月夜の会合
あれから私達は四人でお茶をしながら会話を楽しんだ。
レミリアさんの住む紅魔館の話。
そこに住む住人。レミリアさんと咲夜さんの家族の話。
どうやら、レミリアさんには妹がいるらしく名前をフランドールちゃんと言うらしい。レミリアさん曰くとっても可愛い子らしく、鬼可愛がっている様子が見て取れる。
私は一人っ子だから姉妹というものには少し憧れがあったりする。
そのことを話すと咲夜さんが私の頭を撫でてくれた。
身長の高い咲夜さんに比べ私は低い。咲夜さんの歳がいくつかわからないが、なんとも言えない気持ちになってしまう。
これは会話の一部分。
「咲夜はね奏亡。貴方のことを随分と気に入ったみたいよ。基本的にこの子は人嫌いなんだけど、貴方は例外みたいね。なんでかしら?」
「あぁ、そーなんですね。なんでかしら?と聞かれてもわたしもなんででしょうかねーって、咲夜さん?いや、頭を撫でられるのは構わないんですが、少し恥ずかしいですよ。私これでも大人なんですからっ」
「大丈夫です奏亡様。私も大人ですからお互い様ということで、とりあえず髪をすいてさしあげます」
「いや、意味がわかりませんよ」
「いいじゃないの奏亡。咲夜の好きにさせてあげてくれるかしら?主人である私からのお願いよ」
「はぁ・・・・」
「・・・・まあ随分と懐いたものね。てか、うちで暴れんじゃないわよ。埃が舞うでしょうが誰が掃除すると思ってんのよ!」
そんな、こんなで時刻は夜。
レミリアさんと咲夜さんは既にここにはいない。
夜は少し用事があるらしく、帰ってしまった。
ただ、去り際にレミリアさんが、
「奏亡。もし、これから行くところが無ければ紅魔館を訪ねなさい。貴方なら大歓迎よ、咲夜も貴方になら心を開くでしょうしね」
と、言ってくれた。
咲夜さんは顔を赤らめレミリアさんに抗議していたようだったが、
ありがたい話だと思う。
ふうっ、手と足を伸ばす。
神社の周りには光がなく、月光のみが灯りの役割を成している。
この世界にも月と星があることに驚きだが、無かったら無かったで代わりになにが空に浮かんでいるのだろうか。
考えても意味ないこと。
「奏亡?なにぼーっとしてんのよ。暇なら付き合いなさい、どーせ暇でしょ?」
「あ、霊夢さん」
隣に座る霊夢さんの手には酒瓶とおちょこが握られていた。
「あ、いいですね。月夜に晩酌だなんて少し憧れていたんですよー」
「そんなことが憧れだったの?あんたの世界にも月くらい浮かんでるでしょうに」
霊夢さんはカラカラと笑いながらおちょこにお酒を注ぐ。
度数はわからないが、恐らく日本酒だろう。
霊夢さんは「ほら」と私におちょこを渡す。
「とりあえず乾杯」
「はい、乾杯です」
チンっと杯同士の音が重なる。
辺りは静か。聴こえるのは風の音と霊夢さんの息遣い。
「んで、どお?幻想郷初日の感想は?」
「感想は?と言われましてもねー、よくわかんない世界に連れて来られて今こうしてお酒を飲んでることに驚いてますよ」
「まあ、それもそうね。でも、良かったじゃない。生きてるだけ幸運よあんた。それに、友達?もできたみたいだし」
死ぬ危険があったことに驚きだが、まあ妖怪が闊歩するこの世界ならそれもまた道理なのだろう。まだ、レミリアさんと咲夜さんにしか会っていないが。
「友達・・ですか。そうですね、レミリアさんも咲夜さんも親切な人でしたね。咲夜さんはよくわかんない不思議な人ですけど、あんなに嬉しそうに笑ってくれたら、なんかその・・・私も嬉しかったですし、」
「そうね。あの時咲夜、実は時を止めていたのよ?」
「え?そうなんですか?でもいつの間に・・・全然気づかなかったですよ」
「そりゃそーよ。時を止めるってことは咲夜以外に知りようがないじゃない。だからあの時、咲夜あんたが後ろに下がる度に時を止めてあんたの眼前に移動してたのよ。あいつも遠回しなことするわ」
