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【現】18.異変

 あっという間の二日間だった。土曜日のドリームフィールドパークは終始円満で終わった。香織と池口は付き合うようになり、やきもきしていた私はほっとした。新拓さんも諦めてくれたようで、二人に対して特に何も言わなかった。

 日曜日は雨も上がり気持ちの良い晴天となった。土曜日の分も取り返すように、一日中クラブ漬けだった。

 くたくたで早めに眠りにつき、いつものように夢幻郷へと入った。しかし、時人はその夜も現れなかった。時人がいない夢幻郷は何の魅力も感じなかった。


 朝練を終え、いつものように教室へ入った。が、やはりクラスのみんなは私が見えないように無視をしていた。挨拶をしても返ってこない。直接は見られていないがどこか冷たい目線を感じる。うんざりしながら席に着くと、すぐさま香織が来た。

「おはよ、らむ。やっぱりみんな無視……してるよね」

「おはよ。してるね。はぁ、実際つらいよね。……あれからどうなのよ池口とは」

 そういうとしょんぼりしていた香織は一変、嬉しそうににこっと笑った。

「池口くんとは夜とか電話したりメールしたりしてるよ」

「ほほぉ、なかなか幸せのようで。……お、旦那が登校してきましたよ」

 後ろのドアから荷物を提げた池口が入ってきた。私のときとは打って変わり、近くにいた人たちが声をかけている。池口も男子からも女子からも好かれている。だから、池口と香織のカップルは文句なしのお似合いのカップルなのだ。

 私たちが見ていたことに気づいた様子で、池口は机の上に荷物を置くとすぐこちらへやってきた。

「おはよ」

「おはよう、クラブお疲れ様」

 香織が嬉しそうに微笑みながら言った。池口も照れくさそうだ。

「おはよ。朝から熱いわね。それに気のせいか、あんた教室来るの早くない?」

 図星だったのか、池口は誤魔化すように咳を一つした。

「ば、馬鹿いつもこの時間だろ。んなことより、お前と香織の誤解を解こうと思ってさ」

「……誤解?」

 首をかしげる香織。が私は内容よりも、池口が普通に“香織”と言ったことに耳を疑った。

「ちょっときて」

 すると池口は香織の手を握り、そのまま教卓の前に連れて行った。香織も抵抗することなく、手を握ったまま池口の隣に立った。

――池口ってあんなに大胆な奴だったのか……。

 驚きすぎて口が開いたままだった。周りの人たちも、いきなり前に立った二人に何が始まるのかとざわつき始めた。すると、池口はいきなり香織の肩を引き寄せた。

「みんな、俺、香織と付き合うことになったから」

 そう言った瞬間、クラスは一気に静まり返った。

 香織は顔を真っ赤にしながら池口を見ていた。池口は白い歯をのぞかせながら嬉しそうな顔をしている。

「ちょ……マジかよ池口。静山さんってさ……あれなんだろ……その」

 静まり返っている教室の中、クラスの男子が歯切れの悪い口調で言った。目をあちこちに泳がせ言いづらそうだった。が、池口はそんな態度を取られたことに怒ることもなく、ちらりと香織の顔を覗いた。香織は申し訳なさそうに顔を俯かせていた。池口はそんな香織の背中をぽんっと優しく叩いた。そっと顔を上げる香織。

「香織、困ったときに俯くことは仕方ないと思う。でも、俯いてばっかりだとなんの解決にもならない。自分の言葉で言ったらきっとわかってくれるよ。……わからねぇ奴がいたら俺がぶっとばしてやるし」

 にかっと笑う池口。みんなそんな池口の様子に唖然としているようだ。

 香織は唇をかみ締め、うなづいた。

「……木元もこっちこいよ」

「え、は、はい!」

 池口にいきなり呼ばれたので、声が裏返ってしまった。慌てて香織の横に立ち並んだ。見ると、みんな睨むようにこちらを見ている。隣の香織は、深呼吸をすると、似合わない大きな声でしゃべり始めた。

「……み、みんな!この間は私なんかのためにごめんね。本当に迷惑かけてしまって……でも、みんなの心遣い嬉しかったよ!それで……あのノートと手紙のことなんだけど……本当にもう気にしていないから。誰がやったのかって気になるけど、もう本当にいいの。もし、このクラスの人だとしたら……今度はその人が私と同じことされちゃうかもしれないでしょ?許したわけじゃないけど、その人が自分から言ってくれるのを待ちたいから……。すぐには信じてくれないかもしれないけど、これが本当の気持ちだから。ちゃんと言えなくてごめんなさい!」

