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【夢】19.溢れ出す感情

 眠ると否応なく夢幻郷へ来てしまう。今日も気づくとベッドの横に立っている。今日はあえて窓を開けっぱなしにしておいた。暗く音もしない世界に一人っきりなのは、つらかった。

 しゃがみ込み、今日起こった出来事を思い起こした。

 濡れた靴、倒された机、散らばるノートと制服、そしてクラブに流されたデマ。

――どうしてこんな目に合わなきゃいけないのよ。

 やはり誰がやったのか気になった。が、浮かんでくるのはあの三人組だった。どう考えてもあの人たちしかいない。

――でも、なんの証拠もない。下手に騒げばまた香織に迷惑かける……。それに違うかもしれない。

 一人考えれば考えるほど、もやもやした気持ちが広がっていく。

 誰かに聞いてもらい。そう思った。が、幸せそうな香織にこの話題を言うのは申し訳なかった。なにより心配させたくなかった。

 クラブのみんなに愚痴ろうかと思った。が、デマのせいで会話どころではなかった。正直なところショックだった。香織と一緒にいるよりも、時間を多く付き合っている仲だ。きつい練習にも一緒に耐え、励み、一緒に泣いたり笑ったりしてきた。痴話げんかぐらいなら何度かあった。が、口を利かなくなるほどのものではなかった。クラスのみんなから無視されたことよりも、クラブの同級生からの無視のほうがつらかった。今まで築いてきた信頼が一気に崩壊された気分だ。

――どうして……。なんで……。

 誰かに聞いてもらいたい。が、今いる夢幻郷は私にとって最悪の場所だった。暗く静か過ぎる空間。私の中で巡る悪い考えがずっと滞ってしまう感じがした。

――私以外誰もいない……誰も私のことなんて心配していないんだ。

 前向きと思っていたはずが、この夢幻郷はそんな私の性格さえ変えてしまいそうだった。悲しい。苦しい。

「……もう……つらいよ」

 思わず言葉に出てしまう。そんな言葉さえも夢幻郷は許さないかと言うかのように、響くことなくすぐさま消え去ってしまう。

 耐えられなくなり、涙が頬を伝っていく。

「……来夢さん」

 後ろの窓の方から、低い男の声がした。

「何かあったんですか?」

 振り返って窓を見上げると、そこには心配そうな顔をしている時人がいた。

「と、時人……なんで……」

「泣いていたんですか。……何があったんですか?」

 慌てて涙を手で拭った。しかし、時人は窓を飛び越えると私の目の前に着地した。そしてそのままひざを折り私の顔を心配そうに覗きこんできた。

「な、なんでもないよ。ちょっと欠伸しただけだよ……」

「……そうですか」

 じーっと見つめてくる時人の目線に耐えられず、顔を背けた。時人は黙って立ち上がると、そのままベッドの上に眠る私の近くに移動し、右手を伸ばした。

「来夢さんが言うつもりがないのであれば、実体の来夢さんに聞くまでです。……少し待っていてください」

 そういうと時人は寝ている私のおでこに右手をそっとあてた。すると、時人の身体に空洞ができていき、あっという間に時人はいなくなってしまった。前に一度見ているのでそれほど驚かなかった。

 さほど時間がたたないうちに、寝ている私のおでこから白い光が出てきた。その白い光は時人の格好をかたどっていき、その白い光の中から時人の姿が現れた。時人はゆっくりと振り返り、私の前に座り込んだ。が、私の顔を見つめるだけで何も言ってこない。

「……み、見えたの?」

「はい」

 私がしゃべるのを待っているかのように、時人はそれ以上口を開かなかった。

「……香織とね池口が付き合うようになったのよ。お似合いでしょ」

「そうですね、美男美女のカップルでした」

「……香織と私のクラスの誤解も解けたんだ」

「ですね」

 目を泳がせていると、時人はふぅと息を漏らした。

「来夢さん、私は知っていますよ。今どんなにつらい思いをしているのかを」

 そっと時人の顔を見た。微笑んでいた。

「私でよければ愚痴の捌け口になります。幸い、この夢幻郷には私のほかに誰もいません。叫ぼうが怒鳴ろうが、文句を言う輩もいませんよ」

 時人は少し前に寄ると、私の手を両手で包んだ。

「そんなに泣くのを堪えないでください。一度思いっきり泣けばいいんです。きっとその方が楽になります」

 眉間に力を入れていたのが抜けていく。時人の声が寂しかった心に届いて暖めてくれるような、そんな感じがした。何かがこみ上げてくる。精一杯堪えた。すると、時人は私の手を引くとそのまま立膝をつき、そっと抱きしめた。引き寄せられた形になり私も立膝をついた。一瞬頭が真っ白になってしまった。抱きしめている時人が少しだけ温かく感じる。

