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11月18日 朝 ①

◇◇


 中間テストと学園祭が終われば、時間は一気に加速していく。

 うちの神社は年末年始という『一大イベント』の支度に慌ただしくなっており、普段は外へ出ていることの多いママとおばあちゃんですら、社務所にこもって、せっせと事務仕事に精を出すようになった。

 まさに一家総出の様相だ。

 無論、私も例外ではない。学校がお休みの土日には、巫女の修行も兼ねて、神社の手伝いもするようになったのだった。

 

………

……


 11月18日、日曜日。

 この日は午後からコンビニのシフトが入っているが、猫の手も借りたいパパのお願いで、午前中だけ神社の手伝いをすることになっている。

 

 うちの朝は早い。街は未だ寝静まり、早暁の薄明はくめいが夜のカーテンを開こうかという頃。

 パパが鳴らした大きな太鼓の音が起床の合図だ。


「うーん、眠いよぉ……」


 己の若さと体力を過信した昨晩の私をしかってやりたい。

 深夜の音楽番組を見ていた時にらんらんと輝いていた目は、極度の眠気に半分閉じたままだ。

 それでも逃れられぬ使命感によって、無意識のうちにのっそりと布団から出た。

 

 寝ぼけまなこのまま、白衣はくえ緋袴ひばかまを着て外に出ると、手水舎までずりずりと足を引きずらせていく。

 立て掛けてある柄杓ひしゃくを右手で持ち、左手のてのひらに水を注ぐと、一瞬のうちに目がぱっちりと開いた。

 

「ひゃっ! 冷たいっ!」


 夏場ならまだしも、冬に近い今の季節は何度やっても慣れないほどに水が冷たい。

 左手を襲う凍える感覚が、『小さな悲鳴』という条件反射を生むのは、この先ずっと変わらないと思うの。

 ただ、その程度のことに、ぶつくさと文句をつけている暇はない。

 柄杓を左手に持ち替えて、右手を清めた後、もう一度右手で柄杓を持って口を清めた。

 そうして今度は来た道を跳ねるようにしながら戻り食卓へ入る。

 しかし、私は完全に出遅れていた。

 

「遅刻じゃぞ! 麗! なにをやっとるか!」


 朝っぱらからおばあちゃんの雷が、豪快に脳天に落ちた。

 

「ごめんなさい!」


 と、頭を下げながらすぐに席につく。

 まだ小言を言い足りないおばあちゃんの顔は閻魔様のようだ。

 だがそんなおばあちゃんを遮るように、ママが号令をかけた。

 

「はいっ! 静座せいざ、一拝一拍手」


 ぺこりと頭を下げた後、「パンッ!」と手を叩く。

 

「たなつもの……」


 と、ママが言い始めると、四人で声を合わせて感謝のうたを口にする。

 

――たなつもの 百の木草も 天照す 日の大神の 恵えてこそ。


 これが私の家では「いただきます」の意味だ。

 そうして食事が終われば、

 

端座たんざ、一拝一拍手」


 今度はおばあちゃんの号令で、食後の感謝を述べるのである。

 

――朝宵に 物喰ふごとに 豊受の 神の恵みを 思へ世の人。

 

 こうして私たち一家の一日は、『感謝すること』から始まる。

 食事に限ったことではない。

 この後に待つ『朝拝』も、境内のお掃除も、そして一日の終わりの『夕拝』も……。

 すべての行いにおいて、私たちは感謝を捧げる。

 

――生きていることは、すなわち生かされていること。それを忘れてはならんぞ。


 小さい頃からおばあちゃんにいつもそう言って聞かされていたので、私にとってはそれが当たり前だ。

 その相手は、神社のご祭神様であり、家族であり、先生であり、友達であり、そして顔も知らない農家の人々であり……。

 つまりありとあらゆる人々に私は毎日感謝の祈りを捧げているのである。

 

 でも一方で、感謝の心を見失ってしまったままこの世を去っていってしまった人々もたくさんいる、という悲しい現実も私は知っている。

 おばあちゃんとママに連れられた口寄せの場で何度も遭遇した『怨霊』だ。


――怨霊に対しては、彼らが『恐れていること』をしてやる。そうして怨嗟えんさの膿を出しきったところで、再び感謝や愛の心を思い起こしてやるんじゃ。


 おばあちゃんから何度も教えられた怨霊への対処。

 きっと私も一人前になったら、彼らと真っ向から対峙せねばならぬ時がくるだろう。


 果たして自分にそれができるだろうか……。

 そんなことを考えながら境内の掃き掃除をしていると、鳥居の右端をくぐってくる人が見えてきたのである。 


「あらっ! 店長!?」


 そう。グレーのシャツの上から紺色のロングカーディガンを羽織り、細身のパンツに身を包んだ鎧屋藤次郎さんだった――

 


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WEBアマチュア小説大賞
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