【夢】2.出会い
いつもと違う感覚だ。私は今夢を見ているのだと、はっきり意識しているのに身体は起きている感じだ。恐る恐る腕に力を入れ、右腕を上へとゆっくりと動かしてみた。
――動いた。
このまま上半身を起こしてみた。
――起き上がれた。
夢なのか、夢ではないのか、いまだにはっきりとしないが目を開けてみることにした。夢なら覚めるはずだ。ゆっくりとまぶたを開けた。が、自分の部屋ではなく真っ暗な世界が目の前に広がっていた。黒一色だ。自分の手さえも見えないほどの暗さ。自分の存在さえあるのかどうかわからないほどだ。自分の部屋なのか確かめようと、床に手を触れてみるが布の感覚はなく、冷たくも暖かくもない硬い手触りだった。一体どうなってしまったのか。わけのわからない状況に、じわじわと恐怖が襲ってくる。
――誘拐?監禁?それとも、もう私は死んでしまった?
良くない考えが頭の中をぐるぐるしていると、真っ暗な世界に二つの灯りが見えた。小さかった灯りが、こちらに近づいているのか次第に大きくなっている。灯りが近づいてくると、その灯りが人であるということがわかった。どうやら身に着けているアクセサリーが光っているらしかった。逃げたい気持ちが強かったが、自分がどこにいるのかがわからないため動くことができない。
そうこうしている内に、その人は私の目の前に立ち止まった。思わず強く目を閉じた。
「初めまして、木元来夢さん」
男性のような声だった。殺気を感じない声に、恐る恐る目を開け、目の前にいるその人を見上げた。全身を覆うローブを身に付け、左手首に白く輝いている腕輪を、右手中指には同様の指輪を身につけていた。そのアクセサリーのためなのか、その人の周りに淡い光がまとわりついているかのように見える。色白の肌に流れるようにきりっとした目つき。短髪で白髪の髪は短く逆立っていた。鼻筋も通り悪くない顔だ。
「大丈夫です、私はあなたをとって食おうとは思っていませんよ」
そう言うと、一歩私に近づいてきた。思わず後ずさりした。
「やはり信用してくれませんよね」
すると腕組みをし、なにやら考え込んでいる。
なにか考え付いたのか、納得した表情で再び一歩近づいてきた。すかさず後ずさりをする。
「今この状況を簡単に説明します。まず、私ですが、あなたの敵ではありません。あなたにとって私は怪しい格好でしょうが、これは私の正装ですのでご了承ください。次にこの真っ暗な空間ですが、これはあなたの夢の中だからです。私があなたに触れてもよろしいのであれば世界を開きます。……おっと、触れるのはここですのでご安心を」
その人は自分の頭をつんつんと指で示した。終始にこやかに話しているが、どうも腑に落ちない。どもらないように、震える身体を必死に抑え声を絞り出した。
「夢の中ってどういうことよ……。それにどうして私の名前を知っているの」
その人は短くうなり声をあげると、ため息をついた。
「……わかりました。世界を開かせていただけるのでありましたら、質問にお答えしましょう」
そう言い終えると、つかつかと私に歩み寄ってきた。私は緊張のあまり動くことができない。もうだめだ、と思い強く目を閉じた。
――あぁ私の人生短かったな。
が、しかし。その人は私のすぐ前で立ち止まると、すぐに触れようとはしなかった。
「本当に何にもしませんって。……怖がらずどうか目を開けて下さい」
恐る恐る顔を見上げてみると、その人は少し困った顔をしている。どうやら本当に頭以外は触れないらしい。一つ息を吐いたその人は、私の前にひざまずいた。
「あなたを痛めつけるようなことは今後一切ありません。どうか私の言葉を信じてください」
まっすぐなその瞳に、思わずゆっくりとうなずいた。
――さっきからの口調といい、悪い人ではなさそうだよね……。
「では、よくご覧になってください」
そう言うと私の頭に右手をそっと乗せた。すると、今まで真っ暗だった空間に亀裂が走り、その亀裂から新しい空間が広がってきたのだ。その亀裂はあっという間に広がり、私の周り全てを覆った。
「こ、これは……私の部屋?」
真っ暗だった空間から姿を現した世界は、さきほどよりも少しだけ明るい私の部屋だった。明るいといってもたぶん夜だろう。明るいと感じるのは、さっきの空間があまりにも真っ黒だったためだ。その人は右手を私の頭から離すと、一歩下がり、おもむろにお辞儀をした。
「私の名前は時人。この世界は、夢幻郷。ようこそ、夢幻郷へ」
聞きたいことが頭の中でまとまらず、口を開けたまま声がうまく出せない。すると、突然目の前がぼやけ始めた。どこからともなく聞こえるベルの音が頭の中にがんがんと響き、目の前にいる時人の姿がどんどんと小さくなっていく。が、時人はにこやかに手を振った。
「おや、時間のようですね。いってらっしゃい」
★ ★
うるさい目覚まし時計の音のほうへ、無意識に手が伸びていた。
――ゆ、夢?!
時計を止め、思わず飛び起きた。
朝日が差し込む部屋は独特の淡い光に満ちている。部屋は私が寝る前と同じ状況で変わった様子もない。一つだけ違っていたことは、時人と名乗った青年が触れた私の頭に、その感触を残っていることだった。