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【夢】7.不思議な力(前編)

 あの感覚で目が覚めた。暗い空間、そしてベッドの上にはすやすやと眠る私。夢幻郷だ。夢幻郷だと確認できると、寝る前に机の上に置いたプリントがあるかどうか確認をした。置いたそのままの状況で夢幻郷の一部と化している。

――よし、あとは時人さんが来るのを待つだけ。

 待ちきれずに開けておいた窓から顔を出した。すると、遠くの方から二つの灯りが近づいてくる。

「あれ?今日はお出迎えですか。いやぁ嬉しいです」

 ふわふわと浮きながら、目の前に時人がやってきた。嬉しそうに笑っている。

「僕はてっきりまだ信用されていないのかと思ってました。でも、今は僕を待っていた、と考えてもよろしいですか?」

「うん。私、時人さんを待ってた。……ちょっと」

 手招きをすると、なぜか不思議そうな表情でゆっくりと近づいてきた。

「どうしたんですか、今日は素直というかおとなしいというか……」

 部屋の机の前で待っていると、時人も窓枠をまたぎ私の横へとやってきた。すると、さっそく私が用意したプリントに気づいた様子だった。

「お、学習されてますね。前、こんな紙はなかった。……この紙に何かあるんですか?」

「これ、私のクラスの住所録なの」

「住所録ですか。……なるほど、名前の横に住所が書いてあります。でもなぜ私にこれを?」

 と、真面目な顔をした時人が私の目をじっと見た。横に並ぶと背の高さがありありと分かる。私よりも頭一つ高い身長で、私は顔を少し見上げる形になっていた。

「時人さん香織の犯人捜しのこと、覚えてる?私、その犯人の目星がついたの。でも、何の証拠もないし動機もあくまでも予想……。本当にその人が犯人なのか、どうやって調べればわかるのか少し悩んだ。でも、時人さんのことを思い出したの。時人さんが『手伝う』って言ってくれた言葉を思い出して、それでもしかしたらって……」

 私の考えを探るように、時人は目を逸らすことなく話を聞いていた。

「だから、お願いします。手伝ってください」

 いつも笑っている印象のあった時人が、ずっと笑いもせず真面目な顔をして見てくるのでなぜか恥ずかしい。しかし、今恥ずかしいからと目を逸らすと冗談だと思われる気がした。負けじと私も目を逸らさなかった。

 そんな風に時人の目を見ていると、いきなり時人がふっと笑った。思わず顔の力が抜けた。

「……そんなに睨まないでください。私は来夢さんを疑っているわけじゃありませんから」

 といつものように笑顔になった。口に手を添えくすくすと笑っている。

――私、そんな睨んでいるつもりなかったんだけど……。

 目をぱちくりさせている私を見ると、なおさら時人は笑った。真剣な態度を馬鹿にされたような気分になり、カチンときた。

「そんなに笑わなくてもいいんじゃないの!どうなの、手伝うって言葉は嘘なの。はっきりしなさいよ!」

「お、いつもの来夢さんだ」

 というと、笑うのをやめ、時人は微笑んだ。

「すいません、決して馬鹿にしたつもりはないです。ただ、あのままの来夢さんで事を進めてしまうと、ずっと何かを背負ったような感じになってしまうのではと思ったものですから」

 そういうと時人は再びプリントに目を落とした。

「それで、来夢さんが考える犯人とは、この中のどの方でしょうか?」

「え、それじゃあ、手伝ってくれるの?」

 嬉しさのあまり上擦った声になってしまった。そんな私の声にくすっと笑った時人だったが、またいつもの顔へとなった。

「もちろんですとも。初めに言いましたでしょう、私はあなたの敵ではない、と。信用してください」

「あ、ありがとう!」

 笑顔でお礼を言った。ほかに方法を思いつかなかったので本当に嬉しかった。ここでその方法が見つかるのかどうかはわからないが、この独特の雰囲気がそうさせてくれそうだった。

「……やっと笑ってくれましたね。私も来夢さんの笑顔が見れて嬉しいです」

 からかうような笑顔でもなく、かと言って真面目な顔でもなく、まるで少年が笑うかのような嬉しそうな表情だった。思わぬ表情に少し見とれてしまったが、すぐ正気に戻った。

「……あ、えっと。私が犯人だと思っているのはこいつ」

 私はその名前を指差した。時人はその住所を指で追いつつ確認をした。

「……わかりました。さっそくこの住所へ向かいましょう」

 

