第十三話 『食えんもんは食えん』
じんわりとした痛みを頭に感じながら目を覚ます。
いかにも高級品といった感じのソファに倒れていた。
体を起こそうとしたけど、目の前に広がる光景に圧倒され、動けなくなった。
まるで水中にいるかのように、頭上をたくさんの魚たちが泳いでいたのだ。
状況が理解できず、しばらくの間おれは寝そべったまま、優雅に泳ぐ魚の姿をぼんやりと眺めていた。
もちろんその間おれはちゃんと肺呼吸しているし、水に濡れてもいない。
おれはゆっくりと体を起こし、周囲の様子を見る。
そこはガラスでつくられた大きなドームとでもいうような場所だった。
広さや高さは学校の体育館くらいだろうか。まるで海の中につくられているみたいに、ガラスの向こう側ではたくさんの魚が淡い光に照らされた水中を泳いでいる。水族館でよくあるドーム型水槽といったかんじだ。
魚といえば食料品という価値観しかないけど、この光景はなかなか感動的なものだった。
あまりうまそうには見えないので、食用でないことはたしかだろう。
食い物のことを考えたからか、おれの腹は空腹を訴えるように音をたてた。
今が何時かわからないけど、最後にものを食べてからかなり時間がたっているのは間違いない。
どんな状況でも腹は減る。
仕方ないけど、それが生きてるってことなのだ。
他にすることもないので、部屋の中を一回りしてみる。しかし特にこれといって変わったものは見つからなかった。さっきまでおれが寝そべっていたソファと小さなテーブルが部屋の真ん中にあるだけで、それ以外に家具らしいものは見当たらない。
ソファの後ろ側には一枚のドアがあったけど、外側から鍵がかけられているらしく開かなかった。
ソファに座り、状況が変化するのを待つ。
たぶん部屋のどこかに監視カメラがあるはずだ。
おれをここに連れてきた何者かは、おれが目を覚ましたことを知って次の行動に移っているだろう。
なら、相手の出方を待つしかない。
そう考えながらガラスの向こう側に広がる世界で泳ぐ名も知れぬ魚たちを眺めていた時、ドアが開く音が聞こえた。
続いて、こちらへ近づいてくる足音も聞こえてくる。
やっと来たかと思いつつ、おれは何気ない表情をつくりながらゆっくりと振り返った。
現れたのは『少女』だった。
突如として空から現れておれを助け、『親友』を容赦なく吹っ飛ばし、おれを抱えて空を飛んだ彼女だ。今はパワードスーツを装備しておらず、明るい水色のネクタイに濃紺のスーツとタイトスカート、白いシャツに黒色のストッキングというフォーマルな服装をしていた。淡い栗色のふわりとしたショートヘアや、無理をしてつくっている感じのする大人びた表情は変わらない。
「気分はどう?」
淡々とした口調で『少女』が言う。
しかし、どことなく気遣っているような雰囲気も感じられた。
「悪くないよ。体もどこも痛くない。ただ、ものすごく腹が減ってるんだ。何か食べるものをもらえるとうれしいんだけど」
「食事なら後で用意してあげるわ」
その言い方から察するに『少女』が食事をつくってくれるということだろうか。
そこはかとない期待におれは胸を膨らませた。
「もっとも、その時までに食欲があればいいのだけど」
『少女』はテーブルのそばで立ち止まると、スーツのポケットからスマホのような端末を取り出してテーブルの上に置いた。
「君がおれをここに連れてきたの?」
「ええ。それが私の任務だったから」
「なるほど。それで、ここはいったいどこなんだ? 水族館みたいに見えるけど」
「ここは委員会の支部。詳しい場所は機密事項だから言えないわ。部屋全体に見えるのはただの映像で、実際の海の様子を映しているの」
「そういうことだったのか。でも、なんで海の映像を?」
「深い意味はないわ。たんに私の趣味というだけ。海を見るのが好きなのよ。そこで暮らす生き物も好き。あなたはどう?」
「うーん……。正直に言うと、よくわからないな。海にしろ魚にしろ、そういう目で見たことがほとんどないから」
『少女』が好きだと言った海の生き物たちを食料品としてしか見てなかった、なんて残酷なことを正直に言えるほどおれは愚かではない。
「そう」
『少女』の声には、どことなく寂しげな響きがこもっていた。




