三話
「それじゃあ行こう」
「ん、この森の魔物は本当に強い。 気を抜かないで」
「うん。 わかった」
そう返事をしたが、気を抜いてなんかいない。 僕は昨日殺されかけたばかりなんだ。 それに、この森から出るために力をつけた。 気が抜けるはずがない。
敬とフルールは森の中を進んだ。 森の中は、昨日と同じで暗く、まるで夜のようだった。 敬は、恐怖で足がすくみそうになったが、大丈夫と何度も口にし、進んでいく。 何かが移動する音が聞こえると、動くのをやめ、それがどこかに行くのを待った。
それからさらに歩いていくと、フルールが焦ったような声で「敬、避けて!」と言った。
敬はその声を聞くと、地面を強く蹴り字面の上を転がった。
また魔物なの? 逃げなきゃ⋯⋯でも、そうしたらなんのために力をつけたの? あの魔物達に勝つためだ。 それなら逃げちゃダメだ。 逃げてたら力をの使い方を教えてくれたフルールに顔向けできない。
敬はさっき自分が居た場所を見ると、紫色の液体のようなものがあった。 それは毒々しく、見るからに当たってはいけないものだった。
敬は冷や汗を流すと飛ばしてきただろう相手を見る。
その相手は大きな鳥のような魔物で、敬を餌を見るような目で見ていた。
敬は震える体をなんとか動かすと、相手に向けて風の魔法を使った。
その魔法は風の刃のような魔法で、速度は普通の人間なら視認するのも難しいだろう速度だ。
それを鳥のようなトカゲみたいな魔物は敬が魔法を放った瞬間に地面を蹴って避けた。
避けられた!? あんな巨体なのにどうしてよけられるんだ!?
敬が焦っていると、フルールが落ち着いた声で
「敬、大丈夫。 焦らないで。 敬は負けない。 それに、私もいるからあれくらい問題ない」
敬はその声を聞くと、少し落ち着いた。 魔物は契約の方へまた毒のようなものを放ってきた。
それにフルールは手を向けると、それは魔物の方へ飛んで木や地面に飛び散った。
「凄い! これなら⋯⋯」
「敬、油断しないで」
「⋯⋯ごめん」
「大丈夫、今はあれに集中して」
敬はその言葉を聞くと、魔物に目を向けた。 魔物は敬の所へ走って向かってきた。 その速度はとても速く、敬は急いで魔物へ向けて風の刃を飛ばした。
魔物はそれを跳んで回避すると敬のすぐそばまで来ていた。
フルールはそれを焦った様子もなく、手を向けると風で魔物を吹き飛ばし、それに風の刃をいくつか放った。
魔物は羽を動かして避けようとしたが、風の刃に引き裂かれて動かなくなった。
敬はそれを見て安堵のため息を吐くと、興奮気味にフルールの方を向いた。
「凄い! 凄いよフルール! あんな化け物を倒せるなんて。 ⋯⋯それに比べて僕は」
「大丈夫。 敬はまだ魔法を覚えたばかり。 すぐにあんなの倒せるようになる」
「⋯⋯そうかな?」
「そう、だって敬は大量の魔力と才能がある」
そう言ってもらえると本当に出来ると思えてくるし、嬉しくも感じる。 なら、僕は期待を裏切らないように頑張らないと!