 時人はまっすぐ窓のほうへ足早に向かった。私もその後ろをついていく。窓の前に行くと時人は窓枠に足をかけた。

「では行きましょう。あの住所ならすぐに行けます」

「わかった。よろしくね」

 私は見送ろうと思った。しかし、私の思いとは裏腹に、時人は左手を私の目の前に差し伸べてきた。

「来夢さんも一緒に行くんですよ。さぁ捕まってください」

 にっこりと笑う時人。冗談かと思ったが、私が捕まるまで待っている。

「……もしかして怖いですか?」

「ちょ、ちょっと本当に私も行くの?私この部屋から出られないわよ。ドアは閉まって開かないし、ここから出たら真っ逆さまじゃない」

「確かにドアは開かないですからここから出るしかないですね。ま、行きましょう」

 そう言うと、私の手首を掴んだ。無理やりにでもここから出るらしい。が、私は抵抗するように時人の手を振り解こうとした。足を踏ん張り力を入れた。

「い、いやだ!落ちたくない!」

「全くもう。私を信用してくださいって。ほら、行きますよ」

 と、踏ん張っていた足元だったがいきなりすべすべと滑るような感覚となった。思わずバランスが崩れると、それを狙ったかのように時人が私を引っ張り上げた。と、同時に私の身体は窓の外へと出てしまった。あっと思った瞬間、ぼよんと弾力のあるクッションのようなものが私を受け止めた。

「私は飛べますのでいいんですが、来夢さんには“雲”を用意しました。筋斗雲みたいでしょ」

 声も出ない私を後目に、自慢するかのようににこにこと笑う時人が隣でふわふわと浮いていた。


 遅くも早くもないスピードで、私を乗せた雲は進んでいく。その横を泳ぐかのように、時人が並んで進んでいた。

「そういえば、来夢さんは初めて部屋から出ましたよね。どうですか、見慣れた街は」

 畳一枚分の広さの雲から、ゆっくりと下を覗いてみる。真っ暗だ。現実の夜だと暗いとは感じないのにそう感じたのは、電灯が一つも灯っていないためだった。それにしても静かだ。今まではこの世界に入ると狭い部屋でしゃべっていたので自分の声が跳ね返っていた。しかし、今は外だ。隣にいる時人の声でさえ、響くことなくすぐに消される感じがする。

「……本当、変な世界。この街もそうだけど、時人さんあなたも相当変な人」

「え、私ですか?」

 意外そうな顔をして、自分を指差した。私は時人のほうに向き直り、正座をした。

「……昨日聞きそびれたから今聞くけど、時人さんって何者なの?」

 強い口調で言うと、困ったように苦笑いを浮かべた。言うか言うまいか相当悩んでいる様子で、なかなか口を開かない。しかし、このままはぐらかされるわけにはいかない。

「大体おかしいわよ。現実と同じ造りとか言いながら、こんな雲あるわけないじゃない。こんな雲があったら、今頃大ブームよ。こんな雲どこから持ってきたの。それに、この世界も本当におかしい。夢で寝るとみんな来るのなら、どうしてこんなにも静かなわけ?私みたいなやつ、一人ぐらいいるんじゃないの?……この世界のことも時人さんのことも、全部説明して!じゃないと、私、時人さんのこと信用しきれない!」