 と、私の中で何かが切れたような気がした。そう思った瞬間、目から涙が溢れ出す。止まらない涙。顔を時人の肩に押し付け嗚咽を漏らし泣いている。恥ずかしさと悲しさ、もやもやした気持ちが涙として出て行く。

 そんな私を時人はからかうことなく、ただ黙ってそっと抱きしめてくれた。


 私が落ち着いたところで、二人で並んで壁にすがり座り込んだ。

「ありがとう、泣いたらすっきりした」

 久しぶりに思いっきり泣いたせいか、声が鼻声になっていた。時人は微笑んだ。

「いいえ。それならよかったです」

「……どうして一昨日と昨日、姿を現さなかったの?」

 そう言うと、時人は少し考え込むように俯き、長く息を吐いた。

「……本当は、もう来夢さんの前から消えようかと思いました」

「え?」

「ですが、来夢さんへ嘘をついてしまったことのお詫びを何もしていませんでした。何をすればいいのか、考えていました」

 ゆっくりと時人がこちらを見た。まっすぐ私を見つめている。

「先ほどの夢を見て、思いました。今、来夢さんを苦しめている人をやめさせます」

「や、やめさせるってそんなことできるの?」

「私は夢幻郷の住人です。その人に悪夢を見させ、どれだけ来夢さんが傷ついたのかを体験させます」

 冗談を言っているようには見えない。淡々をした口調でさらに続けた。

「来夢さんの予想ではあの三人組のようですね。間違いないのか、夢を見ればわかります。違っていても探すまでです。私が必ず来夢さんへの嫌がらせをやめさせます。……それが来夢さんへのお詫びということにさせてください。私にはそれぐらいしかできません」

 申し訳なさそうに目線を下げた。が、私は私の目の前から消えるという時人の言葉が引っかかった。どうも最近の時人はおかしい気がする。今までたまっていたものが一気に口から出てきた。

「そ、それはいいんだけど、どうして私の前から消える必要があるのよ。なんで?どうして?嘘のことだって、どうして私に言うのよ。黙っておけば私気づかなかったよ?どうして?ちゃんと答えて」

 時人は目を閉じ、大きく深呼吸をした。ぱっと目を開くと立ち上がった。そして、そのまま私に背を向け、窓から外を眺めた。今にも出て行きそうな雰囲気だ。

「ちょ、ちょっと!逃げる気?答えてよ!」

「私は……」

 つぶやくような弱々しい声だった。少し黙ったあと、再び時人は口を開いた。が、こちらを向かず背を向けたままだ。

「これ以上来夢さんと一緒にいると、持ってはいけない感情が出てきていることに気づいたんです。絶対に持ってはいけなかった。持つと……つらいだけなんです。だから姿を消しました。嘘のことは、来夢さんに嫌われようが、信用を裏切りたくなかったんです。何より嘘をついているという罪悪感に耐えられなくなった。しかし……そう思う時点で、すでに私は……」

 言葉を飲み込むように少し黙り込んだ。大きく息を吸い吐くと、すぐに口を開いた。

「……来夢さんへの嫌がらせがなくなれば、来夢さんがこちらへ来ることができないようにします。本当にすいません。でも、わかってください」

 時人は振り返ることなく、そのまま窓から飛んでいってしまった。慌てて立ち上がり、窓から外を見たがすでに時人の姿はなかった。

「なんでいっつもはっきり言わないのよ!言われる身にもなってみろっての!時人の馬鹿!」

 歯切れの悪い時人の言い回しに、思わず誰もいない暗い空間に向かって叫んだ。が、当然時人は戻ってこない。

「……こっちに来ないようにするって、時人が私を呼んだんでしょうが!呼んでおいて来ないようにするなんて勝手すぎるのよ!そんなことさせないわよ!」

 そんな叫びもむなしく、すぐさまかき消される。私の荒い息だけが聞こえていた。

――来ないようにするって……嘘でしょ。

 時人に問うこともできず、また夢から覚めてしまった。


テンポが悪くて申し訳ありませんorz

ここまでお読みいただいている方には本当に感謝いたします。私が今、執筆する原動力となっています。

今後ともよろしくお願い申し上げます。

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