第十一話 『どないなっとんねん』
お前頭大丈夫か? と言いたいところだがやめておこう。
頭が大丈夫でない奴にそんなことを言ったらどうなるか。
それが判断できる程度には、おれの頭は大丈夫なのだ。
しかし、おれのすぐそばにも『親友』の同類がいた。
「彼の言う通りよ。あなたの存在は、この世界の運命を左右する可能性を秘めているの」
「君まで何トチ狂ったこと言ってんだよ。おれは正真正銘の、ごく普通の人間だ。生きてても死んでても世界の運命とかには何の影響もないって」
自分で言ってて少し悲しくはなるが、事実なんだから仕方ない。
「あくまでも可能性の話よ。あなたの言う通り、今のあなたは世界にとって無に等しい存在かもしれない。それは私もそうだし、彼もそう。でも、未来においてもそうだとは限らない。とにかく今は彼のもとへ行かないで。なんであれ、死ぬのは嫌でしょう」
そりゃそうだ、とおれはうなずく。
「その女の口車に乗るな! 早くこっちへ来い!」
『親友』が叫ぶ。おれは『親友』と向き合い、うーん、と腕を組んだ。
「そう言われてもなぁ」
「お前はおれが信じられないのか? おれ達は十年来の親友じゃないか!」
「いや、まあたしかにそうだけどさ、おれの知ってるお前はそんなメカニカルな格好してないし。ていうかお前、マジでどうしちまったんだよ。まずはそこらへんの背景をしっかり説明してくれないか。でないとお前のことを信じたくても信じられないって」
「今は……、今はまだ、詳しく話すことはできない。でも、時が来れば必ず話す。だから、おれを信じてくれ」
なんかどっかで聞いたことがあるようなセリフだな。
それでも『親友』の表情は真剣で、うそを言っているようには見えなかった。
長い付き合いなんだから、そのくらいのことはわかる。
さて、どうしたもんだろうね。
普通に考えれば見ず知らずの『少女』よりも『親友』の言葉を信じるべきだろう。
しかし、見てのとおり様子がおかしい。それも現実的にありえないレベルで。
広場でぶん殴られた時のうらみはもうすでにどうでもよくなっていた。あんなもんを気にするような繊細な心では、目の前の現実を受け入れるのは不可能ってもんだ。
といっても『少女』のほうも信頼できるかどうかは微妙だった。
たしかに彼女はデストロイモードのロボットからおれを助けてくれた命の恩人だ。
だけどあいつの言葉が本当なら事情はちがってくる。
『少女』の行動の目的も、真意も、その正体も不明なのだ。無条件に信頼を寄せるのは危険かもしれない。
しかし、しかしだ。
じつを言うとおれの心は、やや『少女』のほうに傾いていた。引きつけられていると言ってもいい。
さっきも感じたことだが、彼女はおれの好みのど真ん中なのだ。
凛とした表情が浮かぶ、幼さと冷淡さがほどよく調和した顔立ちに、静かな輝きを宿す鋭い眼差し。
淡い栗色のショートヘア。装甲の下からのぞくインナースーツに包まれた華奢な肢体。
うん、じつにいい。
やはりおれは彼女に一目惚れしているようだ。
恋に……、いや、愛に生きてみるのも、いいかもしれない。
そんなおれの考えを察したのか、『親友』は言った。
「お前がおれを信じられないというのなら、それでもかまわない……。だが!」
『親友』は大剣を構えて臨戦態勢をとる。
同時に全身の推進装置が稼働し、『親友』を中心に風が巻き起こった。
「お前を委員会の手に渡すわけにはいかない。たとえ手足をぶった切ってでも、お前はおれが連れて行く!」
「はあ? ちょっと待てよ、おい!」
『親友』はかまうことなく雄叫びを上げ、地面を蹴り上げて滑空しながらおれめがけて突っ込んできた。
怒濤の勢いで迫ってくる『親友』の目に狂気の光が見えた時、『少女』は言った。
「目を閉じて、耳をふさぎなさい」
おれは即座に目を閉じ、両手で耳をふさぐ。
次の瞬間、強烈な光が発生し、まぶたの裏の暗闇を吹き飛ばした。
真夏の直射日光のごとき熱と、暴風のごとき衝撃波が全身を襲う。
かと思うと巨大な爆発音が轟き、爆風が吹き荒れ、おれはまたしても吹っ飛ばされ地面に体を打ちつけた。
……その間のことだったな。
『親友』の雄叫びが消え、断末魔の叫びに変わったのは。
まさかと思い、おれは体を起こして目を開ける。
間近で強烈な光を浴びたためか、しばらくの間目の前はチカチカしていた。
やがて視界が正常になってくると、親友がいた方向からもうもうと立ち上る土煙が見えた。
そこには動くものや、その気配も感じられなかった。
もしかしたら、もしかするのかと、緊張しながら煙が晴れるのを待つ。
土煙が晴れるとともに、アスファルトがえぐられてむき出しになった地面と、大の字になって倒れている『親友』の姿が見えてきた。彼が装備していたパワードスーツは跡形もなく消し飛んでいて、全裸同然の状態になっていた。
反射的におれは『少女』のほうに目をやる。
『少女』はバックパックに装着していた大型の銃器を構え、その銃口を『親友』の方に向けていた。