 黙って私の話を聞いていた。私のことをじーっと見たあと、ため息を漏らした。

「……そうですね。名前だけ聞かされて、信用しろというのはさすがに無理があります。説明しましょう」

「観念したのね」

 思わず顔の頬が緩んだが、時人は顔を軽く横に振った。

「……全てを説明するのためには時間がなさ過ぎます。ですので、来夢さんがお選びください。私がどういう者なのか知りたいのか、この世界全体のことが知りたいのかを」

「そう出たか……。ま、いいか。寝たら嫌でもこの夢幻郷に来ることができるしね。じゃあね……どうして浮くことができるのか知りたいから、時人さんについて教えて」

「私についてですね。わかりました。驚きすぎて雲から落ちないでくださいね」

 と言うと、いつものにっこりとした顔になった。落ちるもんか、と言い返すように深く頷いて見せた。

 ふと気になり、ちらりと後ろを見てみた。私の家は小さくなり、見えるか見えないかの距離まで進んでいる。

「まず、どうして浮くことができるのかと言いますと、私はこの夢幻郷の住人だからです」

「じゅ、住人?」

 と、さらりと言った時人の声に再び視線が戻った。

「住人って……まさかこの世界に住んでいるでも言いたいの?」

「はは。字の通り、私はここに住んでいるんですよ」

 こことは夢幻郷のことだ。しかし、先ほどから進んでいるが街の様子は一向に変わらず静まり返っている。街灯もなく、音もなく、ただ静かに建物が立ち並ぶ。私の様子を汲み取ったかのように、時人は続けて説明を始めた。

「前にも言いましたが、現実の物はこの世界では一切動かすことができません。物として存在はしていますが、この世界ではあくまで存在だけでその意味を成さないです。目の前に食べ物があったとしてもそれは只の飾り、というわけです。じゃあどうすればいいか。簡単です。私が創造すればいいんです」

 と言うと右手の人差し指と中指をおでこにあて、何かを念じるかのように動きを止めた。数秒たったとき、急に目を開けその二本の指を私が乗っている雲の前へと向けた。すると、その指の先端から白い光が伸び、その光が当たっている雲の上で白い光の球ができていく。バレーボールほどの大きさになったところで、時人は伸ばしていた二本の指を丸め、握りこぶしを作った。すると、目の前の光の球は徐々に小さくなっていき、その中からなにかが出てきた。

「えぇ!……これ、ケーキじゃない!どうして?どうやって出したの!」

 その光の球から出てきたのは、イチゴのショートケーキで、ご丁寧に皿の上にある。そのケーキはなぜか、はっきりと見えた。まるでケーキから淡い光が発しているように見える。本物なのかどうか確かめるため、そっとクリームに指を伸ばした。ケーキは硬い感触ではなく、生クリームがふわっと指へと乗っかった。

「どうぞ、召し上がってください。毒など入っていませんから」

 まじまじと見ていた私は、その言葉を信じ、その指をなめてみた。

「……甘い。こ、これケーキの生クリームだ」

「全部召し上がってください。食べながらでも結構ですので、ひとまず進みましょう」

 再び雲と時人が前へと進みだした。


 ケーキを出した時人は、その後フォークも同じやり方で作り上げた。フォークもどことなく光を発していた。

「先ほどのように、食べ物、飲み物を創造し作り上げ、食べます。……どうですか、お味は」

「……おいしいよ」

 その言葉に満足そうににっこりと笑った。

「味も全て私好みにしてあります。現実の物にはなにもすることができませんが、私は自分の思い描く通りにいろいろな物を創造し作り上げることが可能なのです。今、来夢さんが乗っていらっしゃる雲もそうですし、先ほどの油も私が行いました」

「油?」

 残り一口のケーキを乗せたフォークを止めた。

「はい。来夢さんを部屋から出すときに、足を滑らせて引き上げました。びっくりされたでしょう。すいませんでした」

 本当に謝る気があるのかないのか、笑顔のまま時人は言った。

「物だけには限らず、この夢幻郷では私はいろんなことができます。だから浮くこともできるんです。わかっていただけました?」

「わかるもなにも、目の当たりにしてるんだから信じるしかないよね……。夢幻郷の住人って時人さんのほかにいないの?」

 聞こえていない振りをしているのか、きょろきょろと周りを見渡し始めた。

「ちょっと!無視?」

「……残念ですが、着きました。ですが、私のことについては説明をしましたよ。……あの家です。行きましょう」

 指をぱちんと鳴らすと、私が持っていたフォークと皿が跡形もなく消えてなくなった。突然のことで驚く私を見て、時人はまた、くすっと声を漏らしていた。少しずつ高度を下げていき、その家の玄関の前に降りた。一軒立ての家で、表札には亀田と書かれている。



ここまでお読みいただきましてありがとうございます。よろしければ、ここまでの感想でも結構ですので、メッセージをお願いいたします。作者の励みになります(ノДT)


毎日更新しようと思っていましたが、そうすると推敲がきちんとできていないように思えてきました……。

もし、おかしな表現があったり、誤字脱字がありましたらどんどんお知らせください。直していきたいと思います。


どうか今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。

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