第十二話 『これあかんやつや』
『少女』が『親友』をやったことは、目の前にある状況証拠だけで十分断定できた。
「何してんだよ! なにも、殺すことないじゃないか。あいつは、おれの親友なんだ」
「落ち着きなさい。大丈夫よ。彼はまだ生きているわ。見なさい」
『少女』は倒れている『親友』を指す。よく見ると、かろうじて生きていることを示すように『親友』の手足はわずかながら動いていた。
「人はそう簡単に死なないものよ」
いやいや。どう考えても普通の人間なら死んでただろ。
実際、『親友』のすぐ近くにあったロボットの残骸は、きれいさっぱり消滅していた。
でもまあ、生きているようで安心した。
とにかく助けなければと思い、おれは『親友』のもとへ走ろうとする。
しかし『少女』は、おれを引き止めるように腕をつかんだ。
「はなしてくれ。あいつを助けたいんだ」
「だめよ。落ち着いて聞きなさい。今の彼はあなたの知ってる彼ではないの。過去においては親友だったかもしれないけど、今はちがう。彼は本気であなたを殺そうとしていたわ。今を生きていくためには、過去と今を切り離さなければならない時もあるの」
「そうかもしれないけど、だからって見捨てることはできないだろ」
「つらいだろうけど、こらえなさい。今は、自分が生き延びることを考えて。生きていればいつかチャンスに巡りあえる。こわれた過去をなおすことも、失われた過去をとり戻すこともできるはずよ」
だから、と『少女』はおれの腕を離す。
そして、おれの手をそっと握った。
「私と一緒に来て。私を、信じて」
おれは振り返り、『少女』の目を見る。
その瞳にしろ、口調にしろ、今までと変わらない冷静で淡々としたものだった。
だけどその中には切実な思いというか、おれに対して強く訴えかけてくるまっすぐなものがあるように感じられた。
それにこたえたいと思い、おれは『少女』の手を少しだけ強く握ってうなずいた。
「……早くここを離れましょう。ぐずぐずしていると、追手がやって来るわ」
「でも、あいつはこのまま放っておいて本当に大丈夫なのか?」
「心配ないわ。じきに彼の仲間が救援に来るだろうから」
「そっか。なら、さっさとずらかったほうがよさそうだ」
「ええ。背中を向けて。体を固定するから」
『少女』はバックパックからベルトを伸ばし、おれは言われた通りに背を向ける。
『少女』はおれの背中にぴったりと体を密着させ、腰や胴体にベルトをしっかりと巻きつけた。
「あのさ。もしかして、空を飛ぶの?」
「そうだけど、もしかして怖いの?」
「いや、全然。今までに起こったアホみたいな騒動に比べれば、空を飛ぶくらいどうってことないって」
「そう。なら、いいのだけど」
まあ、本音を言えば怖いんだけどさ。
でも彼女と一緒なら大丈夫という安心感があったし、なによりもおれの胸と頭は喜びでいっぱいだったので、恐怖が入り込むすきがなかった。
そう、あたっているのだ。『少女』の胸が。おれの背中に。
どちらかといえば控えめな胸だが、実際に触れてみるとどうだろう。そのふくらみややわらかな感触は、積極的なまでにその存在を主張していた。
それだけではない。首すじにはほのかに暖かい『少女』の吐息を、鼻はそこはかとなく甘い香りを感じていた。たぶん彼女のにおいなのだろう。
おれの人生史上において、姉以外の異性とここまで体を密着させるのは初めてのことだった。
ああ、そうか。
今までの理不尽すぎる苦難はすべて、この瞬間のためにあったんだ。
生きている喜びを、おれは静かな感動と共にかみしめた。
「大丈夫? なんだか妙に鼓動が乱れているようだけど」
「え? ああ、ぜんぜん大丈夫。空を飛ぶんだから、やっぱり緊張してるのかもね」
「そう。どうでもいいことだろうけど、私にとって男の子とここまで密着しあうのは、たぶんこれが初めてのことだと思うの」
その言葉に込められた意味をさぐるべく、おれの頭は高速で回転した。
「でも、特にこれといって感じるものはないのね。不快というわけではないけど、その逆というわけでもない。あなたはどう?」
「……あ、はい。にたようなかんじです。はい」
「そう」
なんだか、ベルトが若干きつくしまったような気がするけど、たぶん気のせいだろう。
「それじゃあ今から飛ぶけど、心の準備はいいかしら」
「もちろん。いつでもいけるよ」
『少女』はおれの体をしっかりと抱き寄せる。
「……まあ、どうせすぐ、何もわからなくなるだろうけど」
それはどういう意味なのか、と聞こうとした時、パワードスーツの推進装置が起動した。
おれと『少女』は一気に天高く飛んだ。ほんの一瞬だけ、体を押し潰すような圧迫感を感じ、その後、かつて体験したことのない奇妙な浮遊感につつまれた。
気がついた時、おれは空に浮いていた。
ふと下を見ると、一面に広がる山林地帯とニュータウンの街並みが衛星写真のように見えた。
それが、おれの目がとらえたこの街の最後の姿だった。
あ、だめだ、意識が。
そう思うと同時に視界は暗転し、体の感覚も消えた。




