二話
「んー、ふぁー」
敬は目が覚めると、学校に行かなきゃと思い、時計を確認しようとした。
しかし、目を開けてみるとここが夢ではなく、昨日の続きだということに気づき、暗い面持ちになった。
今さっきまで学校が面倒で嫌だと思ったのに、今は学校に行きたいと思ってしまう。
「これからどうすればいいんだろう⋯⋯」
敬はそう言ってため息を吐いた。
それから目を瞑り、現実逃避をしていると、何か気配を感じた。
それからまた目を開けると、そこには信じられない生き物がいた。
これは小人⋯⋯? いや、妖精⋯⋯かな。
それは、緑の髪と服をきた女の子の姿をした妖精がいた。
その妖精は、興味深そうに敬のことを見ている。
敬も、そんな妖精を見て固まってしまい、変な空気が漂う。
え? どうしよう。 とりあえず話してみようかな。 でも、話は通じるかな? 大丈夫⋯⋯だよね?
「えっと⋯⋯僕は有山敬。 君は⋯⋯妖精?」
「⋯⋯妖精じゃなくて精霊。 でも、違いはそんなにない」
「精霊と妖精は一緒じゃないの?」
「⋯⋯一緒じゃない。 妖精と姿は似ているけど、私たち精霊の方が強いし、実体がない」
「実体がない? でも、君は⋯⋯」
「⋯⋯姿は自由に変えられる。 と言っても、光の玉か妖精か人になるくらいだけど」
「そうなんだ⋯⋯それでも凄いと思うけど」
「⋯⋯」
精霊は黙って敬を見つめた。
その様子は、敬を警戒しているようだった。
敬も精霊のそんな様子を見て、居心地の悪そうな表情になる。
どうすればいいんだろう? 精霊に聞いたら人の居るところにいけるかな?
「⋯⋯敬はどうしてここにいるの?」
どうして⋯⋯か。 わからない。 何が起こったのか、ここがどこなのか、どうしてここにいるのか。
「⋯⋯わからない。 気づけば建物の中にいて、それから大きな蛇に襲われて逃げてきたんだ」
精霊は敬を見定めるようにじっと見つめる。
「⋯⋯分かった。 敬はこれからどうするの?」
「これから⋯⋯か。 僕はこの森から出て人の居るところに行きたい」
「⋯⋯この森から出るのはとても大変。 この森は広いし、強い魔物が多い」
「魔物⋯⋯? 魔物って何?」
敬がそう聞くと、精霊は驚いた。
「⋯⋯? 魔物は魔物。 人間と同じで昔からいる化け物。 強さはそれぞれの種族によって違う」
「⋯⋯」
「どうして妖精は分かるのに魔物がわからないの?」
「それは⋯⋯魔物っていう言葉は分かるけど、実際に見たのは昨日が初めで⋯⋯」
「⋯⋯そうなんだ」
「それで、森から出られるの?」
「⋯⋯出れると思う。 でも、それは私が手伝えばの話」
「手伝ってはくれないの?」
敬がそう聞くと、精霊はバツが悪そうな顔になった。
「私も手伝ってあげたいけど、この森を人一人守りながらだと、かなり魔力を使う」
「魔力⋯⋯? 魔力って何?」
精霊は訝しげな顔で敬を見た。
「魔力は力の源。 魔力は誰もが持っている」
「それは僕にも⋯⋯?」
「当然。 それに、敬からはかなりの魔力を感じる」
「魔力を使えば僕も何か出来るのかな?」
「⋯⋯使える。 魔法を覚えれば。 無属性魔法なら誰でも使える。 でも、他の属性魔法は適正がないと使えない」
「適正⋯⋯? それはどうやったら分かるの?」
「火属性なら火を出すイメージをする。 水属性とかも同じ。 でも、たまに属性以外の特殊魔法を使う人もいる」
「特殊魔法⋯⋯?」
「そう、特殊魔法を使える者は稀にしかいなくて、重力とか、音を操ったりする」
「そうなんだ⋯⋯適正って何個もあるもの?」
精霊は首を振った。
「ない人もいるし、だいたい一つ」
「そうなんだ⋯⋯他にはないの?」
「ある。 魔道具とか精霊魔法」
魔道具とかは名前から分かる。
でも、精霊魔法は精霊が使う魔法が使うから精霊魔法っていうのかな?
