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【夢】28.ありがとう

 私の右手を時人が包み込むようにギュッと握り締めている。どれぐらいの広さなのかもわからない暗闇の中、ほっとした表情の時人の顔だけがぼんやりと見える。

「……時人?なんで……ここに」

「よかった……本当に、無事でよかった」

 ほっとしている時人から目を離し、周りを見渡せば黒一面で何もない。呆然と眺めていると自分の存在さえ消えてしまいそうだ。しだいに頭がぼーっとしてきて、眠気に近いものに襲われる。目を開けているのか閉じているのかさえわからない。何も考えられなくなってきて、このまま暗闇に身を任せたいという衝動に駆られた。

 そう思った時、時人が強く右手を握り締めてきた。

「来夢さん!意識をはっきりさせてください!」

 びくっとして視線を時人にゆっくりと移した。眉間に力を入れ、険しい顔している。目が合うとより強く右手を握ってきた。

「目を閉じてはいけません!永久に現実の世界に帰られなくなりますよ!」

「もう……帰られなくなってもいいよ。私……このまま眠りたい気分なんだ」

「駄目です!いいですか、よく聞いてください!私は本来自分自身の身体に戻れない身というのは先ほど説明しました。しかし私は今この場にいます。それは、吸い込まれてしまいそうになった来夢さんを離さなかったからです。ですがおそらく、来夢さんから手を離してしまったら、私は即夢幻郷へと戻ってしまうでしょう。そして来夢さんはこの暗闇の中で一生目覚めることのない眠りについてしまい、永久にここから出られなくなるんです!来夢さん、意識を私に集中させてください!絶対に寝てはいけません!」

 そう言うと時人は私を両手で抱き寄せ、きょろきょろと周りを見渡している。頬に当たる胸板は思ったよりもたくましい。真っ暗な暗闇しか見えなかった視界が、抱き寄せられたことによって淡い光に包まれる。石のように重くなるまぶたを必死に開け、時人の顔を見上げた。

「私が絶対に助けます!……ここは私の意識の中、必ずどこかに出口があるはずです!」

 まるで言い聞かせるように、必死の形相で何も見えない暗闇をあちこち睨みつけている。腕にも力がこもり、私をギュッと抱き寄せた。そんな時人の行動が無駄になっては申し訳ないと思い、眠気に耐える。目を開けるという意識をしないと、自然にまぶたが閉じてしまいそうだ。時人が言ったように、意識を時人に集中させた。

「ありがとう。……ごめんね、私、最後の最後まで時人に頼りっぱなしだ……」

「……どうして私の身体に触ったんですか?危険だということは前に言ったはずです。それに住人になろうなんて……一人しか駄目だと言いましたよ」

 顔こそこちらを向かないが、声の具合から怒っているようだ。前に進んでいるのか、時人の短い白髪が風になびくようにゆらゆらと揺れている。

「……だって、あのままもう時人に会えないなんて嫌だった。時人のこと忘れるなんて……寂しいよ」

「だから私は寂しくありませんって。心配してくれるのはありがたいのですが……」

「違う」

 はっきりとした言葉で、時人の言葉をさえぎった。いきなり言ったためなのか、少し驚いた表情をした時人は視線をこちらに向ける。

 その時人の目を見つめつつ、本当の気持ちを確かめるためそっと自分の胸に手を当ててみた。……見つめるだけで鼓動が早くなっていく。

 さっき私は、時人が寂しそうな顔をしていると言った。それは本当だった。だけど、それだけじゃない。仮に、この胸の鼓動がなくなってしまうと考えると、答えは簡単だった。

「私が……寂しいのよ」

 ようやく気がついた。この胸の苦しみ。難しいことではなかったのだ。

 時人が寂しいからといって、もう夢幻郷に来ることができなくなるからといって、何かしらの理由を無理やり作り誤魔化していた。

 時人と私の住む世界の違いからという理由で、気づかないフリをしていた。気づいてはいけないと思っていた。そうしないと辛い。

 辛いことには変わりはない。だけど、辛いからと言って自分の気持ちを誤魔化すことのほうがもっと辛い。寂しいという言葉に偽りはない。

「ら、来夢さんが……寂しい?」

 困惑した表情で時人が歯切れの悪い言葉を言っている。

 改めて思い返すと、こんな言葉を面と向かっていったのは初めてかもしれない。困惑するのは当然だと思った。もっと困らせるような言葉を言ってやろうかと思ったがやめた。これ以上時人の気持ちを知ることが辛い。だから、別の話を振った。

「……時人は、私がいなくなった夢幻郷を見てホッとでもするの?」

「え……あ、いや。……で、でも、確かにあちこち動かなくてもいいのでホッとするかもしれませんね」

「ふん……失礼なやつ」

 緊張していた時人の顔がようやくほぐれた。それを見た私の心臓はまた早く鳴り始めた。もしかすると、この鼓動が時人にも伝わっているのかもしれない。だけど伝わってもこれ以上は進まないだろう。時人もわかっているはずだ。だからこそ私を夢幻郷から追い出そうとしている。

