第十五話 『読み飛ばしてもええ』
そう。
おれが信じようが信じまいが、世界のあり方はかわらない。
どんなにバカげたことも、理不尽なことも。
そんなおれの心境を察したのか、委員長は「ふむ……」と小さく言う。
「まあよろしい。君も突然のことでうまく状況が理解できないのだろう。だが、それでかまわない。世界のすべてを理解するなど、人間には不可能なのだから。しかしだ、なぜ君がここに、つまり私の前に連れてこられたのかは理解してもらいたい。それはある意味において君の権利であり、また義務でもあるのだから。そもそも人間とは自分の目に見えるもの、耳に届く音、鼻に感じる匂い、舌で味わうもの、肌に触れるものしか世界にある存在として感知することができないのだ。そして、その主体となるのは他ならぬ自分自身であり、つまりはその自分自身を正しく理解し、認識しなければ世界を正しく感知することはできず、すなわち自分という存在を理解するということは世界の」
「あの、そういうのいいんで、早いとこ本題に入ってくれませんか?」
決して相手を挑発する意図はないのだが、おれはごく自然に大きなあくびをした。
「まだ原稿用紙三十枚分のスピーチがあるのだが?」
「スキップしてください」
「ふむ。なるほど。つまり君は、人の努力をあくびをしながら踏みにじることのできる、非情な人間ということなのかな」
うわっ、めんどくせぇな、この首なし委員長。
「わかりましたよ。じゃあ、できるだけ手短にお願いします」
「うむ、よろしい。なあに、ほんの一瞬ですべては終わる。聞いているうちに私の魅力あふれるスピーチに心奪われ、時は感動と共に過ぎ去っていくだろうからなぁ、はっはっは」
首から上が映ってなくてよかった。
きっと委員長は、殴り倒したくなるような得意満面な笑みを浮かべているだろうから。
それからおよそ十五分くらいにわたって委員長のスピーチは続いた。
似たような話が何度も繰り返され、話の進行方向は風見鶏のごとく回転し、意味不明なボケをかまして一人で笑ったりするなど、自己満足以外の何物でもない中身すっからかんのスピーチだった。
おれは何度もあくびをし、目をこする。
一方で隣にいる『少女』は一切表情を崩さなかった。
たいしたもんだ。何か特殊な訓練でも受けたのだろうか。
「……というわけだ。この世界に対して委員会がどれほど巨大な権力を持っているか、委員会はいかにしてこの世界に秩序をうちたて、維持しているのか、理解できただろう」
「あ、はい。よくわかりました。ええ、もう、十分すぎるくらいに」
ようするに委員会とは、先史時代から一部の人々によって受け継がれてきた組織であり、有史以降は歴史のさまざまな場面で暗躍しながら世界を操り、導いている組織らしい。
それだけのことなら十秒でまとめられる。それをここまでだらだらと引き伸ばせるとは。その無駄な力に、おれは畏敬の念すら抱いてしまった。
「そうだろう、そうだろう。君はどうかね。久しぶりに私の話を聞いた感想は」
「申し訳ありません。今までに食べた夕食を、昨日から順にいつの分まで思い出せるのか挑戦していたので、まったく聞いてませんでした」
惚れ惚れするほどに毅然とした態度で『少女』は言った。
「委員長、無駄話もほどほどにして、早く本題に入ってください」
そしてとどめの一撃だ。この二人の力関係はどうなってるんだ。
委員長は軽く咳払いすると、何事もなかったかのように話し始めた。
「さて、君をここに連れてきたのはほかでもない。それは君が、ナントカのアレを知る者だからだ」
「結局それかよ……。まあ予想はしてたけどさ。ていうか、誤解ですって。おれはナントカのアレなんて知らないんです」
「そんなことは我々も承知している。だからこそ、君を連れてこさせたのだよ」
「ますますわけがわからない。どういうことなんですか?」
「そうだな……。とりあえず、ナントカのアレについて説明しよう。もっとも、我々も詳しいことは知らないのだがね」
その時、おれは顔のない委員長から刺すような鋭い視線を感じた。
「ナントカのアレとは、この世界の秩序を維持するために必要となるものだ。世界の要と言ってもいい。そして君は、ナントカのアレを導き出すと予言された存在なのだよ」
なんだそりゃ。
そんな冗談みたいな話があってたまるか。
そう思うだろ、と同意を求めるように『少女』を見る。
『少女』もおれを見ていた。
『少女』の目は、委員長の言葉が真実であることを、静かに物語っていた。
冗談みたいな話で、笑うしかないと思っていたんだけど、そんな考えは彼女の目を見た瞬間に、あっさりと消え去った。




