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【夢】8.不思議な力(後編)

 塀に囲まれた一戸建ての家、塀には花が植えられきれいにガーデニングされていた。新築のような小奇麗で洒落たデザインの家に、少しうっとりとした。

「さて、どこか開いていないか探しましょう。小さな隙間でも結構ですので、あれば教えてください。私は右回りで行きますので、来夢さんは左回りでお願いしますね」

「うん、わかった」

 そう言うと、それぞれ逆方向で家の周りを進みだした。暗い中、足元に気をつけながらゆっくり進んでいく。小さな石ころや草は、現実では踏んだり蹴ったりできるが、この夢幻郷ではそれができない。まるでコンクリートの造形のようだ。また、隙間を探すのも一苦労だ。夜のように暗いと言っても、現実ならば街灯なり電化製品の明かりなど小さいながらも光を発するものがあった。しかし、この夢幻郷はそれがまるでない。街の中のはずなのに、山の中に入っているような気分だった。

 と、庭のようなところに来た。窓ガラスがあるが、やはりちゃんと閉まっていた。中を覗き込んだが、手前にあるものしか見えず奥が全く見えない。仕方ないので手前で見える範囲のもので目を凝らしてみてみた。

――薄型テレビ……テーブルに椅子……本棚……暖炉……。暖炉?

 はっと気づき、窓ガラスの斜め上を見た。暖炉があるということは、その排気を出す煙突があるはずだ。

「あった!時人さん、こっちきて!」

 大声で叫ぶも響くこともなく、すぐに静けさにかき消された。声が届いたかどうか不安だったが、時人は上からやってきた。

「ありましたか。あちらには隙間と呼べるものがなくてどうしようかと思ってましたよ」

 ふわっと着地した。私はそれを確認すると、その煙突のある窓ガラスの斜め上を指差した。

「ほらっあれ。中に暖炉あって、それと繋がってるみたいなの」

「なるほど。確かに隙間と言えば隙間ですが……。正しくは筒ですね」

 確かにその煙突は、大きいものではなく空気を出すための筒状のものだった。ごまかす様に苦笑いを浮かべた。

「ほ、ほかに見当たらなくてさ。でも、あれは間違いなくこの家の中に通じてるよ。……でも入りようがないね」

 その筒はソフトボールほどの直径しかなかった。どうやっても無理だ。考え込み黙っていると、時人がにっこりと笑った。

「来夢さん、私は入れないとは言っていませんよ。言ったでしょう、私の思い通りにできると」

「そりゃ確かにさっき言ってたけど、現実の物は動かすことはできないんでしょ?一体……」

「こうですよ」

 そう言うと、先ほどと同じように右手の人差し指と中指から光を出し、その光を私に当ててきた。

「ちょ、ちょっと!何するのよ!」

 目の前が光によって真っ白になる。痛くも痒くも感じなかったが、目の前が光のせいで何も見えない。

 と、次第に光が薄くなってきた。目の前に暗い世界が見えてきたが、先ほどとは風景が異なっていた。

「え……ここどこ?」

 先ほどまで足の裏には芝のちくちくとした感触があったが、それを感じない。庭の広いスペースだったはずなのに、見えた世界は右も左も壁に覆われていた。目の前には真っ暗で先が見えない道が続いている。

「来夢さん、そこは先ほどの筒の中です。安心してください」

 どこからともなく時人の声が聞こえてきた。私の周りの光は、白く発光はしていなかったが私を包むように覆っていた。声はその光から聞こえるようだ。

「来夢さんをそこへ運ばせていただきました。お気づきになっていないでしょうが、今来夢さんの身体はあの筒の直径に納まるほどの大きさになっています」

「えぇ!……なんで!」

「大丈夫です。何かあったらすぐに助けますから、その筒を通って中に入ってくれませんか?そうするしか方法がなくて……」

 この光がどうやら庭にいる時人との通信手段になっているのだろう。近くに時人はいない。本当にあの筒の中らしい。進めと言われても、本当にすぐ先が見えないほどの暗さ。お化けなどの類は信じてはいないが気味が悪い。

「……ふふ、来夢さん相当怖がってますね」

 と、くすくすと笑う時人の声が聞こえた。

「来夢さん、私一番最初に約束をしましたよ?……痛めつけるようなことはない、と。来夢さんを包んでいる光は私から伸びているものです。絶対にお守りします。……何度も言ってしつこいかもしれませんが、私を信じてください」