「ほわー、なんとも現実感のない話ですね」
「ここは幻想郷だからね。その程度のことで驚いてるとキリないわよ?」
うわー、改めてとんでもないところに連れて来られたようだ。現実とは正反対の世界。しかして、霊夢さん達にとってはそれが普通で、現実なのだろう。
この経験も現実で、隣に座る霊夢さんも現実。それでも、私にとってはやはり幻想としか映らない。
幻想だけど現実。現実だけど幻想。
矛盾する二つがこの世界だとすれば、私はどちらにいるべきなのだろうか。
「どーしたのよ、そんな眉間にしわ寄せちゃって。安心しなさいな、あんたの身の安全は保証してあげるから。ほら、飲みなさいな」
「あ、すいません」
杯に酒が注がれる。
「そーいえば、霊夢さんってこの神社の巫女さんなんですよね?」
「ええ、そうよ。見た目通り、私はこの博麗神社の巫女をやってるわ。それがどうしたの?」
「いや、私の世界じゃ巫女さんなんて目にする機会無かったものでして。この世界の巫女さんはどんな仕事をしているのかなと、少し気になっただけですよ」
「あー、そーいやそーよね。あんた下界の人間だから知るわけもないか。私って自分の職業とか人様に説明したことないからなんとも答えづらいというか、答えにくい質問してくれるわね」
うーん、と腕組をして唸る霊夢さん。
そこまで難しい質問をしたつもりは無いのだけれど、
「・・・まあ、そうね。一応私はこの世界の管理をしているって言えばいいのかしらね。そこまで大層なことじゃないけれど。
「今日も言ったけど、この世界には妖怪やら幽霊やら人外な者たちが住んでいる。そいつらはね、基本的に人間よりも凶暴で凶悪な奴らばかり。いくら温厚な妖怪でも、力は人間の数倍以上がこの世界の常よ」
「はぁ、確かに妖怪は人間よりも強そうですもんね」
「ええ、そんな奴らが好き勝手暴れたら人間はすぐに滅んじゃうわ。だから、行きすぎた妖怪の暴走を止めるのが私の役目であり使命。あんたの住む世界の巫女とはだいぶ勝手が違うかしらね」
「そーですね。うちの世界ではアルバイトで巫女ができるって聞くくらいですしね。でも、ということは霊夢さんは妖怪から人間を守ってるってことですね。正義のヒーローみたいでかっこいいです」
「・・・・・いや、別に私は人間の見方をする気はないけど?」
「え?」
ん?どーゆーことだろう?
「いや、行きすぎた妖怪の暴走を止めるのが霊夢さんの役目なんですよね?」
「ええ。だけど、それが人間の味方をするってこととは別問題よ。私はこの世界の均衡を保つのが役目であって、それが崩れなければ妖怪が何しようと知ったこっちゃないわ」
んー、なんとなく意味はわかった。
つまり、あれだ。そーゆーことか。
「じゃあ、その均衡が崩れなければ妖怪が人を殺そうと食べようとかまわないってことですか?」
「ま、極端だけどそうね。妖怪が人を食べるのは当たり前。まあ、全ての妖怪が人を食べるってわけじゃないんだけど、あんたの思ってる通りで間違いはないわ。どお?ガッカリしたかしら?」
「いや、特にガッカリしたとかは思いませんけど。中々に大変なお仕事をなさってるんだなと。色んな意味で気が重いですね、それって」
「・・・・嫌われる覚悟で言ったつもりだったのだけれど、そんなに軽く返されると気が抜けるわ。不思議な人間ねあんたは」
霊夢さんは私と目を合わさずそう呟いた。
「私の上司もそんな立場にいた人間でしたからねー。上と下を取り持って、結局責任は自分に来る。いやぁ、中間管理職っていうのはいつでもどこでも厄介ごとの渦中にいるものです」
「そんな奴と同じに捉えられるのも癪だけどまあ、あんたの言う通りかもね。でも、この役目のおかげで私には妖怪の知り合いがたくさん出来た。それだけで十分よ」
