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9月5日 ①

◇◇


 長坂ながさか 洋子ようこ長坂ながさか 智子ともこは仲良し美人姉妹。

 妹の智子さんの方が私より一個下の16歳の高校1年生で、洋子さんの方が逆に一個上の18歳の高校3年生だ。

 同じ都立高校に通い、部活も同じ軟式テニス部。だからいつも一緒に帰ってきて、『ファミリーセブン南池袋店』に立ち寄るのが習慣のようだ。

 年代が近いこともあり、私もすっかり彼女たちと打ち解けていたのだった。


………

……

 

 9月5日、水曜日――

 夏休みが終わって、すぐの夕方。

 お客様もなく、どこか陰気臭い『ファミリーセブン南池袋店』のレジカウンターに私は立っていた。残暑が厳しいせいか、この時間はまったくと言っていいほど、お客様がこない。


 そんな中だ。

 眩しい西陽の奥から、二人の美少女の姿が見えてきたのは……。

 自動扉が鈍い音を立てた直後から、店内はラベンダーのポプリが置かれたかのような爽やかな空気に包まれた。

 長坂姉妹が仲良くやってきたのである。

 

「いらっしゃいませ!」


 明るい声で挨拶した私に、妹の智子さんの方が愛くるしい顔を向けてくる。

 

「おっはよー!」


 ボーイッシュなショートヘアに、よく日に焼けた小麦色の肌。

 輝く笑顔から溢れているパワーが、彼女の活発な性格を表していた。

 

「ちょっと、ともちゃん! 夕方なのに、『おはよう』はないでしょ!」


 と、姉の洋子さんがしっとりとした声でたしなめる。

 肩まで伸ばした黒髪と白い肌、そして芯の通った声を聞けば、おしとやかでありながらも真っ直ぐな性格であるのは明らかだ。


「あはは! 細かいことは気にしないもんねー! うらっち!」

「まあ! 浅間さんはあなたより年上でしょ! なのにその呼び方は失礼でしょうに! ……本当にすみません」

「ふふ、大丈夫ですよ。むしろ親しくしていただいて嬉しいです」


 洋子さんの切れ長の美しい目が申し訳なさそうに私へ向けられている一方で、智子さんのくりっとした大きな目はアイスのコーナーで輝いている。

 

 しっかり屋さんの姉に、マイペースな妹。

 軟式テニス部でも、引退するまでマネージャーだった姉に対して、妹はエースとして活躍しているらしい。

 何もかもが対照的だからこそ、余計に相性がいいのかもしれない。

 

「うわぁ! ファミリーセブン限定のチョコアイスでたんだぁ! うちこれにする!」


 智子さんが小ぶりなカップアイスを持ってきて私のもとまでやってくる。

 少しだけ遅れて洋子さんがフランスの洋菓子メーカーのアイスを手にしてカウンターに置いた。


「一緒に会計をお願いしますね、浅間さん」

「はい!」


 にこやかな洋子さんに言うとおりに、二つのアイスのバーコードを読み取った。

 

「640円になります」


 私が値段を告げた瞬間に、智子さんが目を丸くして叫んだ。

 

「たかっ! ちょっとお姉ちゃんのアイスいくらなの!?」

「え? 値段なんて気にしてなかったけど……。400円くらいかしら?」


 綺麗な長財布から一万円札を取り出して、私に渡す洋子さん。

 そんな彼女に智子さんが口を尖らせた。

 

「ずるいよ、お姉ちゃん! 自分だけ高いアイスにしちゃって!」

「ふふ、細かいことは気にしないんじゃなかったけ?」

「ぶぅ!」


 眉間にしわを寄せて頬を膨らませた智子さんだったが、会計を済ませた洋子さんからチョコアイスとスプーンを手渡されると、ぱぁっと顔を明るくさせた。

 

「わーい! 楽しみだぁ!」


 と小躍りしながら、お店の一番奥にあるイートインスペースへ消えていった。

 

「浅間さん、少しだけお邪魔しますね」

「ええ、どうぞごゆっくり!」

「ありがとうございます。では、あの子は私がついていないと何をしでかすか分からないので、これで失礼します」


 洋子さんはぺこりと頭を下げた後、智子さんの背中を追っていったのだった。

 

「ふふ、本当に仲良しで羨ましい」


 彼女たちの背中を見ていると、いつも心の中が安らぐ。

 私は一人っ子だから、彼女たちのことが単純に羨ましくてならないのだ。

 

「私も弟か妹がほしいなぁ」


 なんてありえない願い事が口をついてしまう。

 だが次の瞬間、自分の軽口を後悔した。

 

「ふふ、じゃあ、パパとママにお願いしてみればぁ? 可愛い一人娘の願いとあれば、パパとママも頑張っちゃうかもよぉ」


 と、背後からアヤメのいやらしい声が聞こえてきたのだ。

 顔が赤くなっていくのが自分でもはっきりと分かる。

 するといつの間にかカウンターの上で足を組んで座ったアヤメは、前のめりになって私の顔を覗き込んできた。

 

「ふふ、相変わらずこの手の話には弱いんだからぁ。いつまでもうぶすぎると、男の子もひいちゃうぞぉ」

「う、うるさいわね! 関係ないでしょ!」


 小声で文句をつける私に対して、アヤメは自分の声が誰にも聞こえないのをいいことに「ホホホ」と大きな声で笑っている。

 まともに彼女を相手にしても、時間の無駄だし余計に疲れるだけだ。

 私はカウンターを出ると、店内の清掃を始めた。

 イートインスペースからは智子さんが一方的にしゃべり洋子さんが相槌を打つ、いつもの声が聞こえてくる。

 どうして彼女たちの声とアヤメの声を聞いた時とでは、こうも心持ちが違うものだろう。

 彼女たちの楽しげな声に私も心を踊らせながら、ハンディモップでせっせと商品のほこりを落としていった。

 そこにアヤメが耳元でささやいてきたのだった。

 

「目を見ること……。忘れちゃダメだよぉ」


 想像以上の低い声に、ゾクリと背筋が凍りつく。

 驚かされたことに文句をつけようと背を振り返ったその時だった。

 

 痩せ型のひょろりとした中年男性と、がっちりした体格の制服姿の男子高生が目に入ってきたのは……。

 

 

 



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