「精霊魔法って僕も使えるの?」
「⋯⋯精霊がいればできる」
「精霊って簡単に見つかるの?」
敬がそう聞くと、精霊は悩んだ。
それから躊躇いがちに「⋯⋯たくさんいる。 でも、意思疎通ができる精霊はそんなにいないし、人には見えない。 見えても光の玉ぐらい」と言った。
てことは、今目の前にいる精霊は珍しいのかな? それなら、精霊魔法の仕方を教えてもらおう。
「精霊魔法の使い方を教えてくれないかな?」
精霊は敬をじっと見つめた。
それから少し悩んだ。
「敬は力を手に入れたらどうするの?」
精霊は真剣な様子で敬にそう聞いた。 敬はその問に首を傾げた。
僕は力があったらどうするのだろうか? ⋯⋯そんなの分かるわけがない。 僕はまだこれが現実なのかもわからない。 ⋯⋯いや、現実なのは分かる。 でも、現実だっていう実感もない。 戦ったこともないのに力が欲しいなんて思わない。 でも、生きるだけの力は欲しい。 だから、今は生きるために力が欲しい。
敬はしっかりと精霊の目を見た。 それから、息を大きく吸って吐く。
「生きたい。 今は生きて、どうして僕がここにいるのか知りたい」
「⋯⋯⋯⋯分かった。 なら私も力を貸す」
「ほんとに!?」
「ん、でも、力と言っても私の力を使えるようにするだけ。 その分魔力を使う。 それに、絶対に生きられる保証はない」
精霊は少し申し訳なさそうな様子でそう言った。
それに対して、敬は笑顔を浮かべる。
「別に構わないよ。 君は見ず知らずの人に力を貸してくれるんだ。 ⋯⋯それに、人ではないけど、話し相手に会えたんだ。 それだけで僕は嬉しいよ」
誰とも会えず、一人でこの森を彷徨うのなんて絶対に耐えられない。 精霊と話せただけでどれだけ安心出来たか⋯⋯。
「そう⋯⋯ならよかった。 ⋯⋯それじゃあ契約する。 今から少し辛いかもしれないけど、拒否しないで受け入れて」
「⋯⋯? うん、分からないけど分かった」
「ん、それでいい。 それじゃあ契約する。 ✕✕✕✕⋯⋯」
それから精霊は聞いたこともない言語を言う。
敬はそれを聞いて驚いたが、すぐに立ち直る。
ここには精霊がいるし、魔物もいる。 だから、何が起きたっておかしくない。 それに、僕のためにやってくれているんだから、信じて待とう。
そう敬が思っていると、何か違和感を感じた。
まるで、力が抜けていっているような感覚。 それに加えて、何かが自分の中で混ざり合うような感じがある。
これがさっき精霊が言っていたことなんだろうな。 なら、受け入れるようにしよう。
敬は、まるで病気にかかったようにしんどくなったが、耐える。
しばらくすると、力が抜けていくような感じがなくなり、精霊の方も終わったのか、安心したような表情をしていた。
「終わったの?」
「ん、終わった。 それと、これからよろしく。 私は風の精霊で名前はフルール」
「よろしくフルール。 それと、今少ししんどいんだけど、どうして?」
「それは魔力を使ったから。 敬の魔力は多いみたいで、大して減っていない。 ⋯⋯魔力を失うのは初めて?」
これが魔力が減ったってことなのか。 それじゃあ僕は初めての経験で大袈裟に騒いでるだけなのかな? そう考えると恥ずかしいな。
敬は恥ずかしそうに頷いた。
「なら仕方ない。 そのうち慣れる。 でも、早く慣れないと森から出られない」
「⋯⋯そう、だよね。 よし、今からでも精霊魔法って使えるのかな?」
「⋯⋯まずは魔力の扱いから慣れないとダメ」
「魔力の扱い⋯⋯? それはどうすればいいの?」
「さっき敬は疲れたって言った。 そのときに何か感じなかった?」
「そういえば⋯⋯何かが抜けていっていたような」
「そう、それが魔力。 今からそれを感じれるようになって。 それからコントロールできるようになれば精霊魔法もできるようになる」
「わかった。 今からやってみるよ」
敬はそう言って目を閉じて集中する。 しばらくそうしていると、魔力を感じとれるようになった。
これが僕の魔力⋯⋯。 まるで底がないように思える。 でも、きっと自分の魔力はこう感じれるんだろう。
敬はそう勝手に納得すると、それを動かそうと頑張る。 かなり集中しているだろう。 その様子は呼吸すらしていないようだった。 それから敬はしばらくすると、魔力をコントロール出来るようになった。 半日はかかっていたが、敬はそれに気づいていない。
まるで、疲れを感じていないような容子だ。
「フルール! 魔力動かせるようになった! 精霊魔法教えて!」
フルールは驚いた様子で敬を見た。 それから、首を傾げながらも、すぐに何もなかったかのように敬を見た。
「ん、次は魔力で風を起こしてみて」
「魔力で風を起こす⋯⋯?」
「ん、そう。 魔力を風に変える」
「うーん、まあやってみる!」
敬は元気にそういった。 それから試行錯誤して、風を起こせるようになった。
それから、威力を上げたり、範囲を狭くしたりして練習した。
その様子をフルールは微笑みながら見ていた。
それは、昼頃まで続いた。
「フルール。 これで森から出られるかな?」
「ん、気をつければ問題ない」
フルールはさらっとそう言った。 だが、これは普通ではなかった。 この森は強い魔物が多く存在している。 その中をただ一日魔法の練習をしたくらいでは出られるわけが無かった。 フルールもそれには気づいていたが、考えてもわからないと決めたら気にしないことにした。 敬自身はそれが普通だと思っているのか気づいていない。 ⋯⋯自分の体が異常なことになっていることもにも気づかずに⋯⋯。
「それじゃあ行こうと思うんだけど⋯⋯フルールはどうするの?」
僕はフルールとはここでお別れになるんではないかと思い、恐る恐るといった様子で聞いた。
「私は敬と契約した。 だから契約がきれるまでは一緒にいる」
フルールは当然の事のようにそう言った。 別に離れていても問題はないが、フルール自身も敬を気に入っていたため、そう言った。
「よかった〜。 なら、これからよろしくね。 フルール」
「ん、よろしく。敬」
敬とフルールはそう言って微笑みあった。