11月18日 昼 ファミリーセブン南池袋店 ③
私は和正さんの霊の方を向いて、強い口調で言った。
「和正さん! 今すぐここを立ち去りなさい! そして全てを家泰稲荷神社で懺悔するのです!」
「な、なんだって!?」
突き放されたのが意外だったのか、和正さんは驚愕に目を丸くしている。
一方の隣に並んできた洋子さんは、ニコリと大きな笑みを浮かべながら言った。
「あら? そこに和正おじさんの霊でもいらっしゃるのかしら? でも今はそんなことにかまけている場合ではないわ」
私はぶんぶんと首を横に振った。
「いいえ、ここに霊をとどまらせておくわけにはいきません。まずは、和正さんがここから出ていくのが先です」
私は制服のポッケに忍ばせておいたお札を半分だけ取り出し、チラリと見せる。
きっと霊であれば、このお札を見せる意味が通じるはず。
それはつまり、「ここから出ていかないと、退治するぞ」という脅しでもあった。
予想通りに、和正さんにも、そんな私の強い覚悟が伝わったのだろう。
ゴクリと唾を飲み込むと、入り口に向かって一歩下がった。
私は彼を追いかけるように、彼の方へ一歩踏み込む。
そして、鋼鉄のような固い口調で告げたのだった。
「その神社にいるお稲荷様と、こんこん様に全てを告げなさい! いいわね!」
見習いとは言え、私だって口寄せの巫女。
――たとえ相手の霊にどんな想いがあろうとも、巫女たる者、毅然とした態度で臨むこと。
何十回、いえ何千回と叩き込まれたおばあちゃんとママからの教えを胸に刻みながら、ぐっと眼光を強める。
それでも膝がかすかに震えてきたのは、こうして一人で霊と対峙したのが初めてだからだ。
それを気づかれないように、ぐいっと顔を突き出して威圧をかけた。
――もうこれ以上は何も言わない! 早くここから出ていって!
瞳に強いメッセージを込めると、和正さんの表情が苦悶に歪みはじめた。
もう少しだ。
もう少しで想いが伝わるはずだ。
彼の意地と私の意地がぶつかり合い、張り詰めた静寂が場を支配した。
――目に念をこめること! 目は口ほどに物を言うとはよう言うたもんじゃ!
おばあちゃんの小言が頭に響きわたる。
そうよ、麗!
目を通じて念を送るの!
絶対に負けるもんか!
さらに瞳に力を込めて、もう一歩踏み出す。
じりっと和正さんは後ろに下がると、背中が自動扉にピタリとくっついた。
もう後はない……。
ついに和正さんは観念したように唇を噛み締めた。
そうして興奮に染まっていた頬が、無念の色に塗り替えられたその時――
「このまま諦めてたまるか……」
という恨みのこもった一言を残して、和正さんは、すっと天井へ吸い込まれていくように消えていったのだった。
ほっと息を大きくつくと、自然と肩の力が抜けていく。
目の前の自動扉が、私を察知したのかウイーンと大きな音を立てて開くとともに、秋の涼やかな風が火照った体を冷ましていった。
大きく息を吸い込む。
冷たい空気が肺を満たすと、激しい感情によって止まりかけていた思考の歯車が再び音を立てて動き出した。
……と、その直後、背中に細い声がかけられたのだった。
「では、智子のこと呼びにいってくださるかしら?」
透明で一点の曇りもない美しい声。
勝ち誇ったような興奮の熱もかすかに感じられる。
私は一度目を閉じて、もう一度深呼吸をした。
そして目を開けたところで、重い扉を開けるようにゆっくりと背後を振り返ったのである。
静かに佇む色白の美少女の姿が、くっきりと目に飛び込んでくる。
竹のように真っ直ぐに伸びた背筋。
慈愛を感じさせる小さな笑みと、全てを見通すような切れ長の目。
愛の化身のようでいて、呪いの悪魔のような不思議な人――
彼女と目と目を合わせた、直後……。
私は低い声で告げたのだった。
「あなた死んでいるでしょう?」
と――