 そういえば、時人は会ったときから、信用しろだの信じろだの言い続けている。いい加減信じてもいいかもしれない。

「……だ、誰も怖がってなんかないわよ!」

 強がって言ってみたものの、時人のくすっと笑った音が聞こえてきた。

 進んでいくが、本当に真っ暗でまっすぐ歩けているのかどうかさえ怪しく感じられる。ほんの少しの時間なのだろうが、長い距離を歩いた気がした。排気を出すための筒ならば、暖炉からまっすぐ伸びているはずだ。それを逆から行っているのだから道がなくなるはず、と考えた。もしかしたら、道がないのを知らずに落ちるかもしれない。そう思うと、足を止めたくなる。するとその時、考えていたことが現実となった。

「きゃあぁぁ!」

 身体が重力に逆らうことなく落ちていく。足を踏み出したがそこに道がなかったのだ。考えていた通りになってしまった。

――もうだめだ!

 目を瞑り、死を悟った。

 が、急に落ちる感覚がなくなった。ちらりと片目を開けてみると、光が先ほどのように白い光を発光させていた。

「このままじっとしていてくださいね。着地させますので」

 落ち着いた時人の声が聞こえてきた。ほっと胸をなでおろした。

 そのまま動かずにいると、足が地面についた。そのまま暖炉から出ると、先ほど外から見た部屋へと来た。窓ガラスの外を見てみると、時人が右手から光を出しながらこちらを向いていた。

「無事に進入できましたね。では、私もそちらへ行きます」

 そう言うと、私の周りを覆っていた光がまた強い白い光へと変化した。また真っ白で何も見えない状態になったかと思うと、すぐ隣で時人の声がした。

「……ふう、進入成功しましたね。あの人の部屋はどこでしょうねぇ」

 光がふっと消えたかと思うと、すぐ隣に時人がいた。しかも、身体は元通りに戻っていた。しかし、時人自身は何事もなかったかのように、きょろきょろと部屋を見渡している。

「な、なんでいきなりここにいるのよ!さっきあそこにいたじゃない!」

「え。あぁすいません、驚かせてしまいましたね。……現実の物は変化させることはできませんが、それ以外のものは自由に創造できるんです」

 と、自慢げににっこりと笑った。

「……まさか、私の身体を小さくすることもできるし、時人さん自身の身体も変化させることができるってこと?」

 半信半疑で浮かんだ答えを口に出してみた。しかし、時人はその答えを待っていたかのように一瞬驚いた顔をした。

「おぉ。そうです。察しがいいですね。……さて、納得していただけたところで、亀田冷子さんの部屋を探しましょう」

 満足そうな笑顔で部屋の中を進みだした。


 小奇麗な家の中は、やはり整った間取りだった。暖炉があった部屋はダイニングキッチンで、私の家よりも広い。一階を探したが、亀田さんはいなかった。そこで二階へ行くことにした。

「……どうしてこの方が怪しいと思われたんですか?」

 階段を上りながら、前を歩く時人が口を開いた。

「先ほどの住所録はそれなりの人数でした。その中からこの方が怪しいと思った理由が少々気になりまして……」

 顔は見えないが、申し訳なさそうな声だった。

「実はまた香織に嫌がらせがあったの。たまたま早く来ていたんだけど、その朝偶然亀田さんに会ったのよ……。それで、あとから香織に聞いた話だと、いつもはもっと遅い時間に来ているってことわかって……。なのに、その嫌がらせがあった日はすっごい早い時間に来てた。それに、いきなり香織に恋愛の相談をするし、なんか引っかかるのよね。あまりに偶然すぎるというか……ま、本当私が単に怪しいって思ってるだけなんだどね」

 時人は階段を上りきると、すぐ目の前にある部屋へと入った。私もその後に続き部屋へと入った。

 その部屋は女の子らしい部屋だった。部屋に入ってすぐ正面には大きなクローゼットが並び、その横には大きな全身鏡が置かれている。少し部屋の中に進むと、奥にはきちんと整理された机とすぐ横には本棚がある。そして、机の向かい側にはベッドがあった。そのベッドに近づいて寝ている人物を確認した。

「……亀田さんだ。間違いないよ」

 布団をすっぽりとかぶり、すやすやと眠っている。

「わかりました。……私は理由はどうあれ、苦しんでいるお友達のため、行動に移す来夢さんは素晴らしいと思います。それに、ここは夢幻郷。現実で疑いをかけることはあまり良くないですが、亀田冷子さんに疑いをかけたと知っているのは私だけです。気にせず調べましょう」

 にっこりと笑う時人に、私はうなづいた。

しかし、いざ調べようと思っても、物をどかすことは不可能だ。私はひとまず部屋を観察した。整理されている机の上にはいくつか写真立てが飾ってあった。学校行事の時の写真や、クラスの集合写真とみんなが写っている写真ばかりだ。ふと、ノートから少しだけ出ている写真を発見した。暗い中、目を凝らしてみてみるとユニフォーム姿のようだった。

――これ、野球部のユニフォームだ。……まさか、池口?

