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【夢】27.来夢の選択

 気づくと暗い部屋にいた。夢幻郷だと確認し、立っているベッドの横にそのまま足を抱えて座り込んだ。

 どうしようもなく憂うつだった。寝ながら考えてしまったのが原因なのか、胸がひどく重く苦しい。そっと胸に手を当てても、鼓動は治まる気配はない。時人が死んでしまっているという事実は信じがたかった。

 ふと、左手にはめている白い腕輪が目に入った。していることさえ時々忘れてしまう。だがそれは確かに、時人からもらってから夢幻郷へ来るたびに私の左腕に存在していた。

「来夢さん」

 腕輪を眺めていると、窓のほうから声が聞こえた。立ち上がり、窓へと歩み寄る。

「時人……」

 最近では珍しく窓枠に腕を乗せて待っていた。時人は私を見ると安堵の表情を見せ、そのまま窓枠をまたぎ部屋の中へと入ってきた。

「窓から見ても姿が見えなかったもので、いらっしゃっていないのかと思いました」

 ほっと胸をなでおろしている。しかし、私はまともに時人の顔が見れなかった。そんな様子に気づいたのか、時人が大きく息を吐く。

「……昨日は突然変なことを言ってしまって申し訳ありませんでした。来夢さんでも混乱しますよね」

「じゃああれは嘘だったの!」

 顔を上げ時人の顔をじっと見つめた。しかし、時人は悲しげに首を横に振った。

「いいえ。私が死んでしまっているのは本当です」

 まっすぐ見つめる時人。その視線から逃げたいがために、私は背中を向けベッドに向かおうとした。が、すぐに時人に腕を掴まれた。

 思いのほか時人の握力が強く、動くことができない。諦めて力を抜くと、時人もわかったらしく掴む力をやわらげた。

「……信じられないのはわかります。ですが本当なんです」

「目の前にいるのに死んでいるって言われても信じられないよ!」

 私が叫ぶと少し沈黙が流れた。私は時人に背中を向けたまま、時人がしゃべりだすのを待った。痛いぐらいの無音が耳を圧迫する。

 するといきなり、時人が私の腕を引っ張った。突然のことで時人の方に身体が向くと、時人は窓に向かって歩いている。

「ちょ、ちょっと!何するのよ」

 時人は窓枠に足を掛けると、こちらに振り向いた。

「今から私に会わせます」

 私は意味が分からず呆然とした。しかし、時人は構わず私の腕を掴んだまま窓から出た。

 前出たときは雲があった。今回もあると思ったがその雲がない。代わりに真下には地面が見えた。思わず目を閉じた。

「来夢さん今から上空へ行きます。……大丈夫ですよ、その腕輪と私が掴んでいる限り落ちませんから」

 落ち着いた時人の声にゆっくりと目を開けると、確かに落ちる気配がない。身体が軽い感じがした。左手首につけている腕輪がかすかに温かいような気がする。すると時人は掴んでいた私の腕を離すとパッとすぐさま私の手のひらを握った。

「では、行きましょう」

 私に微笑むと、そのまま上空を見つめ、まっすぐと上に飛び始めた。

 どんどん建物よりも上昇していく。ちらりと下を見ると、家が小さく見えた。あまりの高さに思わず時人の手を強く握る。時人を見ると、空を見据えたまま黙って真面目な顔をしていた。

 上昇していくと雲が近くなってきた。しかし、この雲もふんわりとしたようには見えずなにかコンクリートが浮かんでいるかのように見えた。時人はその雲を避けて通ると、その雲の上に足をつけた。私も同時に雲の上に乗る。やはり足場はコンクリートのように固い。かなり大きな雲のようで、広い雲の地上が広がっている。ただ、真正面の遠くになにか白い光が見えた。私がその一点を見据えていると、時人が一歩踏み出した。

「もうすぐですよ」

 私は手を引かれるまま、時人と一緒に歩み出した。

 少しぼこぼことした道が続く。歩く最中、時人は一言もしゃべらない。私も時人に対してしゃべることができなかった。黙々と歩き、遠くにあった白い光がだんだんと近づいてくる。近づくにつれ、その白い光は半球のような形をしていることがわかり、その半球である理由が何か台の上で光っているせいということもわかった。

