が浮かんでくるわ。草葉の陰から一族の行く末を影ながら見守って下さっとるんやなぁ」
「今すぐ成仏させろ、その悪霊どもを」
「まあ冗談はさておき」
そう言うと親父はおれの目をしっかりと見た。
今まで冗談ばかり言ってたのがうそみたいに、その目つきは真剣だった。
「そもそもお前はどうなりたいんや。お前が目標とするものは何なんや」
あらためて尋ねられると、答えるのが難しい問いだった。
「さっきも言うたけどな、お前の気持ちはまあまあわかる。特に高校生ってのはややこしい時期や。中学生ならええ高校に行きたいっていう目標がすぐそばにある。大学生とかやったら将来像がだいたいはっきりしとるから具体的な目標を持ちやすい。せやけど高校生は、進学にしろ就職にしろ選択肢が多い。それに、高校時代ってのは自分が進みたいと思える道を進むための力をしっかり伸ばせる時期や。つまり、今の時期に何もせんかったら人生をえらく損してまう。せやから焦ってしまうんやな」
裏の人格が出たのではないかと思えるほどに親父の態度は激変していた。
これが、これこそが、およそ半世紀以上を生きてきた人間の姿なのだろう。
「でもな、そこで焦ったらあかんねん。まずは自分がどうなりたいんかを考えなあかん。ほんでそのためには、自分自身のことをしっかり知らなあかんな。人生の主体は他ならぬ自分自身やから、それがあやふややったら話にならんで」
「自分を知る、か」
「そのためには、まず世界のことを知らなあかん。つまり世の中のことや。それを知らな、自分に何ができるんかわからんし、何がしたいんかもわからんからの」
「なんか、一気にスケールが広がったな。でも、世界とか世の中とか言われても、なんかこう……、漠然としてて、よくわからないんだけど」
「たしかに今の世の中は昔と比べてごちゃごちゃとしとるし、ややこしなっとるからな。せめてなんか、人生の指針みたいなんがあればええねんけどな」
「人生の指針って、たとえば?」
「一族の宿命やな」
「あんな呪いみたいな宿命、おれは絶対に背負わないからな」
「そんなふうに宿命に抗うんも指針のひとつや。漫画やアニメの主人公でもあるやろ。自分の宿命やら運命やらに抗ったりするやつが。その点で主人公はええなあ。みんな人生の指針っちゅうか、成すべきことを持っとるもんな。誰それのためになんやかんやと戦ったり、世界の危機を救うためにナントカのアレを探し求めたり奪いあったり、そういう具体的な人生の指針がお前の人生にもあったらええんやけどな」
「途中から具体性が行方不明だぞ」
「わしがお前くらいの時にも、そういうのがあったような気がすんねん。ええとなんや……、ほれ、あれや。人生の指針的なナントカのアレが。たしかまだ物置のどっかにある思うけどな。ちょっと見てくるわ」
親父はソファから立ち上がり、庭にある物置へ向かった。
あのおっさんもいよいよおしまいだなと妙な哀しみを感じつつ、おれは自分の部屋に戻る。
しかしすることは何もない。何もせずに一人でいると心のもやもやはふくらむ一方だ。
庭のほうから物置をあさる音が聞こえはじめると、心のもやもやは不安へと変わっていった。
とりあえず今は家を離れたほうがよさそうだと思い、おれは外出の支度をする。
部屋を出て庭へ行き、物置をせっせとあさっている親父に声をかけた。
「ちょっとセンター街に行ってくる」
「ん、おお。せや、そこ行くんやったらな、ついでにおつかい頼みたいんやけど」
「そんなもん自分で行けよ。ヒマなんだから」
「失礼なこと言うな。ナントカのアレを探すんに忙しいねん」
ここまで理不尽なご立腹を、おれは過去に経験したことがない。
と、言えないのがつらかった。
「はいはい、わかったよ。で、何買ってくればいいんだ?」
「えっとなぁ…………、ん、あれ? あかん、忘れてしもた。ついさっきまでは覚えとったんやけどなぁ、はっはっは」
なんかもう、然るべき治療が必要なんじゃないだろうか。
「まあええわ、そのうち思い出すやろ。そしたらメールするさかい、よろしゅう頼むわ」
ずっと忘れたままでいてくれとおれは思った。そんなおれに、親父は言う。
「その背中に願いを託せるほど、お前も成長したんやなぁ」
「こんな流れでそんな感慨にふけらないでくれ」
はっはっは、と親父は愉快そうに笑いながら、再び物置をあさりはじめた。
こんなふうに生きることができれば、人生ってのも悪くないんだろうなぁ。
そんなことを思いつつ、おれは家を出た。