【夢】4.夢幻郷
ママレードから家に帰り、いつものようにベッドの上に倒れこんだ。
――あー犯人捜しどうやればいいのかなぁ。
と、考えているうちに眠気が私を襲ってきた。眠気に耐え切れず、もう寝ようと布団の中に潜り込む。すると、ふとあの声が甦った。
『ようこそ、夢幻郷へ』
夢で逢ったあの青年ふっと頭の中に浮かんだ。思わず目を見開いたが、やはり眠気には勝てず数分も立たないうちに夢へと誘われた。
――あんなの夢に決まってるよ……。
★ ★
気づくと暗い私の部屋にいた。夜なのだろう、暗くてうっすらと物が見えるほどだ。寝ていた私はなぜかベッドの横に立っていた。上下のジャージ着ていて、さっき寝たときの格好だった。
ふとベッドを見下ろしてみた。が、見たものに驚き思わず尻餅をついた。
「うわ!な……なんで私がいるのよ!」
紛れもなく私だった。すやすやと目を閉じ寝ている。大声を上げたのにも関わらず、びくともしない。本当に私なのかどうか、触れようと手を伸ばしたその時、突然横の窓のほうから声が聞こえた。
「まだ触るな!」
大声に驚き、伸ばしていた手を止めた。見ると窓から昨日の青年が覗いていた。
「……すいません、声がしたので来て見ました。また会えましたね来夢さん。覚えていらっしゃいますか、私、時人です」
白髪のつんつん頭でにっこりと笑う青年、時人。忘れるはずもない。
「覚えてるよ。……っていうか何で前に出てきた人が、そのまままた夢で出てくるのよ」
お尻をさすりながら立ち上がり、窓のほうを向いた。時人は開いた窓枠に肘をつき、にこにこと私の様子を眺めている。
――あれ、もしリアルな夢なら私の部屋も2階じゃないの。……なんでこの人外から窓枠に肘をついてるのよ。
疑問に思い窓へ歩み寄り、そっと時人の足元を覗いてみた。
「うわ!浮いてる!」
紛れもなく時人は浮いた状態で、窓枠に肘をついていた。驚きのあまり思わず後ずさりをしたが、バランスが崩れまた尻餅をついてしまった。そんな様子を眺めていた時人は、ふっと吹きだすと口に手を添えクスクスと静かに笑い始めた。
「ちょ、ちょっと!あなた失礼な人ね!人がこけることがそんなにおもしろいことなの?夢のくせして、馬鹿にしないでよね!」
「あ、いや……馬鹿にしたわけじゃありません。絵に描いたような驚きの仕方で……少し笑いがこみ上げてきました」
――どっちにしろ私を見て笑ったんじゃない!
イライラする感情を抑え、痛むお尻をさすりながら立ち上がり、窓の向こうで浮いている時人に強い口調で質問した。
「これは夢なんでしょ。……どうしてまたあなたがいるのよ。それに、この寝ている私はどういうこと?はっきり言って、今夢を見ているっていう感じがしないんだけど。それに今なんであなた浮いてるのよ!」
時人はすぐには言葉を発せず、黙って窓枠に足を掛け、私の部屋へと入ってきた。入ると横のベッドで寝ている私をじっと見つめたあと、こちらを向いた。
「前にも言ったとおりここは夢幻郷です。……夢であって、夢ではない……という感じでしょうか」
「夢であって夢じゃない?どういう意味?」
今までにこやかに話していた時人だったが、今は真剣な表情となっている。
「来夢さんの現実な世界が表、となるならば、この夢幻郷の世界はその裏ということです。現実な世界と全く変わらない風景でしょう」
うっすらと見える私の部屋は、確かに一寸たりとも変わった様子はない。あの部屋がそのまま夜を迎えているという感じだ。さらに、時人は続けた。
「夢と感じないのは、来夢さんが夢幻郷へと踏み入れたからです。本来寝てしまうと意識もなくなりますよね。しかしながら、一度夢幻郷に踏み入れると、その寝るとなくなる意識が夢幻郷へ来るのです」
いまいち理解ができず、小首をかしげた。
「簡単に言うと、寝て見る夢が自動的に夢幻郷へ来ることになるのです」
「……見る夢が……ここに来ることになる……?じゃ、じゃあ今この世界が夢なら、どうして私自身がそこにいるのよ!それに夢なのにどうして現実と同じ構造なの!」
こんなに大声を出しても、ベッドの上に横たわる私は少しも動かず起きる様子もない。時人はベッドの横に片ひざをつけ、寝る私の顔を覗き込んだ。