 深々と頭を下げる香織。頭を下げたと同時に、みんな慌てた様子でざわつき始めた。

「し、静山さん顔あげて!」

「そこまでしなくてもいいよ!」

 そんな声があちこちから聞こえてくる。その声に申し訳なさそうに顔を上げる香織。私も一歩前に出て咳払いをしたあと口を開いた。

「その……私もごめん。……ちょっと言い過ぎたかも」

 みんなの前で謝ったことはないため、なぜか恥ずかしくなった。顔を上げることができず目線を下げた。

 少し沈黙が流れたが、なぜか笑いが起こった。

「木元がそんな顔するなんて気持ちわりぃよ!」

「何照れてんだよ」

 顔上げてみると、男子の笑い顔と女子の笑いを堪えている顔があった。香織とは違う反応に少し腹が立った。

「こ、こっちが謝ってんのに、なんで笑われなきゃいけないのよ!」

「お、いつもの木元じゃん!」

 するとみんな笑った。馬鹿にされているとは思わなかった。むしろ、元通りになったんだとほっとした。久しぶりにみんなが私を見てくれた気がした。

「……みんなもう二人を無視すんなよ!それから、香織にちょっかい出すやつはただじゃおかねぇからな」

 堂々の交際宣言に、男子たちが池口をはやし立てている。池口は悪い気はしないようで、嬉しそうな顔をしていた。そんな様子を私と香織は笑い合った。


 朝のことがあってか、みんな普通に接してくれるようになった。笑顔で「ごめんねー」のオンパレードだった。そのたびに首を横に振った。一方香織には、謝罪の言葉ばかりではなく、女子からは池口と付き合うことを羨ましがる言葉や男子からは池口の悪口などを言われていた。後者に関しては、すぐさま池口本人が飛んできて妨害していたのでほとんど聞けなかった。が、みんなはなんだかんだ言っていても二人のことを祝福しているようだ。

 しかし、私は一つ気になることがあった。あの三人組だ。特に亀田さんは池口のことが好きだと言っていた。絶対にほっておくはずはない。が、私の予想ははずれた。香織に対して何のアクションも起こしてこない。

「……亀田さんは諦めたのかな」

「え?」

 体育で着替えるため、体操服を頭からかぶって顔を出した香織は驚いた表情をした。

「あ……そういえば亀田さん池口くんのこと好きって言ってたよ……ね」

 見る見る香織の顔が暗くなっていった。そんな香織の肩をぽんっと叩いた。

「なんで香織がそんな顔しなきゃいけないのよ。……初めから池口が香織のこと好きだったんだから。香織を責めるのはお門違いよ。ま、それは亀田さんもわかってんじゃない?何も言ってこないし」

「そ、そうかな」

「そうそう。ほらっ、外早く行こ。私らしか教室いないよ」

 香織の手を掴み下駄箱へと急がし足で向かった。

 外に出ようと土足に履き替えようとした。が、そこでおかしなことがあった。私の靴がびしゃびしゃに濡れていたのだ。外は雨など降っていない。

「……どうしたの、らむ」

 下駄箱の前で動かない私に不審に思ったのか、外に出ていた香織が不思議そうにこちらを見ている。

「ごめん、トイレ行きたくなっちゃった。香織、悪いんだけど先に行っててくれない?」

「えぇ!急いでいかなきゃ。……じゃあ私先に行ってるよ?」

「うん。すぐ行くから」

 結った髪を揺らしながら、香織の背中は遠くなっていった。それを見届け、靴を取り出した。スニーカーは水のせいで重くなっている。

――わざと……だよね。一体誰が。

 否応なく、あの三人組の顔が浮かんだ。しかし、すぐに香織の言葉が浮かんだ。

『その人が自分から言ってくるのを待ちたいから』

 私は三人の顔を消すように頭を振った。

――そうだよ。私が変に疑ったら、さっきの香織の言葉が嘘になっちゃうじゃん。……ぬ、濡れてても履けるよ!

