後悔の面接①
どうぞよろしくお願い申し上げます。
夏休みに入ったばかりの夕暮れ時。昼間に大合唱していた蝉たちもようやく疲れてきた頃のこと。
オレンジ色の夕陽が、カーテンもない不用心な小さな窓から射しこんでくれば、人がすれちがうのがやっとなほど細長くて小さなこの部屋は、陽射しと同じ色に染まる。
ここはコンビニ『ファミリーセブン南池袋店』のバックヤード。
そこで私、浅間 麗は背もたれ部分の合皮が破れたままのパイプ椅子に腰かけていた。
――はぁ……。なんでこんなところへ来ちゃったんだろう……。
私が今ここにいるのは、アルバイトの面接のためだ。
おばあちゃんが「バイトするならあのコンビニにしなさい」と、強く薦めてきたから、「きっとすごく素敵な職場なんだわ!」と鼻歌まじりにやってきたわけだが、生まれて初めて、おばあちゃんの言葉に従ったことに、激しい後悔を覚えていた。
口をへの字に曲げて、眉間にしわを寄せた女子高生を見れば、普通の面持ちではないと誰でも分かるはず。
しかし、色白で中性的な顔立ちの青年店長は、そんな私の顔つきなどお構いなしに、微笑を浮かべて問いかけてきた。
「じゃあ、志望動機を聞かせてくれるかな?」
「いえ、私はもう『志望』していないので、お答えできません。貴重なお時間を取らせてしまい、申し訳ございませんでした。これで失礼いたします」
余計な抑揚もつけず、早口で言いきった私は、椅子の横に置いたスクールバッグをひったくるように手にして、その場を立ちあがった。
そしてぺこりと頭を下げた後、ドアの方へ振り向いた。
……と、その時だった。
「あーら。三つ編おさげちゃんは、もう逃げちゃうのかなぁ?」
と、妖艶な声が背中にねっとりと絡みついてきたのだ。
本当は聞こえないふりをしなくてはならない声。
でも、あまりに憎たらしいその口調は、理性というブレーキを瞬時にぶち壊した。
「べ、別に逃げている訳ではありませんから!」
「ふふ、だって怖くなっちゃったんでしょう?」
その言葉にカチンときて、もう一度店長の方へ視線を向ける。
私が突然大きな声をあげたにも関わらず、店長は穏やかな顔つきのまま、変わらぬ優しい瞳を向けてくれている。
でも私の目には彼のことは入っていなかった。
なぜなら私を釘付けにしているのは、店長の太ももの上にちょこんと腰かけた美女の姿だったのだから――
純白の和服を着崩し、透き通るような白い肌を大胆に露出した麗人。彼女は柳の枝のように細くてしなやかな腕を彼の肩に回している。
「ふふ、やっぱり女子高生はかわいいわぁ。私たちの仲むつまじい様子を見て、顔をりんごみたいに真っ赤にしちゃうんだから」
彼女の存在こそ、ここに来たことを後悔させた相手なのだ。
それもそうでしょう!
だって店長との面接にやってきたのに、若い女性といちゃいちゃ……もう口にするのも恥ずかしい!
不機嫌な表情の私を見て、ますます楽しそうに彼女は口角を上げた。
「やっぱりわらわのことが怖いのよねぇ。それともこうして若い男女が『仲良く』しているのを見て、恥ずかしくなっちゃったのかなぁ?」
ついに堪忍袋の緒が切れた私は、きりっと彼女を睨みつけると、突き刺すような鋭い声を上げた。
「見逃してあげようと思ったけど、もう怒った! 今すぐそこから離れなさい! さもなくば……」
「さもなくば?」
彼女がふざけた口調で言葉の続きを促してくる。
私はスクールバッグの中に手を入れて、「あるモノ」を探った。
そしてその感触を確かめるなり、ずばりと言い切った。
「退治するわよ!!」
と……。
そう。目の前で店長にべったりと絡みついている美女は、この世の者ではない。
なぜなら彼女の艶やかな黒髪の間から覗いているのは……。
狐の耳なのだから――
つまり彼女は「あやかし」なのだ!
御一読いただきまして、まことにありがとうございました。
何卒、これからもよろしくお願いいたします。