後悔の面接②
バッ!
私はバッグから『お札』を取り出した。
「まぁ。そんな物騒なものを、うぶな乙女が持ってるなんて、驚きだわぁ」
目を丸くしながらも、余裕の表情を崩さない女狐のあやかし。
でも、きっと強がりに違いないわ。
だってこのお札は、私のおばあちゃんである「浅間ウメ」の特製なのだから。
口寄せの巫女一家である、浅間家。
中でもおばあちゃんの浅間ウメはずば抜けた能力の持ち主なのだ。結婚して巫女を退いた後も、神職の資格を持つママとおばあちゃんは、女性神職として神社のお仕事をしている。その傍ら、全国を飛び回って、口寄せの力を世に役立ているのだ。
そんなおばあちゃんの血を引く私は、生まれた時から、あやかしや幽霊などが、まるで実在しているかのように見える能力を持っている。
その一方で、自分から彼らを引き寄せてしまうという厄介な特徴もあるのだ。
幼い頃はおばあちゃんやママが、悪いあやかしを退治してくれていたが、女子高生ともなるとそうはいかない。
だから『見習い巫女』である私に何かあってはいけないと、「あやかし退治のお札」を持たせてくれていたという訳だ。
まさかこんなところで役に立とうとは、思いもよらなかったわ。
「さあ、観念なさい! もうあなたはここまでよ!」
「ふふ、だってさぁ。藤次郎。どうするのぉ?」
女狐は小枝のように細い指を、店長のあごに滑らせながら問いかけている。
店長さんはどうやら『藤次郎』という名前らしい。
それはどうでもいいとして、『普通の人間』である藤次郎さんの耳に、あやかしの声が届くはずもない。彼の前には、気狂いを起こした女子高生の姿しかないはずなのだ。
「ふざけないで! これ以上、人をからかうなら、もう容赦しないわよ!」
あまりこのお札は使いたくない。
おばあちゃんいわく、「お札で成仏したあやかしは地獄で苦しむでな」と教えてくれたからだ。
でも、こうなったら仕方ないわ。
このままだと店長が女狐にとり憑かれてしまうかもしれない。
いや、もしかしたら既にとり憑かれてしまっているかもしれないのだから――
「悪しき霊よ! 黄泉の彼方へ退散しなさい!!」
女狐の真っ白なひたいへ向かって、お札を突き出した。
……と、その瞬間だった。
バシッ!
と、手首が店長に掴まれたのである。
「えっ?」
いったい何が起こったのか理解できずに、固まってしまった私。
そんな私の手から、藤次郎さんはお札をそっと抜きとった。
「これは素晴らしい護符だね。さすがはウメ様だ」
「えっ? なに? おばあちゃんのことを御存じなのですか?」
なおも混乱して目を回している私をよそに、藤次郎さんは穏やかな笑みのままゆっくりと手を離すと、小さく頭を下げた。
「ごめんね、不愉快な思いをさせてしまったね。アヤメや。お前も謝りなさい」
「ふふ、まったく藤次郎は、若い女に甘いんだからぁ。まあいいわ」
「うそっ? 店長にも女狐が見えているのですか?」
私はにわかに混乱に目を回してしまった。
すると、ひょいっと藤次郎さんの腿の上から下りたアヤメという名の女狐は、頭も下げずに
「ごめんねぇ。怖い思いをさせてしまってぇ。お姉さん、反省してるから許してぇ」
と、憎たらしい口調で言った。
こいつは絶対に反省なんてしていないし、謝罪する気もゼロに違いないわ!
べぇと舌を出す私を見て、アヤメは「ほほほ」と笑っている。
そしてちょうど空が紫色に変わりかけたところで、部屋の電気をつけた藤次郎さんが、春のそよ風のような口調で言ったのだった。
「合格だよ。浅間 麗さん。さっそく明日からここで働いてくれるかい?」
急にそんなことを言われたものだから、再び固まってしまった私。
すると私の頬をぷにぷにとつつきながら、アヤメが耳元でささやいてきた。
「いつでも逃げていいんだからねぇ」
アヤメの手をバシッと払うと、ぷくりと頬をふくらませた。
「誰が逃げるもんですか!」
「ふふ、だってぇ。藤次郎。よかったね。アルバイトさんが見つかって」
「ああ。正直諦めかけていたところだったから助かるよ」
なんだか上手いことはめられたような気がしてならない。
しかしこの店長はいったい何者なんだろう……。
ますます訳が分からなくなってしまい眉をひそめる私。
一方の藤次郎さんは、綺麗な右手を差し出してきた。
「僕は鎧屋 藤次郎だ。これからよろしくね。浅間さん」
「鎧屋…って……まさか……」
三度声を失ってしまった私に対して、アヤメが眠そうな目を店長に向けて答えたのだった。
「ふふ、そうよ。藤次郎は、神職身分最高位の『長老』、鎧屋 藤久のお孫さん。そしてわらわは鎧屋アヤメ。……今は……ただの『守護霊』よ」
『長老』とは、神社界では最高の栄誉職で、全国でも数名しか贈られていない。
しかも「鎧屋藤久」と言えば、最高で200社もの神社の宮司を兼務していた、言わば『カリスマ宮司』。
神職を目指すはしくれの私であっても「鎧屋」という名字は確かに記憶に残っていたのだ。
「長老のお孫様が、なぜこんなところで……」
驚く私を尻目に、ニコニコ顔の店長は赤色の制服をさっと羽織りながら答えた。
「あえて言えば『修行』かな……」
「修行? コンビニの店長が?」
「ふふ、その答えはここで働けばすぐに分かるはずさ。さあ、僕はそろそろお店にでなきゃならないから、面接はこれでお終いにしよう。この時間は仕事帰りのOLさんやサラリーマンの方々がお弁当を買いにいらっしゃるからね」
そう言って強引に話を切り上げた店長。
私はもやもやしたものを胸に抱えながら、その場をあとにしたのだった。
◇◇
こうしてちょっと……いや、ものすごく変わったアルバイト生活は幕を上げた。
でも、驚くのはまだ早かったのだ。
これからとんでもない事件に巻き込まれることになるのだから――