「フルールがそう言うなら僕⋯⋯頑張るよ!」
フルールは微笑んで敬を見る。 あたりは真っ暗で、雰囲気も悪いのに、敬とフルールはそんなの気にしている感じはなかった。
それから敬は力強い足で進んでいく。 すると、魔物を見かけた。 その魔物は猿のような魔物で、素早く、複数体いる魔物だった。
敬はそれに向けて風の刃を放つ。 猿はそれを避けて敬に近づく。 敬は焦らず、狙いを定める。
失敗してもフルールがいる。 なら、僕は出来る限りのことをする。
敬は風の刃を放つ。 それを猿型の魔物は避けるが、避けた先にまた同じ攻撃をする。 すると、猿型の魔物は右から左に真っ二つに切れた。
敬はそれを確認するとすぐに別の猿型の魔物に魔法を撃つ。 しかし、敬は魔法を外してすぐ近くまで魔物達は来ていた。
敬は急いで魔力を込めて風の魔法を使った。
すると、焦って魔力を込めすぎたのか、とつもない威力の風が起きた。
それを受けた猿型の魔物は全て吹き飛び、木や地面もえぐれて飛んでいった。
それは、まるで隕石が起きたような跡があった。
敬へそれを見て少し顔を青くすると、フルールを見た。
フルールは驚いた様子だったが、すぐに納得すると、敬を気づかうような様子で見た。
「敬は魔力量が多いし、才能がある。 魔力を一気にこれだけ出せる人間もそう居ないと思うし、仕方がない。 慣れればその心配もなくなるから大丈夫。 ⋯⋯それに、一体目はよくやった。 さすがは私の契約者」
「⋯⋯そんなことないよ」
敬はそう言われて気恥ずかしくなって目を逸らした。
そう言われると恥ずかしい。 それに、失敗もしてしまったし、気をつけなきゃ。
「でも、魔法って凄いね! こんなに便利だと、みんな使っているのかな?」
「⋯⋯そうでもない。 使ってはいるけど、こんなに威力のある魔法を無詠唱では使えない」
「⋯⋯無詠唱では使えない?」
「そう、無詠唱でも魔法は使えるけど、威力をそんなに出せない」
「⋯⋯それは僕がフルールと契約しているからでしょ?」
「そう、それもあるけど敬の才能が凄いから。 だから、敬は誇ってもいい」
なんだか才能が凄いからって言われると、嬉しいけどずるをしているような、なんか微妙な気持ちになってくる。
「⋯⋯うん、わかった。 もっと強くなって魔物なんて簡単に倒せるようになる」
「それでいい。 敬は私の契約者。 だから威張っていればいい」
「⋯⋯それはなんかなぁ」
「私位の精霊とは滅多に契約出来ない。 敬にはその権利がある。 それに、敬には人間とは思えない程の魔力もある。 問題ない」
「⋯⋯? ⋯⋯わからないよ。 僕は他の人の魔力の量なんて知らないし」
「⋯⋯そこがわからない。 敬はどうして知らないの? 魔力も魔物も知らないなんて、記憶がないの? それとも閉じ込められてた?」
「それは⋯⋯」
そう言えばフルールには何も話していない。 というか、わからないから話せることもそんなにないけど⋯⋯
「実は、気がついたら石造りの大きな建物の中にいたんだ。 もう人もいなさそうな場所で、いきなり魔物に襲われてね。 逃げていたら安心できる場所に着いてね。 そこで眠っちゃったんだ。 そしたらフルールもいて。 あ、でも建物の中にいる前は別の所に住んでいたんだよ? 魔物の居ない場所でね」
「魔物の居ない場所? でも、魔物を聞いたことがなかったの?」
「魔物って名前は聞いたことあるけど、僕のいた場所⋯⋯というか世界では魔物がいるなんて聞いたことがなかったな。 魔法もなかったし」
「世界⋯⋯? 魔法もない⋯⋯。 敬はよく分からないことを言う。 でも、もしかしたら転移してきたのかも」
「転移?」
「そう、転移。 または召喚。 召喚陣や転移魔法ならある」
「そうなの!?」
「そう。 でも、それはかなり大変。 同じ世界からの召喚ならかなり使う程度で済むけど、異世界だったりは国で何百人分もの魔力がいる。 それだけ大変」
「そんなに!? でも、僕の目が覚めたときには誰もいなかったよ?」
「⋯⋯それはよく分からない。 なにか陣みたいなのはなかった? もしかしたら魔力が魔法陣に長い年月かけて貯まって発動したのかも。 魔法陣なら魔力を流せば発動する」
「⋯⋯? 魔法陣にどうして魔力が貯まったの?」
「それは、世界には魔素というものがあって、これが魔力になる。 特に、この森は魔素が多い。 きっと魔素を魔力にして貯めていた」
「僕達も魔素を魔力にして使っているの?」
「そう、魔力を魔素に変換して使っている。 回復量なんかは魔素を魔力へ変換する速度。 遅い人なんかは魔人になって暴走する」
「魔人⋯⋯? それは魔族ってやつ?」
「違う。 魔人は魔物とほぼ同じ。 魔物と同じで理性がほぼなくて凶暴。 でも、魔物にも理性と言葉の理解できるのはいる」
「それは魔人も同じ? それに、それは魔物なの?」
「魔人はそうならない。 魔物と違って暴走しているから。 そして、魔物ではなく幻獣か神獣って呼ばれてる」
「はえー。 それは強そうだね。 強いの?」
フルールは敬の質問に少し首を傾げて考える。
「強いのもいれば弱いのもいる。 人間からしたらかなり強い。 でも、敬なら勝てる」
「⋯⋯? 僕も人間だよ?」
「⋯⋯? 敬は人間なの?」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
フルールはどうしてそんなことを言うんだろう。 でも、嘘を言っている感じではない。 本当に人間と思っていなかったんだろうか? でも、それならどうしてだろう?