「……何度も言いますが、ここは夢幻郷……夢の世界です。寝ることにより、現実から意識がなくなります。その現実から離れた意識がこちらの世界に来るのです。現実にいるほとんどの人は、この夢幻郷の存在を知らないでしょう。ですが、この世界はその意識で作られたものなのです」
「い、意識?意識だけでどうやってこんな世界が作られるのよ。寝ているだけじゃない」
「いえいえ。もちろん起きると、起きている間、この寝ている来夢さんは夢幻郷から消えます。ですが、次に夢幻郷に現れるとき同時に、来夢さんが記憶した意識のとおりに変化します。……なんでしたら試して見ますか」
そう言い終えると、時人はこちらを向き手招きをした。私は素直にそれに従い、時人の近くに寄った。すると、時人は隣の空いたスペースに招いた。
「こちらへどうぞ。さっきなぜ触るなと言ったのか、その理由をお見せします。……では、ご自身でこの寝ている来夢さんを触れてみてください」
「え?あなたさっき、いきなり大きな声上げて『触るな!』って言ったじゃない」
「まぁまぁ、気になさらずどうぞどうぞ」
ごまかすかのように、にこにこと笑っている。が、正直なところ、本当に私なのか試したいと思っていた。一呼吸入れ、目の前に寝ている私にそっと触れてみた。
すると、昨日の夢の終わりのように目の前がぼやき始めた。
――ちょっと!どういうことよ!……って声が出ない。
口を動かしているものの、声が出ない。口をぱくぱくさせている私を目の前に、時人は笑顔を崩さない。
「……なにかを変化させてきてくださいね」
手を振る時人が最後に見えた。
★ ★
思わず飛び起きた。
――こ、ここは……私の部屋よね。
周りをきょろきょろと見渡したが、間違いなく私の部屋だった。部屋の中は相変わらず暗い。が、先ほどまでいた時人の姿はいなかった。
何気なく枕元に置いてある目覚まし時計を手に取った。
――三時半!朝練があるのに早く寝なきゃ!……ええい、学校の準備してから寝よう!
眠たい目を必死に開け、なんとか準備ができた。スポーツバックと学校かばんを机の上に置き、さっさと布団に潜り込んだ。ちらりと窓を見ると、開いていた。どうやら閉め忘れていたらしい。
――もうめんどくさいやぁ。寝ちゃおう……。
★ ★
「おかえりなさい」
はっと気づくと、目の前に時人が立っていた。笑顔で私を迎えた。
「お、かばんを机の上に置きましたね。ほら、見てください。来夢さんが動かした通りでしょう」
時人が指差す方向に目を向けると、確かに私が置いたとおりにかばんがあった。ふと、投げ置いた目覚まし時計も見てみると倒れたままの状態だった。時計のすぐ隣には私がすやすやと寝ている。
「……もしかして、私が自分に触ると夢から覚めるってこと?で、でもあのかばんはあなたが動かしたのかもしれないじゃない」
ふう、と時人はため息をついた。
「来夢さんは本当に私を信用してくださらないですね……。では見ててください」
そう言うと、時人は投げ置かれ倒れている目覚まし時計を左手で触った。
「言っていませんでしたが、この夢幻郷では現実のものを一切動かすことはできません。……ほら、こんなにも力を入れているのにこの時計は動かない」
力を入れているのだろう、左手の甲に筋が浮き出ている。
「……ちょっと代わって」
そう言うと時人は素直に場所を譲った。腕の力に自信がある。両手で倒れている目覚まし時計に力を入れた。が、びくともしない。本当に動かないようだ。
「ね、私の言った通りでしょう。少しは信じてくれました?」
「少しね……」
そういうと時人はにっこりと笑った。
「この夢幻郷のことはお友達にあまり言わないでくださいね。あまり言うとあれですから……」
「あれってなによ」
時人はすぐには答えず、窓に向かうとその窓枠に座った。
「来夢さんの頭がおかしいと思われると、かわいそうですから」
と、心配する言葉とは裏腹に満面の笑顔だ。
「余計なお世話よ!もう香織には一度笑われ……て」
香織という言葉でぴんときた。
――香織で思い出した!私、寝る前に犯人捜しをどうしようかって悩んでたんだ!