 すると、なびいていた時人の髪が止まった。

「上に……うっすらと薄明かりが見えます」

 見上げる時人に釣られて、私も見上げてみた。真っ黒な空間に、うっすらと灰色の点が見える。薄明かりと言えるのかはわからないが、確かにそこだけ周りと違って見えた。近づいて行っているのか、時人の髪が再びなびく。

「もしかしたら、あそこから出られるのかもしれません」

 無音の暗闇の中、私と時人だけがいる。点だった灰色が少しずつ穴へと変化していく様を見ながらそう思った。あの穴に着く時間までが私と時人に残された時間なのだ。

「来夢さん、眠ってはいけませんよ」

 時人が見上げていた顔をこちらへと向ける。

「大丈夫です。もうすぐですから」

 にこっと笑顔を見せると、再び顔を上へと向けた。

 その『もうすぐ』ということ言葉が、私の胸をちくりと刺さった。

「……時人」

「はい、なんでしょうか」

「私を……夢幻郷に呼んで、後悔してない?」

「後悔……ですか?どうして」

 不思議そうに見る時人を見ながら、夢幻郷でやったことを思い出していく。遠い昔のようで長い時間のようで、眠気に襲われているせいのなのかついさっきまでのように思い出される。

「いきなり私の目の前に現れて、その次の日にはいきなり犯人探しの手伝いをしろって頼んで……。亀田さんの家に一緒に行って、調べたよね。それで次の日には、元気がなかった私を励ましてくれるためにキャッチボールしたよね。……あの時の時人下手だったね」

「……生きていた時ずっと寝ていたもので、あまりやったことがなかったんです。どうしたんですか、いきなり……」

「やったことなかったのかぁ。……そのあとは私とのおしゃべりにも付き合ってくれたでしょ。あと遊園地に押しかけて、いきなり不機嫌になって嘘のことを言ってきたよね」

 時人の言葉、顔が鮮明に思い出される。

 なびいていた時人の髪が止まると、不思議そうな顔をして時人が私の顔を見てきた。どうやら止まったらしい。

「来夢さん、どうして今そんなことを?」

 そんな時人の問いかけを無視して、再び思い出す。

 時人の瞳がじっと私を捉える。時人は確かにここにいる。夢だろうが、私を抱き寄せ見つめている。

「会って話したかったのに二日間時人は現れてくれなくて、なのに辛くて泣いていたらひょっこり現れて……。喧嘩になりそうになっても、時人は私の味方だって言ってくれて……私にはもう嘘をつきたくないと言ってくれて……嫌がらせがなくなったって私が言ったら、よかったって言ってくれて……」

 時人はきっと後悔している。

 時人は一緒に行動してくれた内面からも私を励ましてくれた。しかし、私が近づけば近づくほど時人の判断が鈍ってしまっていた。

「私じゃなかったら……図々しくない人だったら……時人は苦しんでなかったよね」

 ふと亀田さんのことが過ぎる。気持ちを伝えられず私を恨んでいた。周りを取り巻く環境が違えど、少し似ている気がする。

「私と……会わなければよかったね」

 口に出すとズキッと胸が痛んだ。

 私じゃなく、もっと別の人だったら時人も住人から解放されていたのかもしれない。時人に頼りすぎたばかりに、甘えすぎたばかりに、やりづらくなってしまった。私がいくら住人を解放してあげたいと思っても、こんな風に結局助けてもらっている。何もしてあげられない。時間がないのに私は眠気と戦っている始末。

――あんなに優しい言葉をかけてもらったのに、手伝ってもらったのに私は……。

 すると、時人が再びギュッと私を抱き寄せてきた。

「私は来夢さんが夢幻郷に来てくださったことに、後悔などしていません。むしろ感謝しています」

 はっきりとした口調で時人は言った。

「今おっしゃったことは、私一人では経験できなかったことです。それを来夢さんが教えてくれたんです。夢に逃げた私に、来夢さんは現実での素晴らしさを話してくれた。現実で会えるなら話し相手になると言ってくれた。その言葉がどんなに嬉しかったことか。……来夢さんは、一人ではわからなかったことを教えてくれたんですよ」

 微笑むと、再び時人の髪がなびく。後ろの遠くに見える穴も少しずつだが大きくなっていく。

 すると時人が突然抱きしめてきた。顔が時人の肩に乗り、私の頭に手が添えられる。身体から直接時人の鼓動が伝わってきた。

「会わなければよかったなんて……そんなこと言わないでください。わかりますか、私の心臓はこんなにも動いている。来夢さんと会うたびにひどくなっていったんですよ」

 そのまま時人は黙りこみ、しばらく抱きしめたまま動かなかった。私もゆっくりと時人の背中に手を回した。温かい。時人の鼓動なのか、自分の鼓動なのかわからないがドキドキとする。ずっと、このまま一緒にいられたらいいと思った。

