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【現】26.封じた気持ち

 朝練習も身が入らない。何度もボールを見失ったり、ボールを変な方向へと投げてしまっていた。普段と違う様子に気がついたのか、着替える最中にクラブの子から声をかけられた。

「来夢、今日どうしたの?エラーばっかりしてたけど」

「え……あぁごめん。ちょっと考え事」

「なぁに、また亀田さん関連?」

「ううん、違うよ」

 ため息を漏らしていると、その子がにやりと笑う。

「もしかして……恋の悩みですか?来夢ちゃん」

 その言葉に思わず手が止まった。が、すぐにその言葉を振り払うかのように頭を振った。

「違うよ。……もう先に出てるからね!」

 勢いよく部室から出た。走りながらも言われた言葉が反復する。

――恋?違う。私は時人が死んでいるっていうことに驚いているだけよ。

 頭では否定した。が、胸は恋という言葉にドキドキとしていた。しかし、そんな高鳴りも空しく思える。私の心にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚だった。恋なのかと自問することも、それを否定することも、私は悲しく思えた。


 授業の間、集中することができないままあっという間に昼休憩の時間となった。

「らむ、昨日別れたあと……亀田さんとどうなったの?」

 私の席に駆け寄ってきた香織は手に財布を持ち、不安げに見つめてきた。私はかばんから弁当を取り出し席を立った。

「食べながら話すよ。……あとちょっと相談したいことがあるんだ」

「相談?……じゃあひとまず行こっか」

 香織と肩を並べて教室から出ようとしたその時。ぽんと背中を叩かれた。振り返ってみると亀田さんがいた。

「ねぇ私も一緒に行っていい?」

 にっこりと笑う亀田さんに、私と香織は驚いて顔を見合わせた。

「わ、私はいいけど……香織は?」

「え、うん。いいけど……。亀田さんこそ、山田さんと江口さんと一緒に食べなくてもいいの?」

 そう香織が言うと、亀田さんがあっちを見ろという風に視線を教室の中へと向けた。香織と私は不思議に思いながらも、その方向を見た。

 その方向には、山田さんと江口さんがいた。しかし、二人のほかにも女子が数人いる。なにやら楽しげな雰囲気のようだ。亀田さんのこと待っているような雰囲気でもなく、各自すでに食べ始めていた。

「……なんかあったの?」思わず口に出すと、亀田さんは構わず教室から出た。

「別に。……ほら、行くんでしょ」

 対して気にしていないようで、ざわざわと騒がしい廊下を歩き出していった。


「香織ちゃんに謝りたくって」

 昨日三人で座ったベンチに腰を下ろし黙々と食べている最中、突然亀田さんがそう言った。

 昨日と同様に、香織と亀田さんがいるせいで近くを通る男子がちらちらとこちらを見てくる。しかしそんな視線にもろともせず、亀田さんはいきなり頭を下げた。驚いた香織は、持っていたカレーパンを置き慌てふためいた。

「か、亀田さん!人が見てるよ」

「いいのよ。昨日ずっと考えてて……必死だったにしろ香織ちゃんに嫌がらせをしたのは間違いだったって思ったの。今更って思うかもしれないけど……ごめん」

「亀田さん……」

 すっと顔を上げた亀田さんの顔は気まずそうに、目線を下げていた。

「昨日、この人に無理やり連れられて池口くんと話したのよ」

 ちらっと私を見たあと、すぐさま視線を下げた。どうやらこの人というのは私のことらしい。

「正直、何を話そうか迷ったわ。二人っきりになったことなんてなかったし……だから、いっそのこと自分の気持ちを伝えようかと思った」

 香織も何も言わず亀田さんを見つめている。亀田さんは、下げていた目線を戻しふっと笑った。

「だけどね、気づいたのよ。池口くんは香織ちゃんしか見ていないって。すごく大事に思ってるんだってね……。それにそんな池口くんを見てたら、それでいいかなぁって思えてきて……。悔しいけど、池口くんが一緒にいて楽しい人が香織ちゃんならそれでもいい。池口くんの幸せを壊してまで自分が幸せになりたくないもの」

