表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/38

11月18日 昼 長坂邸

◇◇


 長坂邸の客間には、中央に大きなテーブルがある。

 それを挟むようにして革張りの高級なソファが2つ鎮座している。

 

 そのソファに腰をかけたまま、テーブルにうつぶせになっている二人。

 長坂喜一と幸子の夫婦だ。

 

 二人は後頭部から黒い血を流してはいるものの、息はまだある。

 どうやら致命傷ではなかったようだ。

 彼らを殴打した大理石の灰皿が、けがれた血で汚れたままソファの後ろに転がっていた。

 私はそれを見つめながら、ニンマリと笑った。

 

「ふふ、生きていてよかったわ。この程度のことで死なれたら困るもの」


 と、思わず口をついて汚い言葉が出てしまう。

 他人の耳に入ったら、性格が悪いと思われてしまうかしら?


 ふふ、でもそんなこと気にしないわ。

 だって、私は決めたの。


 愛する者が望むように振舞うのが私の役目。

 その為なら他人からどう思われたって構わないと――


 彼らの向かいのソファには、誰かが座っていた跡が残っている。

 私はそっとそこを触り、温もりを確かめた。

 そこには、座っていた者の激情がはっきりと表れているように熱い。

 

 私はゆっくりとソファのそばから離れる。


 長坂喜一と幸子の座っている場所から少し歩けば、立派なドアがある。

 そのすぐそばの床に転がっている黒い塊。


 さるぐつわを口にはめられ、小さな呻き声を上げながら虚空をにらみつけている。


 排水溝の奥に潜む虫けらのように、醜い欲望で凝り固まった黒い塊。

 私はそれを見つめながら苦虫を潰したような顔になる。


 馬鹿な真似をするからこうなるのよ……。


 その塊は、これ以上無駄な抵抗ができないように、両手首と足首を固く縛られていた。

 目は血走り、血の涙が頬を伝っている。

 なんと哀れで、みじめな姿。

 でも、威厳と傲慢を履き違えた愚か者には相応しい姿だと思わない?

 

 ふふ、でも安心して。

 もうすぐあなたは『物言わぬ人』に姿を変えることになるのだから……。


 私は前進を再開した。

 そのドアを抜ければ、玄関へと続く長い廊下だ。

 

 私は踏みしめるようにしながら、ゆっくりと歩く。

 

 途中、洗面所の横を通る。

 ジャー、ジャーと水が流れる音が聞こえてきた。

 

「もう、すべてを洗い流すなんてできないわ」


 ひどく冷たい言葉が出てくるのは、ここで起こるであろう惨状を予感してのことだ。

 しかし、その前に私は一つだけやらねばならないことがある。

 

「ここに一人だけ足りないわ。家族が一人だけ。私が迎えに行かなくちゃ」


 玄関までやってきた私は振り返ることなく、長坂邸を立ち去った。

 ここにいない家族……。


 長坂智子を迎えに行くために――

 

 

「智子が揃えば、ショーの始まりよ。全てをぶち壊すショーの……。ふふ」



 口元から思わず笑みがこぼれる。

 野原で草をはむ無防備な兎を遠くに見つけた時の獣のような、血湧き、心躍る、死神の笑みだ。

 

 足が自然と軽くなって外に出た。

 

 11月18日午後――


 今日も秋晴れ。

 とても素敵な一日になりそうだわ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WEBアマチュア小説大賞
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