「……来夢さんといると、死んでいるはずなのに生きているような感覚になれたんです。だけど……それは間違いです。私の勝手で来夢さんをこの世界に縛り付けることはできません」

 そう言うと、ゆっくりと肩を持ち体を離した。

「ですから……私は来夢さんを夢幻郷に来れないようにします」

 髪の揺らぎが止まった。ふと、見上げてみると点にしか見えなかった灰色が、人が一人通れるほどの穴になっている。

「……その穴から出ればきっと夢幻郷へ戻ることができます。ですが、身体になにかしらの影響があるかもしれません」

 時人は申し訳なさそうに、顔を背けた。

「なんで時人が……そんな顔しなきゃいけないのよ。私が触ったからいけないのよ……時人が気にすることじゃないよ」

「……なんとなくその影響について、予想できているんです」

「え……そうなの?」

 時人は心配しなくていいとでも言うように、微笑みながら首を横に振った。

「……夢から覚めると思えば大丈夫です」

「そう……」

 傷だらけになろうとも覚悟はできている。どうなるのかと詳しく聞いたところで、どうこうできるわけでもない。時人が大丈夫と言うならその言葉を信じたいと思った。

 時人は私から視線をはずすと、自分の予想している影響でも考えているのか悔しそうな顔をしている。私は肩に手を乗せている時人の手に、そっと手を重ねた。

「そんな顔しないで。最後ぐらい……笑ってよ」

 そんなことを言いながら、自分がうまく笑えているのか不安だった。時人は私の顔を見ると、笑ってくれた。

「……そうですね。あ、そうだ。来夢さんのその腕輪……譲っていただけませんか?」

「え……これ?」

 それは前に時人からもらった白い腕輪だった。私が左手首から腕輪をはずし、時人の右の手のひらに置いた。それを見つめながら、時人が言った。

「大事にしますね」

「……何、それを私だと思ってくれるわけ?」

 半分冗談で言ってみた。ところが、そう言われた時人は真面目な顔つきでこちらを見た。

「そうです。これさえあれば、私は一人きりではないと思えそうですから」

 優しい顔だった。何よりも好きだった。いつからなのか、どうしてなのか、自分でさえわからない。

 時人は私の左手を自分の右手の上に乗せ、腕輪と一緒に上から包み込んだ。

「今までありがとう」

 包み込んでいる時人の手を温かく感じる。何も見えない暗闇だからこそ、時人の気持ちが温もりが痛いほど伝わって来る。

 この言葉になんと返せばいいのだろう。伝えたいと思うのに言葉がうまく出てこない。

「時人、私……私……」

 必死に言葉を探しているうちに涙が溢れてくる。

「来夢さん」

 そう時人が言って、私の言葉を妨げた。時人の落ち着いた声が私の胸に響き渡る。

「今まで来夢さんにもらった言葉や力が、私を強くさせています。……これからは私と来夢さんがこんな風に会うことはないでしょう。ですが、互いに消えてしまうわけではありません。私はこの夢幻郷に、来夢さんは現実に戻るだけです」

 目の前が霞む。ただ涙が流れていく。

「……私はいつでも夢幻郷にいます。来夢さんが辛いときや悲しいときでも、私は見守っています。それをどうか忘れないでください。……もし、夢を忘れてしまってもいつか思い出すかもしれません。ですが、それだけで十分です。深追いしないで、現実を見つめてください」

「夢を……忘れる?思い出す?」

 一瞬時人の表情が再び曇ったように見えた。しかし、時人は私の言葉を気にせず再び微笑んだ。

「夢は夢幻郷に繋がっています。そして私はその夢幻郷にいる。目を閉じれば、夢の入り口。そして夢幻郷への扉」

 時人は私の両手を強く握ると、再び上昇し始め灰色の穴に向かって一直線に進んでいく。

「来夢さんが夢を見れば、私は来夢さんに会えます。こんな風に面と向かっては無理ですが、また会えるんです。目を閉じれば会えます。……いつかまた会いましょうね」

 そう笑い顔見せた時人の顔が最後だったと思う。

「時人……ありがとう」

 灰色の穴に二人で入った瞬間、私の記憶は消えた。両手に残る感触と胸の高鳴りだけを残して。


 更新が遅れてしまい申し訳ございませんでした……。

エピローグを入れてあと二話でこの物語は終了です。もう書き終えましたので、明日には完結させようと思っています。

期待にそえられる内容となっているのか不安ですが、お楽しみに。

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