 そう言うと、持ってきていたペットボトルを開け一口飲んだ。長く息を吐くと、にやりと笑った。

「だけど、だからって安心しないでよね。池口くんがフリーになったら、今度は私が告白するから」

 香織はふふっと笑いながら、笑顔で答えた。

「わかった。絶対告白させないんだから」

 なにか曇りが晴れたかのように、二人の間に笑顔が戻っていた。二人がようやく友達となったような、そんな風に見えた。そんな二人を行き交う男子どもは、相変わらずちらちらと見ながら通り過ぎていく。しかし、二人はそんな視線など全く気にしていない。

「……待ってよ、私には謝罪の言葉はないわけ?」

 そう私が言葉にすると、亀田さんはじろりと私を見てきた。

「あんたには謝るっていう気が起きない。あんたが女の恋心を知らなかったからそんな風になったのよ」

「はぁ?何よそれ」

 すると、口の端を持ち上げにやりと笑った。

「だから、謝らない代わりに今度一緒に合コン連れてってあげるわよ。池口くんと会わしてくれたお礼も兼ねて、ね」

「ご、合コン?」

 聞きなれないその言葉に思わず顔が引きつった。

「い、いいわよ連れて行かなくても……。私誘うよりも、いっつも一緒にいるあの二人を誘いなさいよ」

 すると、笑っていた亀田さんの顔が急に真顔に変化した。その様子に思わず私と香織は首をかしげた。

「なによ、急に。やっぱりなんかあったの?」

「……あの二人は、香織ちゃんにもあんたにも謝らないわよ。さっきも二人を誘ったんだけど、自分たちには関係ないってさ。……だからもういいのよ」

 その言葉聞き、あの二人の高笑いを思い出した。亀田さんが言っても謝る気がないということは、初めから謝るつもりがなかったのだろう。呆れてため息が出た。

「亀田さん。二人と仲直りする間、もしお昼一人になっちゃうなら私たちと一緒に食べない?……ね、いいでしょ、らむ」

 ぱっちりとした香織の目が私を見つめてきた。

「あぁうん。いいよ」

 そう言い亀田さんの顔を見ると、目を見開き嬉しそうに笑っていた。しかしそんな亀田さんに対し、私はにやりと笑いながら続けて言った。

「ただし、私の目の前ではぶりっ子演じない、っていう条件付きでね」

 そう言うと香織がふふと笑った。一方亀田さんは明るい表情から一変、口の端を上げつつ鼻で笑った。

「ふん。あんたの目の前でぶりっ子演じて、なんの得になるっていうのよ。それより、あんた連れて本当に合コン行くから」

「……」

「男なんてごまんといるのよ。いつまでもうじうじしてらんないわ」

 本当に連れて行く気らしい。亀田さんは一気にペットボトルを飲み干した。が、私は合コンなど行く心の余裕がなかった。

 香織が小さな声で「あっ」と言うと、私を見てきた。

「そういえば、相談ってなに?」

 ぼーっとテーブルを眺めていると、いきなり香織に話しかけられた。思わずはっと正気に戻った。

 その様子を見た香織が不審そうに首をかしげた。

「……なんか今日のらむ、暗いよ?ぼーっとしてるし、ため息漏らしてるし」

「あら、何、あんたすでに恋の相手でもいたの?」

 にやにやとしながら、亀田さんが身体を乗り出してきた。亀田さんの言葉に香織までも、目の輝きが増したような気がした。

「……違うよ」

「じゃあ相談って何?」

 少し間を空けた。きっとそのままを言うと笑われるに決まっている。夢幻郷のことは伏せ、あくまで現実に例えて話すことにした。

「あのね、実は最近知り合った人がいてさ。毎日、会ってたんだ」

 二人は目をきらきらさせながら、私の言うことに耳を傾けている。

「毎日会うものだから、いつの間にかそれが当たり前になってたの。一緒にいてもいやじゃなかったし。だけど、突然今までの言葉は嘘だって言われて……」

「え?なにそれ」

 香織が驚いた顔した。しかし、構わず続けた。

「私もわけがわからなくてさ。おまけに、もう会えないって……。それだけで結構きつかったのに、今度は……遠い場所に行かなきゃいけないことがわかって……」

 輝かせていた二人の顔は、いつの間にか暗い表情になっていた。

 時人の言葉が再び蘇ってきた。死んでしまっている、いまだに信じられない。その言葉をどう受け止めればいいのか自分ではわからなかった。自分でも、どうしてここまでショックを受けているのかわからない。夢幻郷でいつも一緒にいた時人。それだけだと思っていた。なのに、この感情はなんなのだろう。

