11月18日 昼 長坂邸
◇◇
長坂邸の客間には、中央に大きなテーブルがある。
それを挟むようにして革張りの高級なソファが2つ鎮座している。
そのソファに腰をかけたまま、テーブルにうつぶせになっている二人。
長坂喜一と幸子の夫婦だ。
二人は後頭部から黒い血を流してはいるものの、息はまだある。
どうやら致命傷ではなかったようだ。
彼らを殴打した大理石の灰皿が、けがれた血で汚れたままソファの後ろに転がっていた。
私はそれを見つめながら、ニンマリと笑った。
「ふふ、生きていてよかったわ。この程度のことで死なれたら困るもの」
と、思わず口をついて汚い言葉が出てしまう。
他人の耳に入ったら、性格が悪いと思われてしまうかしら?
ふふ、でもそんなこと気にしないわ。
だって、私は決めたの。
愛する者が望むように振舞うのが私の役目。
その為なら他人からどう思われたって構わないと――
彼らの向かいのソファには、誰かが座っていた跡が残っている。
私はそっとそこを触り、温もりを確かめた。
そこには、座っていた者の激情がはっきりと表れているように熱い。
私はゆっくりとソファのそばから離れる。
長坂喜一と幸子の座っている場所から少し歩けば、立派なドアがある。
そのすぐそばの床に転がっている黒い塊。
さるぐつわを口にはめられ、小さな呻き声を上げながら虚空をにらみつけている。
排水溝の奥に潜む虫けらのように、醜い欲望で凝り固まった黒い塊。
私はそれを見つめながら苦虫を潰したような顔になる。
馬鹿な真似をするからこうなるのよ……。
その塊は、これ以上無駄な抵抗ができないように、両手首と足首を固く縛られていた。
目は血走り、血の涙が頬を伝っている。
なんと哀れで、みじめな姿。
でも、威厳と傲慢を履き違えた愚か者には相応しい姿だと思わない?
ふふ、でも安心して。
もうすぐあなたは『物言わぬ人』に姿を変えることになるのだから……。
私は前進を再開した。
そのドアを抜ければ、玄関へと続く長い廊下だ。
私は踏みしめるようにしながら、ゆっくりと歩く。
途中、洗面所の横を通る。
ジャー、ジャーと水が流れる音が聞こえてきた。
「もう、すべてを洗い流すなんてできないわ」
ひどく冷たい言葉が出てくるのは、ここで起こるであろう惨状を予感してのことだ。
しかし、その前に私は一つだけやらねばならないことがある。
「ここに一人だけ足りないわ。家族が一人だけ。私が迎えに行かなくちゃ」
玄関までやってきた私は振り返ることなく、長坂邸を立ち去った。
ここにいない家族……。
長坂智子を迎えに行くために――
「智子が揃えば、ショーの始まりよ。全てをぶち壊すショーの……。ふふ」
口元から思わず笑みがこぼれる。
野原で草をはむ無防備な兎を遠くに見つけた時の獣のような、血湧き、心躍る、死神の笑みだ。
足が自然と軽くなって外に出た。
11月18日午後――
今日も秋晴れ。
とても素敵な一日になりそうだわ。