 そして、その台の前についた。黒い台の上に白く輝く光の半球が乗っている。その半球の中には仰向けの状態で人が倒れていた。

「これが私です」

 時人はその人物を見つめながらそう言った。私の手を掴んだまま離そうとしない。その横顔を見ても何を考えているのかはわからない。驚く表情もせず、ただ黙って見つめていた。

 私は一歩前に踏み出した。その白い光の中、ゆっくりとその人物の顔を覗き見た。

 目を閉じて眠っている、ように見えた。短く逆立った髪は黒く、目を閉じていても分かるきりっとした目と整った顔。病院で着るようなガウンを身につけ、手はお腹の上で祈るように合わさっている。着ているものが違えど、その人物は紛れもなく時人だった。

「この人が……時人?なんで?どうしてこんなところにいるのよ……」

 呆然とその横たわっている時人を見ていると、隣にいる時人が落ち着いた声でしゃべりだした。

「……住人になると現実の私は自動的にこの黒い台の上に現れます。ここは現実での変化に左右されることがありません。どんなに現実が変化しようとも、現実での最後の姿はこうして保存されているのです」

 今にも起き上がりそうなほど、寝ているように見える。

「そして、この周りで光っている白い光は住人の証です。この白い光からこの腕輪と指輪が作り出されるのです」

 ちらりとその時人が身につけている腕輪と指輪を見た。確かに同じように白い光と一緒に光っている。

「特に、この右手につけている指輪は重要で、この指輪を次の住人に渡すことによって住人が入れ替わります。そして、指輪と腕輪を失った前住人は夢幻郷の束縛から解放されます」

「指輪……束縛……?」

 首をかしげると、その様子を見た時人が右手を白い光の中に入れ自分自身の身体に触れた。

「あ!」

 自分自身に触れるということは、現実の世界に戻るということである。それは体験済みだからわかっている。しかし、時人は触れたままだったが一向に消える気配がない。そのまま自分から手を離すと私を見た。

「住人である限り、現実に戻りたくても戻れないんですよ」

 弱く微笑んでいた。その顔はあまりにも寂しそうで、何か我慢しているような耐えているような表情だった。その顔は一瞬で、すぐまた私から視線を逸らしじっと己自身を見ていた。泣くわけでもなく、怒るわけでもなく、ただ黙って見つめている。つないでいる手も、力なく私の手を触っているような感覚だった。私は思わずその手をぎゅっと握った。それに反応した時人は少し驚いたような顔で私の顔を覗いてきた。

「……驚かれましたか」

 私は顔を伏せたまま思いっきり首を横に振った。

「……ところで、来夢さんの嫌がらせはなくなりましたか?」

 すぐには返答できなかったが、軽くうなづいて見せた。

「よかったですね、本当によかった。これでようやく来夢さんとの約束を果たせました。……といっても私はほとんど何もしていないんですけどね」

 ふふ、と時人が笑う声が聞こえた。それでも顔を上げることができない。

「最後に私のことを言うことができましたし……そろそろお別れの時間です」

 私は顔を上げなかった。顔を伏せたまま、頭の上から時人の声を聞いている。どうにかしないといけない、頭の中で必死になって考えていた。

「目の前にいる通り、私は自分自身の身体に帰ることもできず、もうこの夢幻郷の住人となっています。それは私自身が望んだことですし、もうどうしようもできません。こんな私に無理やり付き合ってもらった来夢さんには大変申し訳ないと思っています。本当に……早く気づけばよかったと後悔しています。私にとってこの夢幻郷は、私の暮らしそのものですが、来夢さんにとってこの夢幻郷はただの夢なんですよね。この数日間、変な体験をさせてしまってすいませんでした。どうか早く忘れて、現実での生活を楽しんでくださいね」

 時人の明るい口調が胸を苦しくさせた。何か言わなければいけない。目を強く閉じ、自分の気持ちに向き合った。

――あんたは時人に何を言いたいの!来夢、今しかないのよ!

