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【現】20.分かり合える関係

 今までの中で一番、やりづらい朝練となった。守備の連携もそれほど乱れてはいないものの、ぎこちなかった。練習の最中話しかけるタイミングがなく、あっという間に終わってしまった。が、着替えるときにチャンスがやってきた。

「あ、あのさ!みんな、私がクラブのことどうでもいいなんて言ったこと……信じてるの?」

 着替えていたみんなの手が止まった。

「確かに最近はちょっと集中していなかったかもしれない、でも、そんなこと全然思ってないよ」

 そう言うと、みんなそれぞれ顔を見合わせていた。戸惑っている。が、一人の子が口を開いた。

「来夢それ本当?何を信じればいいのか……」

「言ってないよ。第一それ、誰に聞いたの」

「……」

 再びみんなが顔を見合わせている。が、一人の子が一つ咳払いをすると私の前に歩み寄ってきた。

「実はね、来夢のクラスの亀田さんたちから聞いたのよ。……三人とも同じようなこと言うし、嘘ついているようには見えなかったから」

「か、亀田さんたちですって?いつ!」

「昨日の昼休憩だよ。……わざわざ私のクラスに来たの。でも……確かに今思えば、なんでわざわざ言いに来たのかな」

 着替え終えたみんなは次々と首をかしげている。

「で、それを信じたんだ」

 あまりいい気分でもなかったので、みんなを睨むように言ってしまった。するとみんな苦笑いを浮かべている。

「あ、いやだってさ、ら……来夢も認めたじゃん。近頃集中してなかったって。そこに、クラブなんてどうでもいいみたいって言われたらムカってきちゃってさ……」

「そりゃ確かに集中してなかったのは認めるよ!でも、ひどいよみんなして私のこと無視するなんて……。私はそんなこと言ってもないし思ってもない!」

 頬を膨らませながら大声で言った。すると、どこからともなく笑い声が聞こえる。

「わかったわかった!そんな顔しないでよ。……そんなこと思ってたら朝早く起きて朝練なんか来ないもんね。今日、来夢が朝来た時点で違うかなぁって思ってたよ、みんな」

「だったら何で話しかけてくれないのよ!」

「なんか……話しかけづらくて、ねぇ」

 うんうん、と周りにいる子たちが何回もうなづいている。

「だって、変に来夢も暗い感じだったし」

「なんか本気でそう思ってるのかなぁって思っちゃったんだよね」

 くすくすと笑いながら言っている。

「でも、そうじゃなかったみたいだね。よかった、そんな奴じゃないもん来夢。ごめんね、無視しちゃって」

 あまりのあっさりとした謝罪に、呆気に取られてしまった。他のみんなも口々に「ごめん」と両手を合わせ拝んでいる。

 が、らしい謝り方と言えばそうだった。ねちねちせず、サバサバした関係。試合に負けても誰を責めることもなく、試合に勝てば思いっきり喜ぶ。時間を多く共にして、それぞれどんな性格でどんな子なのかわかっている。

「言葉だけでもあれだから、今日はおごってあげるよ。だから、みんなカンパしてね」

「おっけー」

 笑い合うみんな。その輪の中に私がいる。

「ったくしょーがないなぁ。それで許してあげるよ!」

 昨日のもやもやした気持ちはなくなっていた。今、心から笑っている。傷ついたのは確かだったが、なぜかその傷は深くなかった。


 今日も体育がある予定だ。昨日濡れた靴は一晩で乾いたのだが、今日もやられるかもしれない。少しだけドキドキしながら、香織と一緒に下駄箱へ向かう。

「今日こそは片付け押し付けられないように間に合うように行かなきゃね」

「うん、そうだね」

 私の前を行く香織は、そそくさと靴に履き替える。こちらを向いていないのを確認すると、そっと自分の下駄箱を見てみた。

「今日は何もされてない……」

「え?何?」

 思わず声に出てしまった。不審そうに振り向く香織。慌てて靴を掴み、地面へ靴を放り投げた。

「え、いや、なんでもないよ」

「ふーん……。あれ、靴の中からなんか出てきたよ」

「え?」

 放り投げたせいで、靴は倒れている。その横になっている靴から、なにかの草の根のようなものが出てきた。

「え、なにこれ」

 片方の靴を取り上げ、逆さまにしてみると黒土が出てきた。少しの量ではなく、ざらざらと出てくる。黒土と一緒に雑草が何本か出てきた。

「な、なんじゃこりゃ!」

 もう一方の靴も逆さまにしてみると同様に黒土と一緒に雑草が出てきた。

「……誰かが入れたのかな」

「かもね。私入れた覚えないし、まさか雑草がこの靴の中から生えてくるわけないしね」

 ため息を漏らしつつ、中を綺麗にし靴を履いた。

「ま、いいよ。ほら、香織行こう!」

「う、うん」

 濡れた靴よりもマシ。そう思うと別段気にならなかった。が、やはり嫌がらせをしているやつはまだ続けるつもりだということだけはわかった。

 今回の体育は遅れることもなかったので、片付けは押し付けられなかった。しかし、一人遅れた子がいて先生はその子に片づけを押し付けた。昨日片付けた身として、一人だと大変だとわかっていたのでその子を手伝うことにした。香織も嫌な顔することなく、三人で一緒に片付けた。