 顔の部分が丁度隠れており、確認ができない。が、胸のところに書かれている名前が池口とあった。

「なにかありましたか?」

 振り返ってみるとベッドの横で時人は立膝をついていた。

「うん、まぁ一応……ね。そっちは?」

 何をしているのかと思い、近づいていった。見ると、時人は亀田さんの顔の上に右手をかざし、今にも触れようとしていた。

「なんかするの?」

「えぇ。……あ、そうだ。少し真面目な話をします」

 そういうとその手を引っ込め、真面目な顔つきで私を見てきた。

「前に来夢さん自身に触れると現実の世界に戻ることは説明しました。しかし、絶対に他人には触れないでください」

「どうして?」

 時人は、珍しく強い口調で話を続けた。

「簡単に言いますと、一生元の世界に戻れなくなるからです」

「え、戻れないって……」

「自身の身体に触れれば、そのまま意識は元の身体へと戻ります。しかし、他人に触ってしまうと、その意識はその人の夢の中をさまよい続け、この夢幻郷にさえ戻れなくなります。戻れなくなった意識は現実の世界の身体にも悪影響を与えます。ですから、絶対に触れないでください」

 はっきりと言わなかったが、悪影響という言葉に恐怖を覚えた。なにより、いつもにこにこしている時人が、真剣な表情でにこりともしない。それほどの悪影響なのだろう。しかし、そう言った時人だったが、再び亀田さんの顔の上に右手をかざし、そのままゆっくりと触れようとしていた。思わず、時人の肩を掴んだ。

「ちょ、ちょっと!今、触れたら悪影響があるって言ったじゃない。なんで触ろうとするの」

 こっちを向いた時人は、いつものようににっこりと笑った。

「はは、私は大丈夫ですからご安心ください。住人である私は他人の夢を覗くことが可能なんです」

「夢を……覗く?でも、覗いてなにがわかるのよ」

「そうですね……。その人の周りで起こったことや、その人がどんな人かもわかります。……何より現実の世界のことがわかることですかね」

 最後の言葉に、なにか寂しさを感じた。いつもならはきはきとしゃべる時人だが、言葉が消えてしまいそうなほど小さな声だった。その言葉を聞いて、私の中に新たな疑問が浮かんだ。

「あのさ……少し聞いてもいい?」

「はい、何でしょうか?」

「時人さんにはなんでもできる能力があるってことは十分にわかったんだけど、時人さんも今、夢を見ている状態だからこの夢幻郷にいるんだよね?」

 そう言うと、にっこりとしていた顔が崩れ、真顔になった。少し気になりつつも続けた。

「……だってさ、今、現実の世界がわかることが一番いいみたいな言い方したからさ。どうなのかなぁって思って」

 時人は黙ったまま、亀田さんのほうへ向き直すとそっと右手をおでこに触れた。

 すると、時人の身体があちこちに空洞ができ始めた。それはどんどんと増えていき、見えないはずの時人の向こう側が見え始める。

「どうしたの、何が起こってるの!」

「夢を覗いてきます。すぐに終わりますの。……質問の答え……その……で」

 言葉が聞き取れなくなると、あっという間にその場から時人はいなくなった。一瞬の出来事で思わず腰が抜けた。

「どうなってるの……」

 と、数秒もたたないうちに、亀田さんのおでこから白い光が出てきた。その光は時人がいた場所に流れ、その光は時人がいた状態のままの姿へとなった。白い光がぱっと光ったと同時に中から時人が出てきた。時人はかざしていた右手をそっと下ろした。

「……戻りました。すぐだったでしょ?」

 腰を抜かし目をぱちくりさせている私をみて、くすっと笑った。

「亀田冷子さんは、来夢さんがおっしゃった通り、その手紙と関係があるようです。しかし、直接の犯人ではないですね」

「……え。そこまでわかるの!……!」

 突然声が出なくなった。口を一生懸命動かしても声が出てこない。そんな様子の私に、時人は残念そうな表情を浮かべた。

「どうやら時間のようですね。……犯人は亀田冷子さんの周りにいる方だと思われます」

 と、視界がぼやける中、時人の言葉が最後に聞こえた。


更新が遅くなってしまって申し訳ありません。楽しみにしておられる方がいらっしゃるのか不明ですが、なるべく早めの更新を心がけていきたいと思います。

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