カラカラと霊夢さんは笑う。
満足げに笑う。
今日初めて会ったばかりの人。
でも、なぜだろう?この人を放っては置けないと感じてしまう自分がそこにはいた。
理由は分からない。
でも、
「まあ、霊夢さんがその役目を担っているからこそ、こうして私は霊夢さんに出会えたんでしょうね。役得です。良いことです。だから、私は私がこの世界にいる間、この博麗神社でお世話になろうと思います。いいですか?霊夢さん」
私は満面の笑みでそう言い放った。
正直かなり、図々しい。
私のお願いに霊夢さんは、
「それはやめときなさい。ここは博麗神社よ。あんたが人間である限り、ここに住むってことはそれなりに辛い目に遭うわ。さっきも言ったでしょ、私は人間の味方ではない。それは人間からしたら妖怪の肩を持つように見えるわ。あんたが、どのくらいの間幻想郷にいるかは分からないけど、少なくともこの世界の人間はあんたを異端として見ることになる」
重く、暗い言葉が霊夢さんから吐き出る。
なんとも、分かりやすい人だ。
私を遠ざけるて、助けようとしてくれているのが見え見えだった。
だからこそ、私も退けない。放っては置けない。
「構いません。もともと下界からやって来た私はここの人たちからしたら異端ですよ。だったら、霊夢さんといる方が楽しいですし、気が楽です」
「そーゆー問題じゃないのよ。あんた馬鹿?私は博麗の巫女。あんたはただの一般人。線引きをしなきゃ結局傷つくのはあんたよ。私が重んじるのはこの世界の均衡。仲良しごっこがやりたきゃ紅魔館にでも行きなさい」
「でもっ、」
「でもじゃないわ。今の話は聞かなかったことにしてあげるから、もう寝なさいな。明日一緒に紅魔館に行ってあげるから。これ以上我儘言うんじゃないわよ」
霊夢さんはそう言って立ち上がる。
ここで、霊夢さんを行かせたらダメな気がする。霊夢さんのためとかじゃなくて私のため。
そう、私が嫌なのだ。
ここで、過ごしたいと思ってしまったのだから。
けれど、はっきりと拒絶されたのが効いたのか言葉が出ない。
黙りこくる私に背を向け、霊夢さんは奥へと歩き出した。
「・・・おいおい、霊夢。さっきから聞いてりゃお前らしくもない事言うなよー」
「!?」
「・・・・・」
頭上から声がした。
声色は高く可愛らしい声だ。
声の主は神社の屋根に登っていたらしい。瓦を蹴る音が聞こえ、私の前に姿を現した。
「よっ、霊夢に奏亡。あ、名前知ってる理由はお前らの会話をずっと上で聞いてたからだ。私は萃香ってんだ。見た目の通り妖怪で、その中でも鬼って呼ばれてる種族さ。よろしくなっ」
ペラペラと陽気に喋るの目の前の妖怪。
すごく小さい。少女というか幼女。
綺麗な茶色の髪から捻れた角が二本生えている。なるほど、見た目の通り鬼だった。
「あ、初めまして。御崎奏亡です・・・なんというか以後お見知り置きを」
「ああ!私もこの神社に身を寄せる身でな。今後ともよろしく頼むぞ。ここに住むなら尚更だ」
「ちょっと萃香。勝手に決めないでよ。私とこいつの会話聞いてたなら分かるでしょ。こいつがここに住むのは認めないし、認められないわ」
うわ、霊夢さん怒ってる。本気で怒ってる声色だこれは。
霊夢さんの雰囲気に私は何も言えない。しかし、目の前の小さな鬼は気にせず続ける。
「なんでだ?あんなに楽しそうにしてたのに。お前が魔理沙や咲夜以外の人間であそこまで心を許すやつ初めて見たぞ。だったらいいじゃんか。博麗の巫女とか一般人とか関係ないだろ」
「関係あるから言ってんでしょうが!!」
ブワッと空気が震えた。
静まりかえる夜に霊夢さんの怒号が響き渡る。
霊夢さんは萃香さんを睨みつけたまま言葉続ける。
「萃香。あんただって知ってるでしょ。私は里の人間から畏怖されてる。