「本当にありがとう、来夢ちゃん香織ちゃん!」

 大げさにその子が私と香織に抱きついてきた。よほど嬉しかったらしい。

「うわ、いいっていいって!昨日片付けたときに大変ってわかってたから。ね、香織」

「うん。でもやっぱり三人だと早かったね」

 三人で道具を片付けたが、一番最後に教室へと入った。そこで、また昨日のことが頭を過ぎる。また机が倒されているかもしれない。が、倒されてはいなかった。しかし、畳んでおいた制服がなぜか乱れている。不審に思い首をかしげていると、近くにいる子が話しかけてきた。

「あ、来夢ちゃん、今日も机倒れてたよ」

「えっ!そうなの?」

「昨日は直し損ねたから、今日はちゃんとしておいたよ。本当バランスが悪いんだねぇ」

「あ、ありがとう。そうだねぇ……」

 笑いながら話すその子は、本当にバランスの悪い机だと思っているらしい。しかし、机が倒れていたことには間違いない。ちらりと亀田さんたちを見てみた。会話までは聞こえないが、口元の動きを見ると『最悪』やら『リアル』と言っているように見えた。それを見ていると、時人が悪夢を見せると言っていたことを思い出した。

 今日はそれ以上の嫌がらせはなかった。が、あの三人組は話しかけても来ないし、といって悪口を言うわけでもない。ただ、ちらちらと見られているような気がした。香織にも同じ態度だったが、文句や悪口を言うわけでもない。というより、べったりというわけではないが香織の近くにはいつも池口がいる。たぶん、池口も香織に嫌がらせをした犯人が気になるのだろう。そう思うと、池口は香織を大切に思っているんだなぁと感心した。亀田さんはその様子を見るとすぐに目を逸らしていた。私にはその仕草が、現実を受け入れていないように見えた。


 放課後。いつもならここで香織とは別れる。私はクラブへ行き、香織は家に帰る。が、なぜか今日は香織がクラブへ行くと言い出した。

「なに、ソフト部に入部でもするの?」

 からかうように言ったつもりだったが、香織はにこりともせず真面目な顔つきで言った。

「ううん。クラブの人たちにちょっと言いたいことがあって」

「言いたいこと……?まぁ、じゃあ一緒に行こうか」

 いつにもまして真面目で少し怒っているような表情の香織。つんとした横顔に首をかしげつつも、一緒に部室へ行った。

「ちわーっす」

 ノックもせず、いつものようにドアを開ける。狭い部室の中には同級生がほとんど揃っていた。みんな着替え終え、それぞれの道具を持ち出そうとしているところだった。

「やほ。来夢が今日は最後だね。……あれ、後ろに誰かいるの?」

 後ろにいた香織に気づいたらしく、みんな身体を傾け覗き込もうとしている。が、香織が私の後ろから出てきて私の前に出てきた。

「おー初めまして!静山さんだ」

 まるでアイドルに会ったかのように、みんなが驚きと歓声の声をあげた。初対面のはずだが、やはりみんな香織のことは知っているらしい。香織は予想外の出迎えに驚いた表情をしたが、すぐに真剣な顔へとなった。その表情にみんなが少し引いた。

「らむはクラブのことどうでもいいなんて思っていません!らむのこと、悪く言わないでください」

 香織が怒ったような声でそう言った。いきなりのことにみんな目を見開き、驚きの表情を浮かべた。私もきっと同じような顔だったと思う。

「らむは何に対しても全力なんです。本当に、本当にそんなこという子じゃないんです!だから……」

「か、香織!あの……どうしたの?」

 興奮している香織の肩を思わず掴んだ。振り返った顔は目を潤ませ、泣きそうな顔をしている。

「だ、だって……」

 すると、驚いた顔をしていたクラブのみんなが一気に笑い出した。香織はわけがわからないらしく、きょろきょろとしている。

「はは!要するに、来夢のことを私たちがいじめてると思ってきたのね。いじめてない、いじめてない!」

「力で勝負しても私ら負けちゃいそうよね」

 笑い合うみんな。その様子が理解できないようで呆然とする香織。私はみんなの前に行き、一番前にいた子の頭を軽く叩いた。

「いて」

「笑いすぎ。……香織、もしかして池口から話聞いたの?」

「うん……。まさ……い、池口くんから来夢の様子がおかしいって聞いたから」

 気のせいか一瞬下の名前が聞こえた気がした。香織は申し訳なさそうにうつむき加減だ。が、みんなは池口という名前に反応し、私を押しのけて香織の前に集まった。

「え!まさか……まさかあの野球部のイケメンと……付き合ってるの?」

「え……あの……は、はい」

 その後ぎゃーぎゃーとうるさいみんなを落ち着かせ、香織はみんなに疑ってしまったことを謝罪した。が、みんなはそんなこと忘れてしまったかのように、あれこれ池口のことを聞いていた。

 どうやら香織は池口からソフト部の様子がおかしいと聞いたようで、わざわざ私のことをかばうためについてきたらしい。香織はどちらかと言えば控えめなほうだったので、これには驚いた。しかし、驚いたよりも嬉しさのほうが強かったかもしれない。あの香織が私のために、わざわざ知らない人が集まる部室へ行ったのだ。池口のおかげなのかは知らないが、香織が少しずつ変わり始めているような気がした。

 その日は、クラブが始まる前に香織と別れた。そしていつものようにクラブに打ち込んだ。昨日のことが嘘かのように楽しい時間だった。


 家に帰り用事を済ませ、ベッドに横になった。

『嫌がらせがなくなれば、こちらへ来ることができないようにします』

 自然に時人の声が蘇ってきた。しかし、今日もそれらしいことがあった。それを考えるとため息が漏れるが、どこか複雑な気持ちになった。

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