 そう思い、びしゃびしゃの靴を履くと、一気に靴下が濡れた。気持ち悪かったが、幸いなことにみんなに靴が濡れていることはバレなかった。

 が、やはり体育の集合時間には遅れてしまい、体育が終わったあと私一人だけ使った道具をしまう仕事を先生から与えられてしまった。みんなが教室へ帰るなか、私だけ倉庫へと道具を運んだ。香織だけは私と一緒に片付けるのを手伝ってくれた。

「……これで終わりだよね。お疲れ様、らむ」

「お疲れ様。本当助かったよ。ありがとね」

 笑いながら首を横に振る香織。体育倉庫から教室へと二人で肩を並べて教室へと歩いていく。

 着くと、みんな着替えている最中だった。私と香織もそれぞれ自分の席に分かれた。が、またそこでおかしなことがあった。

――つ、机が倒れてる。

 椅子の方へ倒れており、見事に教科書やノートがぶち撒かれている。当然、机の上に畳んでいた制服も床に乱れ落ちていた。

 呆然とする私を気の毒そうに、近くの子が恐る恐る話しかけてきた。

「ら、来夢ちゃん……それ、帰ってきたときにはそうなってたみたいなの。ごめんね、着替えたら直そうかと思ってたんだけど……」

「え、あ、いいのいいの。元々バランスが悪い机だったから……」

 笑いながら机を直し、教科書やノート、制服を机の上に置いた。笑う私に安心して、その子も笑った。ちらりと香織を見るとこちらには気がついていないようだった。内心ほっとした。香織が見たら大騒ぎしそうだ。

 ふと、誰かに見られているような気がした。そちらをちらっと見ると、亀田さんたちの方向だった。目が合うこともなく、三人組は何か話している。首をかしげながら私は着替えを始めた。


 昼休憩になり、いつものように香織と一緒に外へ出た。楽しく雑談をしたが、私は靴のことや机のことは言わなかった。幸せそうに笑う香織に、これ以上の心配をかけさせたくなかった。それに私の勘違いかもしれない。昼休憩中、香織は笑顔を絶やさなかった。それを見ると私のもやもやした気持ちも少し軽くなっていった。


 が、またおかしなことがあった。授業は終わりクラブへ行くと、みんなの様子がおかしい。挨拶は返してくれるものの、冷たい言い方だった。一人ならまだしも、同級生みんながそういう態度だった。不思議に思いながらも、クラブは普通に始まっていく。最初にキャッチボールをするのがメニューになっている。当然キャッチボールは一人ではできない。いつもなら、近くにいる人が私と組んでくれていた。が、今日は声もかからなかった。

「……わ、私と組んでくれる人いない?」

 いつもとは違う雰囲気に恐る恐る声を出した。周りでは、私の声を無視するかのようにみんなキャッチボールをしている。

――ど、どうなってるのよ……。私なんかしたっけ……。

 一人呆然と立っていると、一人後輩が近づいてきた。

「先輩、私でよければ相手しましょうか?」

「あ、うん。よろしく!」

 ほっとして、思わず頬が緩んだ。が、その後輩は周りをちらちらっと見ると、私の耳元に口を寄せ囁いた。

「先輩、先輩方がすっごい怒ってましたよ」

「え、どうして?」

 釣られて小声で聞き返した。すると、後輩は驚いた表情しながら言った。

「え?先輩が、クラブのことなんてどうでもいいって言ったからですよ」

「は?誰が言ったのよ、そんなこと」

「いや、ですから木元先輩ですよ」

 目の前が真っ暗になるような感じだった。呆然とする私に、不審そうに後輩が顔を覗いてくる。

「……あ、その顔はそんなこと言っていないんですね!そうですよね!よかったぁ」

「言うわけないよ。ってそれは誰から聞いたの?」

「わからないです……先輩たちが言っていたのが聞こえていただけだったので。でも、よかったです。先輩そんなこと言う人じゃないですもん」

 安堵の表情を浮かべ、その後輩は私から少し離れそのままキャッチボールを始めた。

 しかし結局同級生と話すことはできなかった。誰から言われたのかは知らないが、最近クラブを集中していなかったのは事実だった。きっとそのせいで、私が本当に言ったのだと信じたのだろう。昼休みになくなったと思ったもやもやした気持ちが、余計にひどくなってしまった気がした。

 

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