 決心して、私は勢いよく顔を上げた。顔を上げると時人が優しく微笑んでいた。

「現実の生活を楽しむことなんてできない!」

 時人の視線から逃げず、見つめたまま強い口調で叫んだ。時人は小さな声で「えっ?」というと驚いた顔をした。私は構うことなく、握っている時人の左手を離しその手首についている腕輪を取ろうとした。

「ちょ、ちょっと来夢さん!何をしているんですか?」

 驚いた時人は、私の肩を掴んできた。それでも私はやめなかった。両手で腕輪を取ろうとしたものの、ぴったりとはまっているのかなかなか取れない。そこに肩を掴んでいる右手の白く輝く指輪が目に入った。標的をそちらへと移し、その指輪を時人からはずそうとした。片方の手で時人の手首を掴み、もう片方の手で指輪を握り取ろうとする。

「来夢さん!」

 悪戦苦闘していると、時人が私の手を振り払い両肩を掴んできた。真正面に驚いた顔をした時人がいる。

「一体いきなりどうしたんですか?」

「……その腕輪と指輪を取れば住人じゃなくなるんでしょ?だから取ろうとしたのよ」

 目線を逸らすことなく言うと、時人は一瞬目を見開き驚いていたがすぐにため息を漏らした。

「来夢さん、この腕輪と指輪は私の意思がなければはずれません。どうして取ろうとしたんですか?」

「あんたが……時人があんまり寂しそうな顔から……。せめて住人をやめさせてあげようって思った」

 すると一変、時人は険しい表情となった。

「住人をやめさせる?私は寂しいとは一言も言っていませんよ。それとも、来夢さんは私にさっさと死ねとでも言っているんですか?」

 私は黙って時人を見た。徐々に時人の口調が強くなっていく。

「私は三十年も前に死んでいるんですよ?住人をやめて、そこに寝ている私に触れるということは死を意味しているんですよ?それをわかって来夢さんはそんなことをしようとしたんですか!」

 私は思いっきり力を入れ、肩を掴む時人の腕を振り払った。

「わかってるわよ!信じたくないけど、時人はもう死んでるんでしょ?その上、こんな暗い世界に一人っきりなんて寂しすぎるよ!時人は言ってないかもしれないけど、表情が寂しいって言ってるの!」

 はっとした表情になり、みるみる時人の険しい顔が緩くなってくる。

「私をこの世界に引き入れたのも、その寂しさに耐えられなくなったからなんでしょ?」

「そ、それは……」

 時人は答えあぐねているように、視線を泳がしている。

「私は……時人が言ったように現実に生きている人間だよ。そんな私が時人のためにできることは、その苦しさを取ってあげることしかないの!私がいなくなったら、また時人は一人っきりになっちゃうんだよ?それなのに……時人のこと忘れて現実を楽しむなんて……できるはずない!」

 私は叫んだ勢いそのままに、台の上の光に包まれている時人を見た。

「来夢さん?」

 その様子を察したのか、怪訝そうに時人が私を見つめている。私はそんな時人をちらりと見て、すぐさまその台の上の光を見つめた。

「その腕輪と指輪が取れないんだったら、私も無理やり住人になればいいんだ」

「……何をしようとしているんですか?」

 感じたのか、時人が私の手を掴もうとした。しかし、私はそれよりも早く光の中に眠る時人に向かって手を伸ばす。

「私もこの光から腕輪と指輪をもらう!」

「なっ!だ、駄目です!」

 私が左手を伸ばし光に包まれた時人に触れたのと、時人が私の右手を握ったのが同時だった気がする。


 寝ている時人に触れた瞬間、目の前が真っ暗になった。目の前に見えた眠るように倒れている時人の姿も、一瞬にして消えた。

――私はどうなってしまったのだろう。……あぁ自分以外の人間に触れるなって時人が言ってたっけ。

 触れた左手さえも見えない。まるで初めて夢幻郷へ来たときと同じ環境だった。何も見えない。自分がここにいるのかさえわからない。

――けど、あの時よりは怖くない。私は自分でこの方法を選んだんだもん。

 暗闇に身をゆだねていると、じんわりと右手が温まってくるような感覚になった。右手が温まってくるのと同時に、左手首につけていた腕輪もそこにいるんだと訴えるように熱を帯びてきた。

――どうして?

 そのつけていた腕輪が淡く白く光る。そして、右手も淡く光る。右手が温かくなった理由。その淡い光によってその答えが照らされた。

「来夢さん……」

 私の右手を優しく包んでいる時人がいた。私の顔を確認するとほっとした表情をし、優しく微笑んだ。

 真っ暗で何も見えない空間の中、私と時人だけがいた。


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