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主題なき春のラプソディ  作者: 青山 樹
序章 『タンポポが元気な季節』
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第一話 『人生に意味なんかないんとちゃうか?』

 四月上旬の日曜日。おれは自分の部屋で途方に暮れていた。

 この春、おれは高校生になった。

 入学式やらクラス分けやら物品販売やらの行事も一通り終わり、明日の月曜日からいよいよ本格的に高校生活が始まる。全国にいる高校一年生のほとんどは、今日という日を期待と不安の入り混じった気持ちで過ごしていることだろう。

 おれもそのうちの一人だと言えればいいのだが、残念なことにというか、情けないことにというか、そうではなかった。

 期待や不安を抱こうにも、おれの心はそのどちらにも届かずにいた。

 その理由は、はっきりしている。


 高校時代という人生でそれなりに重要となるであろう時期に、おれは何をすればいいのか全然わからずにいたのだ。


 何かをしなければならないという自覚はあるし、何かをしたいという意志もある。

 ただ、何をすればいいのかわからない。

 同じく、何をしたいのかもわからない。


 この問題を解決するため、おれは昨日の土曜日をすべて使って考えた。

 しかし、これだと思えるような答えは見つからなかった。


 一人で考えていても仕方ないと思ったおれは、一番身近にいる人生の先輩である親父に思い切って相談することにした。

 親父はリビングのソファに寝そべり、日曜午後特有の気だるげなテレビ番組を眺めつつ、腹の底から這い出てくるようなあくびをしていた。

 こんなものにすがらなければならないおれの人生とは何なのか、と早くも心がくじけそうになったが、すべては意義のある高校生活のためだと言い聞かせ、悩みを打ち明ける。


「……というわけなんだ。どうしたらいいと思う?」


 おれが真剣に話をしている間、親父はソファに寝そべったままで、おれの顔さえ見ようとしなかった。

 こみ上げてくる怒りとのしかかってくる虚しさがせめぎあうのを感じながら、もう一度尋ねようと口を開く。

 その時だ。

 親父は腹をぼりぼりとかきながら、面倒臭さをむき出しにした目をおれに向け、言った。


「あんなぁ、お前ももう高校生になったんやから、そんな中二クサいこと言うなや」


「そんな言い方はねぇだろ! 真面目に将来のこと相談してるってのに、あんたそれでもおれの親か。ていうかいつまでも寝転がってんじゃねえよ。ちゃんと座れ、おい!」


「あー、わかったわかった。頭キンキンするから、でかい声出すなや」


 ぶつくさと文句を言いながら親父は体を起こし、とびきりでかいあくびをした。


「自分の息子が将来について悩んでるんだぞ。もっと親身になって話を聞けよ」


「親身、ねぇ……。親の身分だけにってか。あんまウマないな、それ」


 うーん、どうしよう。このおっさん、殴ろうかな。


「まあ、お前の悩みはわからんでもないわ。わしも高校生の時はそうやったからなあ。将来のこと、人生のこと、世界で起こる様々なことで悩み苦しみ、時には希望を抱き、時には絶望にさいなまれ、葛藤にあえぎ、挫折に打ちのめされ、それでも生きていかなあかんのやという意志を手放さず、必死に歩き続けてきたもんや」


 そう語る親父の目は、気味が悪いまでにまっすぐで、清らかになっていた。

 おそらく、自分の人生をいいかんじに美しくねつ造しているのだろう。


「ほんでな、ある時わかったんや。人生ってのは、なるようにしかならん。もうどないにでもなればええやないか。悩むんも考えるんも面倒臭いしアホくさいってな」


「おいこら。結局投げ出してんじゃねぇか」


「そうや、投げ出したんや。持っとるもんも背負っとるもんも全部な。そしたらすごい身軽になってな、自分はどこへでも行ける、どんなことでもできる、何にでもなれる、どんな人生でも切り開いていけるって、そういう気持ちになれたんや」


「……つまり、悩みすぎず自由な気持ちを持たないと、可能性は見えてこないってことか?」


「はぁ? あー…………うん、そう。そういうことや!」


 絶対うそだと確信した。

 それっぽいことを適当に言ってるだけだ。


「だいたいな、将来のことなんかいくら考えたかてどないにもならんわ。しょせんは人の運命やからのう、なるようにしかならんで。わしら人間にできることは、おおいなる運命の流れに身をまかせるしかないわな」


「で。その運命の流れとやらに身をまかせた結果、このザマなのか?」


「そうや!」


「そうや、じゃねえだろ! なんではっきりとうなずけるんだ。なんでそんなに力強い眼差しを向けてくるんだ。さっきまでうち上げられた水死体みたいに寝そべってたくせによ!」


「ははっ、その水死体にマジメくさった顔で人生相談しとった奴がよう言うわ」


 もはや怒鳴る気力もなくなり、おれはため息をついた。

 こんなのに相談したのが、そもそもの間違いだったのだ。

 うなだれているおれにかまわず、親父は言う。


「ええか。こういうことはな、マジメに考えれば考えるほどドツボにはまって身動きできんようになってまうんや。先のことをあれこれ考えとると不安だけが大きなってってな、鬱になったり自殺してしもたりすんねん。程度の問題や。生きていくにはな、マジメになるんと同じくらい、いいかげんになることも大事なんやで」


「たしかに、一理あるかもしれないけど……」


「それにや、人間どないにがんばっても、何を成しても成さんでも、みんな最後には死んでおしまいや。金持ちも貧乏人も、権力者も庶民も、イケメンも童貞も死んでしもたらみな同じ。時の流れは誰にでも、どんな人生にも平等に終わりをもたらしてくれるんや。せやからな、結果がもうわかっとる以上、過程はそれほど重要やない。人生ってのはそう考えなあかん」


 なんかいいことを言ってるようで、それを言ったらおしまいだろってことを言っているような……。


「人間、死ぬときは死ぬ。ただし、その時が来るまでは生きなあかん。それだけのことや。心配せんでもお前の人生はなんとかなるやろ。わしを見てみい。なんとかなっとるやろうが」


「まあ、それはそうだけどさ……」


 いいかげんなことを言っているようだが、おれは親父の言葉に少なからず説得力を感じていた。

 家庭ではこの通りのふざけたおっさんなんだけど、普段は公務員として勤勉に働き、家族をしっかりと養ってくれている。夜遅くに帰宅することも珍しくはないし、休日出勤だってほぼ毎週あるようだ。


 親父は立派に自分の役割を果たし、自分の人生を生きている。


 おれはそのことを、誰に対しても断言できる。


「大丈夫や。お前もわしと同じようにほどほどの人生が送れるやろ。朝起きてメシ食うて屁ぇこいて仕事してメシ食うて家帰って風呂入って屁ぇこいてメシ食うて寝て屁ぇこいてまた朝起きて……。これをな、死ぬまでずっとくり返す。ただそれだけの人生や」



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