「なんでフルールは僕が人間じゃないって思ったの?」
「⋯⋯魔力量と私が知っている人間と違う」
「⋯⋯人間と違う?」
「そう、敬は人間と同じ姿をしている。 だけど、人間は呼吸するし食事も取る。 だけど、敬はどれもしていない。 それに魔力が多すぎる」
「⋯⋯」
僕が呼吸をしていない⋯⋯? それに、食事も⋯⋯。 僕はしていない。 でも、それはおかしい。 それじゃあ本当に人間じゃないみたいじゃ⋯⋯
敬は血の気の引いた様子で固まった。 それを見てフルールは訳が分からないといった様子だ。
「敬は自分が人間だと思っていたの?」
「⋯⋯」
「敬は今まで気づかなかったの?」
「⋯⋯」
「そう⋯⋯。 でも、どうして? 敬は人を知らない⋯⋯? でも、それじゃあなんで人間だと思ったの?」
「⋯⋯僕は人から産まれたし、周りの人もみんな人だったし、僕も人で、呼吸も食事もしていた。 僕がそれらをしていないのは転移されてからだ」
「⋯⋯ならもしかしたら異能? 召喚された人間は勇者って呼ばれて力を持っているって聞いた」
「聞いた⋯⋯? それは誰から聞いたの?」
「それは他の精霊。 精霊は人と契約して魔力を貰ったりしてる精霊もいる。 その精霊達が詳しく知っているから」
「そうなんだ⋯⋯。 でも、召喚された人間はみんな呼吸とかしてないの?」
「⋯⋯そんなことはない。 でも、勇者は強い力を持っていることが多い。 高速で動いたり鎖を出したり。 それぞれ持っている力はばらばらだった。 昔、人間や魔族との戦争が頻発していたときはよく召喚されていた。 でも、みんな持っていないか、変な力を持っているかのどっちかで、魔力が少し多いくらいだって聞いた」
「⋯⋯そうなんだ。 なら、もしかしたら僕の能力は便利な能力なのかもね。 寝なくてもいいし、疲れないし」
「⋯⋯そうだね。 でも、それなら都合がいい。 私の契約者が強いならいいこと。 他の精霊達は羨ましがる」
敬はフルールの理由が意外で笑った。 フルールもそんな敬を見て微笑みを浮かべた。
戦争⋯⋯か。 僕は戦争が目的で召喚されなくてよかった。 でも、召喚されてしまった人は可愛そうだな。 僕は人と戦うのは嫌だし、殺されてしまうかもしれないんだ。 僕もそう考えたらかなりハードだけど、フルールがいる。 だから、まだマシな方かもしれない。
「僕、フルールと契約出来て良かったよ。 まずはこの森から出て世界のことが知りたいな」
「敬ならできる。 なんたって私の契約者だから」
「そう言われると本当に出来てしまいそうな気持ちになるよ」
「出来てしまいそうではなく、できる。 敬はもっと自分に自身を持ってもいい」
「⋯⋯うん、わかった。 できるように頑張るよ!」
「それでいい。 それに、私もついている。 心配はない」
「確かにそうだね。 フルールなら簡単に出れそうだしね」
「出れそうではなく出れる」
「あはは、確かにそうだね。 よし、少し走ろうかな」
敬はそう言ってフルールを見ると、フルールは敬に頷いた。 それからフルールは敬の肩に掴まった。
それから敬は走り出した。