第九話 『なんやかんやと』
今までに起こったことは何もかもが滅茶苦茶だったが、『少女』の存在はその集大成といえた。
彼女はいったい何者なんだろうか。
おれは改めて『少女』の姿を見る。
その外見や行動は非現実的なものばかりなのに、見れば見るほど彼女の存在は現実的なものとしか思えなくなってきた。
おれの視線に気づいたのか、『少女』もこちらに目を向ける。
目線が重なった時、おれの心臓は大きく鼓動を打ち、体はかすかに震えた。
それは久しぶりに感じた、心のたかぶりだった。
こんな風にじっくりと女の子と見つめ合うのは、たぶん小学校低学年以来のことだろうし、幼さと冷淡さの入り混じった『少女』の端整な顔立ちは、まさにおれの好みだった。
これはつまり、一目惚れというやつだろうか。
顔がはっきりと赤くなっていくのが自覚できた時、『少女』は無言でおれのほほに平手打ちをくらわした。
空気が破裂するような乾いた音が鳴り響く。
ものすごく、痛かった。
「な、なにすんだよ、いきなり」
「いつまでも呆けてないで、しっかりしなさい。ぐずぐずしていると、またあれと同じものに襲われるわ。だから早くここを離れましょう」
「あれって、あのロボットのこと?」
「ええ。そうよ」
「なあ、ちょっと待ってくれよ。どうしておれはそんなのに襲われなくちゃいけないんだ。そもそも誰が、何の目的でおれを狙ってるんだ。なぜおれは殺されなくちゃならないんだ。それに君はいったい何者なんだ。助けてくれたのは素直にありがたいけど、目的はなんだ。もう何がどうなってるのかさっぱりわからん。おれの知らない間に世界はどうなっちまったんだ」
「黙りなさい」
『少女』は落ち着いた口調で言うと、腰の装甲に装着していた銃器を手に取り、銃口をこちらに向けた。
「悪いけど、あなたの疑問に答えている時間はないの。もっと言えば答える必要もないわ。私の仕事はあなたを確保することだから。ナントカのアレを知る、あなたを」
「……またかよ、またそれかよ、結局それかよ! もう、いいかげんにしてくれよ……」
やはり、それがすべての元凶なのか。
だからなんなんだよ、ナントカのアレって。
世界崩壊を誘発する禁断の呪文だってのか?
もう、あきらめるしかないなと思い、おれはため息をつく。
「わかった。君の言う通りにする。確保でも連行でも好きにしてくれ。抵抗も反抗もしない。だからとりあえず、その物騒なものを早くしまってくれないか」
「賢明な選択よ」
『少女』は銃をしまい、おれに向けて手を差し伸べた。
「さあ、行きましょう」
おれはうなずき、『少女』の手を握る。もしかしたら彼女もロボットかアンドロイドかもしれないと思っていたけど、その手は間違いなく人間の手だった。
『少女』の手は思ったよりも小さくて繊細でやわらかくて、暖かさを感じさせた。
なんだかずいぶんと久しぶりに、人のぬくもりを感じたような気がする。
ナントカのアレから始まった異常事態のせいでおれの心は崩壊寸前だったが、『少女』の手のぬくもりはそんな心を暖かく救ってくれた。
そんな救いのひと時をぶち壊すかのごとく、頭上から声が聞えてきた。
「待てええええっ!」
顔を上げ、こちらへ向かって急降下してくる何者かの姿を見る。
『少女』も気づいたらしく、おれの手を強く握り、もう片方の手を腰に回して体を引き寄せ後ろへ跳び退いた。バックパックや脚部の推進装置が稼働し、おれたちは風に吹かれた木の葉のごとく宙を舞う。
その直後、急降下してきた何者かはさっきまでおれたちが立っていたところに着地した。




