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11月18日 昼 ファミリーセブン南池袋店 ④


 私の言葉に彼女の目がわずかに開かれる。

 しかしそれも束の間、すぐに元通りの穏やかな笑顔に戻ると、静かな調子で返してきた。

 

「ふふ、何を言い出すかと思えば、冗談が過ぎますわ。浅間さん」


 柔らかな物言いだが、隠された刃がぬっと表れて喉元に突きつけてきたように冷酷な声。

 背筋がぞっと凍りつく。

 

 しかし……。

 ここで一歩も引くわけにはいかない。

 

 もしここで私が負けてしまったら、智子さんはきっと……。

 

 

 死ぬ――

 

 

 油断すれば奈落の底まで引きずり込まれてしまいそうな彼女の眼光を跳ね返すように、ぎりっと瞳に力を込めて言い返した。

 

「で、でしたらご自身で智子さんを呼びに行ったらいいんじゃないですか? どうぞ、さあ!」


 少しだけ声が震えてしまったが、それでもどうにか言い切ることができた。

 彼女は、ぴくりと表情を一瞬だけ強張らせたが、すぐに元の笑みを浮かべ始める。

 

 そして彼女は……。

 

 一歩たりともそこから動かなかった――

 

 私はその様子を見て、ますます確信した。

 

 

 

「できる訳ありませんよね? あなたもうとっくに死んでいるんだもの。時田ときた 美鈴みすずさん!」



 と――

 

 

………

……


 今、私の目の前にいる人物は『長坂洋子』ではない。

 俊太さんの母親で、既にこの世の人じゃない『時田美鈴』だ――

 

 はじめはそんな確信なんて、微塵もなかった。

 でも店長の声が風鈴のように頭の隅々まで鳴り響いた瞬間に、全ては始まったのだ。

 

 

――霊は必ず人を見ているはずだよ。



 お店に入ってきてからすぐに目の前の私ではなく、「智子さんのいるイートインスペース」へ視線を向けていた理由……。

 

 彼女はまさか、死んでいるの……?


 最初のパズルのピースが、困惑の黒一色の脳裏に、小さな灯となって埋まる。

 すると次に頭に響いてきたのは、『本物』の洋子さんの声だった。

 

 

――ちょっと、ともちゃん! 夕方なのに、『おはよう』はないでしょ!


――ええ……。ともちゃんも俊くんと一緒にいるのは嬉しいみたいですから、それは問題ありません。けど……。


 

 『ともちゃん』という呼び方……。

 洋子さんは、必ず智子さんのことを『ともちゃん』と呼んでいた。

 しかし今目の前にいる彼女はどうか。

 

 

――こんにちは。智子を迎えにきました。



 そう……。

 智子さんのことを『智子』と言っていたのだ。

 

 続けて時田和正さんと洋子さんの掛け合いが覆いかぶさってくる。

 

 

――やあ、洋子ちゃんか。ちょっと見ないうちに、ますます見た目も声も美鈴にそっくりになってきたな。


――ふふ、亡くなった美鈴叔母様は綺麗な方でしたから、とても嬉しいわ。ところでおじさんは今日も?



 時田美鈴と長坂洋子は『容姿がそっくり』。

 そして時田美鈴は『すでにこの世の人ではない』。

 

 かちゃかちゃと音を立てて埋まっていくパズルのピース。

 

 そして最後は、つい先ほどの声だった……。

 

 

――智子ちゃんが家に着いた瞬間から、俊太は長坂家の全員を殺そうとしている! そして、全てやり終えた後、自分も死ぬつもりなんだ!! だから、絶対に智子ちゃんを家に帰してはならない!!


――ふふ、そんなの嘘に決まっているでしょう。だって、現に私がこうしてここに立っているのだから……

 

 

 

 なんで彼女は霊である和正さんの声が『聞こえた』のか――

 

 

 こうして出来上がったパズルが示す、一つの真実……。

 

 それは、目の前に立っている彼女の名が……。

 

 

 時田美鈴であるということ――

 


 私が考えを巡らせているうちに、彼女……時田美鈴の『怨霊』の顔が、般若のように険しくなっていく。

 びりびりと二人の間の空気が音を立てて凍りつき、立っているのもやっとなほどにとてつもない威圧感を覚えた。

 

 負けない!

 私は絶対に負けない!!

 

 しばらく無言の睨み合いが続く。

 

 もうすぐ冬の足音が聞こえてきそうな季節なのに、炎天下の空の下にいるかのように全身が燃え上がっていた。

 すると、時田美鈴がふっと口元を緩めた。

 そしてゆったりとした口調で、口を開いたのだった。

 

「あらあら……。浅間さんのこと、買いかぶり過ぎていたようね。言っていい冗談と悪い冗談の区別もつかないなんて」


 まとわりつくような粘り気のある言葉。

 私は振り払うように、鋭い口調で言い返した。


「冗談を言っているのは、あなたの方でしょ! 姪になりすまして人を騙すなんて、恥ずかしくないの!」


「ふふ、いいでしょう。では私が直接、智子のもとへうかがいましょう」


「え……?」


 まるで血に飢えた猛獣に標的にされた兎のように、途端に窮地に追いつめられる。

 つつっと一筋の汗が私のこめかみから頬を伝ったのを見て、彼女はニタリと口角を上げた。

 


「ふふ、本当にいいのね? それで……」



 と……。


 



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