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許されざる存在

「えっ……? 坂本さん?」


 目を丸くして、坂本さんの顔を見つめていると、彼女の体が霧の中にいるかのようにぼやけ始めた。

 

「あれ? 目がおかしくなっちゃったかな?」


 思わずゴシゴシと目をこする。

 すると、ついさきほどまで『一人』しかいなかった場所に、『二人』の姿が目に映ったのだった。

 

 一人は言わずもがな、坂本さん。

 

 そしてもう一人……いや、もう一匹とした方がしっくりとくるだろう。

 

 なぜならそれは、純白に輝くふさふさの毛並みに、大きな尻尾、さらに凛々しい獣の横顔をした、猛々しい狐の化け物なのだから。

 しかし、尖った目尻に塗られた鮮やかな色の紅や、肩を出すように着崩した黒い着物姿を見れば、いくら鈍い私だって、その正体は火を見るより明らかであった。

 

 

「アヤメ……」



 ぼそりと呟いた私に、狐の化け物がちらりと視線を向けてきた。

 そして少しかすれた低い声で話しかけてきたのだった。

 

 

「いくらわらわが美しすぎるからって、そんなに見惚れないのぉ。早くお札を拾っておきなさい。そのうち必要になるんだからぁ」


「え? あ、はい」



 やはりこの狐は、アヤメだった。

 いつも通りの言葉づかいだが、その声色には確かな怒りがこめられており、有無を言わせぬ威圧感がある。

 

 その存在感と威圧感を、私はどこかで感じたことがあったような気がする。

 お札を拾いながら頭を巡らせていると、ぽっと浮き上がるように、一つの光景が脳裏に広がった。


 それは家泰稲荷神社かたいいなりじんじゃに、おばあちゃんと一緒にお参りに行った時のことだ。

 その時に見た「こんこん様」……つまり神様の使いの狐の石像。

 まだ幼かった私はひと目見て泣き出してしまった。


 あの石像から感じた威圧感と全く同じではないか……。


 まさか……。

 ならばアヤメは……。


 と、そこまで考えがおよんだところで、アヤメの低い声が頭上からこだました。


「全部拾い終えたようねぇ。お利口さんだわぁ」


「え、あ、うん」


 私が生返事をしたところで、アヤメは再び時田美鈴と向き合った。

 そして先ほどよりもさらに低い声で言ったのだった。

 

 

「怨霊もここまで念が強くなると『許されざる存在』となるの。退治するしかないのよぉ」



 退治するしかない……。

 その言葉の意味を頭が理解する前に、お札を握りしめた右のてのひらから、ぶわっと汗が噴き出した。

 

 一方の時田美鈴は既に立ち上がり、ゆらりゆらりと体を揺らしながらこちらの方へと近づいてきた。

 

 

「コロス。コロス。コロス。コロス……。あの子の願いを叶えるために……」


 

 長い髪がだらりと垂れ、すっぽりと顔を覆っているため、彼女の表情をうかがい知ることはできない。

 しかし目が合っただけで呪い殺されてしまいそうな鋭い眼光だけは、髪の毛の隙間から、私一人を捉えていた。

 そして、私との距離があと二歩まできたところで、両手をあげながら飛び込んできた。

 

「死ねええええ!!!」


 艶やかな黒髪が勢い良く舞い上がり、怒り狂った顔がはっきりと目に入る。

 しかし次の瞬間には、その顔は苦悶に歪んだ。

 

――バシッ!!


 という高い音とともに、時田美鈴の霊の前進がぴたりと止まったのは、長くて細いアヤメの手が、時田美鈴の首をわしづかみにしていたからだった。

 

「がああっ!」


 時田美鈴の口からうめき声とも叫び声ともとれるような、恨めしい声が店内に響き渡る。

 獣の手に首をつかまれ、宙づりにされた彼女は、その手を振りほどこうと、必死に足をばたつかせる。

 しかしアヤメは何事もないように、彼女を持ち上げたまま一歩、二歩と前に歩いていった。


 とても現実とは思えない壮絶な場面を目の前にして、未だに床に膝をついたまま、ぽかんと口を開けて見つめている私。とそこに、坂本さんが手を差しのべてきた。

 

「立てるか?」


「は、はい! 一人で立てます」


「いいから」


 坂本さんは半ば強引に私の左手をとって、私を立たせる。

 私はアヤメと時田美鈴の二人から目を離し、ちらりと坂本さんの横顔を覗いた。

 彼女は、この光景を目の前にしても全く臆することなく、無表情のまま目を細めている。

 

――坂本さんは、アヤメのあの姿に慣れっこなのかしら……?

 

 そう疑問に思ったところで、坂本さんがぼそりと呟いた。

 

 

「後片付けする方の身にもなって、暴れて欲しいものだ」



 と……。

 

 その直後だった。

 

――ガシャアアアアン!!


 と、缶詰や日用品が置かれた棚から強烈な音がしてきたのだ。

 急いで視線をもとに戻すと、一目で強烈な蹴りを繰り出したと分かるアヤメの姿と、戸棚に体をうちつけられてぐったりとうなだれている時田美鈴の姿が目に飛び込んできた。

 

 今度はアヤメの方から、ひたひたと時田美鈴の方へと近づいていった。

 

「もう観念したらどぉ? あなたではわらわには絶対に勝てないのは、分かっているんでしょ?」


 アヤメからの降伏勧告。

 しかし、時田美鈴の瞳はぎらぎらと怨念の炎がたぎったままだ。

 

「アキラメルモノカ……。私しかあの子の願いを叶えられる者はいないのだから……」


 悔しさのあまりに声が震えているのが分かる。

 そして彼女は言葉の通りに、諦めようとせずに、ゆっくりと立ちあがった。

 だがそれも束の間、目に見えぬほどの速さで彼女との距離をつめたアヤメによって、今度はお菓子が並んだ棚に吹き飛ばされていった。

 

――ガシャンッ!!

 

 その後も、まるで秋風に舞う木の葉のように、時田美鈴の体は何度も宙を舞い、店内のあらゆる場所に打ちつけられていく。

 そしてついに、私のすぐ目の前にうつぶせになって倒れ込んできたのだ。

 

「ううっ……」


 伸ばせば手が届く距離に私がいるにも関わらず、襲いかかってこないところからも、彼女はかなり弱っているのは確かなようだ。

 そして、少し離れたところに立っているアヤメがゆったりとした口調で、私に告げてきた。

 

 

「さあ、麗ちゃん。おいしいところは取っておいてあげたわよぉ。麗ちゃんのそのお札で、とどめを刺してあげなさい」



 その言葉に反射するように、お札を握りしめた右手が高々と振り上げられる。

 

 時田美鈴の怨霊は『許されざる存在』――

 

 アヤメの言葉が脳裏に響き渡ると、自然と時田美鈴を見下ろす目に力がこもる。

 一方の時田美鈴の私を見上げるまなざしも強いままだ。

 

 互いの視線が激しくぶつかり合い、とてつもない緊張感で空気が張り詰めていった。

 

 私は高鳴る動悸を抑えながら、腹に力を入れた。

 彼女を退治する覚悟を決めるために……。

 

 その瞬間だった。

 

 彼女の『想い』が激流となって、私の心の中に流れ込んできたのは――

 


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WEBアマチュア小説大賞
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