「どうしてその人は嘘ついてたって言ったの?」

「……私の信用を裏切りたくなかったって」

「もう会えないっていうのは?」

「……私と会うと、そいつがつらくなるんだって」

 すると、亀田さんが大きくため息をついた。

「あんたはその人のことどう思ってるのよ。その人はあんたに告白でもしたの?」

「し、してないよ!それに……私自身そいつのことどう思ってるのかわからないし」

 そう言うと、イライラしたように亀田さんが頭を掻いた。

「あー鈍感、超鈍感!それ、理由は知らないけどあんたのことかばってんのよ」

「か、かばう?なんで?」

 意味がわからず、ただ亀田さんの顔を見た。そんな私を見て、また大きくため息をついた。

「はぁ……そんなの決まってるじゃない!あんたのことが好きなのよ!」

 思いも寄らぬ言葉に、ただ呆然とした。隣にいる香織は、亀田さんの言葉にうなづいている。

「だよねぇ。信用を裏切りたくないとか会うとつらくなるとか……普通そんなこと言わないと思うよ」

「ちょ、ちょっとまってよ。……そんな、好きとか……私、困るんだけど……」

 思わず頭を抱える。

――時人が……私を好き?嘘でしょ……。私はただ、夢幻郷に一人だった時人が寂しいから言ってるものだとばかり……。

 すると、チャイムが鳴り響いた。次の授業の五分前には鳴るようになっていた。食堂の周りにいた人たちも、慌てた様子で教室へと走っていく。

「あ、予鈴だよ!亀田さん、らむ教室へ帰らなきゃ」

 亀田さんと香織がそれぞれ残骸をゴミ箱へ捨てて、席を立った。私も焦点が合わないまま席を立つ。すると、香織が一言言った。

「らむ、その人のこと嫌いなの?好きなの?……らむってはっきりしないと気がすまないタイプでしょ?きっと、わかっているんだけど気づかないフリをしているだけじゃないかな」

「香織……」

 私たちは教室まで走っていった。走ったおかげでなんとか間に合った。しかし、私は授業が始まっても上の空だった。

 気づいていないフリをしているのか、ずっと自問をした。それでもわからない。時人も私のことをどう思っているのか、亀田さんが言ったことはあくまで予想だ。しかし、考え直してみるとそうかもしれないと思えてきた。ただ、そう思うと余計に胸が苦しくなった。


 あっという間に時は過ぎ、気づくと一日が何事もなく終わり家に帰っていた。心配していた嫌がらせもなかった。が、それは同時に夢幻郷との別れを意味している。ベッドに仰向けに寝転がり、香織と亀田さんの言葉を思い出した。

 時人が私を好きだとしたら……その気持ちを隠して私と別れようとしている。きっとそれは自分が死んでしまっているからだ。が、死んでしまっているというのがどうしても信じられない。いや……信じられないのではなく、信じたくないのだ。

――どうして信じたくないんだろう……この気持ちが恋だから?時人のことが好きだから?

 胸がドキドキした。が、そう思えば思うほど悲しくなる。自然に涙が溢れてくる。

――ううん……違うよ。時人は夢にしかいないんだよ……もう会えないんだよ……死んじゃってるかもしれないんだよ。そんなの……つらいだけだ。

 必死に自分の思いを封じ込めながら、いつの間にか眠りについた。最後かもしれない夢幻郷へと誘われる。


お読みいただきましてありがとうございます。


まだ執筆していないので、正しくは言えませんがあと3,4話で物語が完結できるのではないかと思っています。

拙い文章ではありますが、最後までお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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