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11月18日 夕方 豊島総合病院 ①

◇◇


 時田美鈴に憑依され、意識を失っている間。

 幼い頃の思い出がよみがえっていた。

 それは、おばあちゃんに連れられて、初めて家泰稲荷神社を訪れた時のことだ。

 当時の私には大きすぎる狐の石像を見て、その威圧感に泣きだしてしまった。

 その時のおばあちゃんとの会話が、まるでラジオを聞いているかのように声だけ響き渡ってきたのである。

 


――これっ、麗! こんこん様見て泣きだす奴があるか!?


――ひくっ。だって、だって怖いんだもん! うわああ!


――安心なさい、麗。こんこん様は、きっといつか麗の味方になってくれるでな。


――ううっ、ひっく。おばあちゃん、ほんとに?


――ああ、そうとも! こんこん様は、清く、美しく、誠実に生きているもんを好きになるでな。


――きよく、うつくしく、せいじつ?


――かかか! そうじゃ! だから麗なら大丈夫じゃ。このばばが保証してやろう! だから、ちゃんと一礼して『よろしくお願いします!』と元気な声で言わなくちゃいかんぞ! ささっ!


――うん、おばあちゃんの言う通りにする! こんこん様! よろしくお願いします!


――かかか! よいよい! よいぞ、麗! かかか!



 なんで今になって、この会話が思い浮かんだのだろう……。

 その謎は解かれることなく、私は白一色の世界から、再び色のある世界へと戻されていったのだった――


………

……


「……ここは……?」



 目を覚ますとそこは白一色の空間だった……。

 正確に言えば、白い壁の他、三方を白いカーテンで覆われた空間で、白いシーツがしかれたベッドの上に寝かされているのだ。私は置かれている状況がとっさに理解できず、眉をひそめた。

 

「あれ? 私、本当は目を覚ましていないのかしら?」


 いや、左手のカーテンは、窓に映る夕陽の色に染まっているのだから、私が目を覚ましたのは間違いないはずだ。

 そして目にしている光景、着せられている服、鼻をつく独特なにおい、これら全てが、私のいる場所が病室であることを示していたのだった。

 

「突然気を失ったなら、病院にも運ばれるわよね……」

 

 ゆっくりと体を起こす。


「いつっ!」


 頭がずきんと痛んだのは、怨霊に憑依された反動だろうか。

 ただ他に痛みはない。その代わり、強い疲労感で体がひどく重く感じられた。

 

「帰ったらおばあちゃんに怒られるだろうな……」


 腰に手をあてて真っ赤な顔で雷を落とすおばあちゃんが頭の中に浮かぶと、思わず苦笑いで口元がゆるんでしまった。

 でも後悔なんて全くしていない。

 なぜなら俊太さんの暴走を止めるためには、あれが最善だったと、今でもそう考えているからだ。

 しかし……。

 

「もう少し寝ててもいいのかなぁ」


 体が休息を求めているというのもあるが、何よりもおばあちゃんが手ぐすね引いて待ち受けている家に帰るのが怖い。

 そして白い掛け布団に手をかけたその時だった。

 

「浅間さん、入っていいかい?」


 と、カーテンの外から爽快な声が聞こえてきたのだ。

 ふと正面を見れば、すらりと伸びた人影が映っているではないか。

 

 店長だ! あわわっ! どうしよう!?

 

 あまりに突然の来訪にパニックに陥った私は、自分の身を隠すように掛け布団にくるまる。

 すると返事のない私を気遣ってくれたのか、店長は優しい口調で続けた。

 

「まだお休み中かな。では、また明日にしよう。おやすみなさい」


 そうさらりと告げて、真正面のカーテンの影は、右の方へ移り始めてしまったのだ。

 胸に、ぎゅっとしめつけられるような痛みを覚える。

 するとその痛みに弾かれるようにして、大きな声が無意識のうちに口をついて出てきたのだった。

 

「ま、待ってください! 行かないでぇぇ!」


 さながら恋愛ドラマのヒロインがお相手のイケメンを呼び止める時のような魂のこもった悲痛な叫び声だ。

 自分でも驚くくらいに大きな声が部屋を震わせると、ぴたりと人影の動きが止まった。

 

 嬉しい! 私の想いが通じたんだわ!

 

 頭の中で最近見たドラマの主題歌のサビがループして響き渡り、思わず頬が緩む。

 でも次の瞬間、陽気な音楽はぷつりと途切れ、仄かに火照った頬は冷たく凍りついてしまった。

 なぜなら頭の中にねっとりとした声が響いてきたからだった……。

 

――いいこと教えてあげる。ここ、大部屋なのよぉ。

 

 と……。

 

………

……


 ようやく分かったことなのだが、ここは「豊島総合病院」と言って、ここら辺では一番大きな病院だそうだ。


 その病院の待合室では、水色した横長の椅子が規則正しく並べられ、大きな窓からは西陽が眩しく室内を照らしている。

 すでに外来の時間を終え、カウンターには受付のスタッフは誰もいない。

 私はそんな寂しいカウンターを真正面に見ながら、うつむき加減で、ぽつんと座っていた。

 

「はあ……。なんで私っていつも『残念』なのかしら……」

 

 とてつもない大声で、店長を引きとめたのはいいものの、同じ部屋にいた5人の患者さんとそのご家族の方たちの視線が、一斉に私の方へ集まっていたのは言うまでもない。

 

――待合室まで付き合ってくれるかな?


 と、何ごともなかったかのように店長が促してくれなかったら、きっと私は泣きだしてたと思う。

 自分の情けなさに、ぐったりとうなだれていると、突然視界が缶コーヒーの青いパッケージで埋め尽くされた。

 

「お待たせ。これどうぞ」


 その声に弾かれるように上を見上げると、そこには穏やかな微笑みをした店長の姿。

 恋愛ドラマのヒロインなら、ぱあっと太陽のように明るい笑顔になるであろう、今のシチュエーションでも、私の顔色は優れなかった。

 そんな私を見て、店長は顔を曇らせてたずねてきた。

 

「大丈夫かい? 無理はしない方がいいよ」


 私はぶんぶんと顔を横に振ると、すぐれない顔色を作らせている『原因』に視線を送ったのだった。

 

「ほほほ。いくらわらわが絶世の美女だからって、そんなに見つめられたら恥ずかしくなっちゃうわぁ」


 口元に白い手を当てて、可笑しそうに笑っているアヤメ……。

 ここは店長と二人っきりにしてくれるのが、純な乙女心に対する気遣いじゃないの!?

 ……なんて口に出せるはずもなく、がくりと首をうなだれるしかなかった。


 そんな私とアヤメの様子を見て、店長はくすりと笑う。

 そして、静かに私の右側に腰を下ろした後、私が時田美鈴に憑依されてからのことを話してくれたのだった。

 



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WEBアマチュア小説大賞
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