自分で自分の頭をぽかぽかと殴った。
――私って薄情な奴!
「あの、いきなりどうしたんですか?」
私は時人を睨んだ。睨むと笑い顔が一瞬怯んだ。
「あなたがいきなり現れるもんだから、香織の犯人捜しのことすっかり忘れちゃったじゃない!私をからかう暇があるんだったら、あなたも少しは手伝いなさいよ!」
「……香織?あぁ来夢さんのお友達ですね。でも、なんですかその犯人捜しとは」
「昨日、香織のノートに悪質ないたずらがされてたのよ。香織はすっごい優しくていい子だから、犯人の目星がつかないの。でも早く見つけないと香織も不安だろうし……あの子優しい分傷つきやすいから。あぁでもどうしたら……」
「なるほど」
時人は考えるかのように腕組みをし、少し目を閉じた。
「まぁ夢の中のあなたに頼んだってしょうがないよね……」
ため息をつくと、時人はすっと目を開けた。
「……ひとまずその問題を解決しましょう。手伝います」
「え、あ、ありがとう」
冗談を言っているとは思えない真剣な顔つきに、疑いの余地はなかった。
――でも、『ひとまず』ってなに……。
「……そういえば、どうして浮くことができるの?夢でも重力あるみたいだし……。」
私はその場でジャンプをしてみせた。間違いなく重力はある。
「時人さんって何者?」
すると、真剣な表情から一変し、またにこっと微笑を見せた。
「……その質問はまた今度にしましょう」
「え、ちょっとどういうことよ」
が、また前のときと同じようにベルの音がガンガンと頭の中を響き渡り、私の視界はぼやけてしまった。
「では、いってらっしゃい」
最後に見たのは、またしても笑顔で手を振る時人の姿だった。
ここまでお読みくださいましてありがとうございます。
少々この物語とは関係のない話になってしまいますが、お許しください。
私、俗に言うケータイ小説ではなく、本当の小説というものを書きたいと思っています。……今書けているのかは置いておきます。
この小説家になろうさんのサイトではPDF小説という本格的な縦書きで読めるというものがあります。この物語をどうしてもこのPDF小説で載せたいと思っていました。そして、編集した結果見事PDF小説に変換されていました(泣)
しかしながらその結果、横書き表示で読むと字がごちゃごちゃとなり見にくいものとなりました……。横書きで読んでいらっしゃった方申し訳ありません。携帯でこの物語を見ていらっしゃる方は余計に読みづらくなったかもしれません。
ですが、縦書き表示だと多少は見やすいと思います。ですので、勝手ながらあらすじに縦書き読み推奨とさせていただきました。
縦書き読みを推奨することによって、読者様が離れるかもしれませんが覚悟の上です。読者様が一人であろうともこの物語は完結させるつもりです。
長々となってしまいましたが、これからも『目を閉じればあなたに逢える』をよろしくお願いします。日々文章力・表現力を向上させていきたいと思います。意見感想お待ちしております。